「面白くない」の活用法 「お笑い講座 入門編」補遺3

「お笑い講座 入門編」(以下、本作)補遺3を上げさせていただきます。当記事にも本作の内容に触れざるを得ない箇所がありますので、ネタバレを好まない方は事前に本作をご一読ください。
 
「こっちの苦労も知らない人から『面白くない』とか『笑えない』とか言われるのは心外です」というメッセージをいただきました。
面白いと言ってほしいから芸人をやっているのに、否定的な反応をされるのはあまり嬉しいものではないですよね。でも「面白くない」とか「笑えない」と言ってもらえるのは、今のうちだけかもしれません。といいますのも、今後はたまにライブに出てウケなかったとしても誰も本気のダメ出しをしてくれなくなりますし、お客様のアンケートにも「面白かったです」としか書いてないことが多くなるはずです。そうこうしているうちにランクは下がり、ライブの機会も減っていきます。もし、あなたがそんな状況を変えたいとお考えなら「面白くない」のような否定的な反応を活用してみてはいかがでしょうか。
それには、ある食品メーカーの例が参考になるかもしれません。
 
マーケティングの教科書に載っていた話です。
粉末コーヒーを世界で初めて開発した食品メーカーが市場導入に向けて試作品の調査を行った際、何回かの試作を経てほとんどの被験者は「味が良い」と回答するようになったのに、いくら改善しても「味が悪い」と回答する主婦がいたそうです。そこでメーカーの担当者は、その主婦には味について聞くのをやめてコーヒーにまつわる周辺状況を尋ねることにしました。そうすると、その主婦が「味が悪い」と言い続ける理由がわかってきたのです。
彼女は、いつも豆から挽いた粉をドリップして夫にコーヒーを淹れていました。それなのにお湯をかけるだけの粉末コーヒーを使ったら、夫に手を抜いていると思われるかもしれないし、そしてそれが美味しかったら今までの自分の役割を否定されることにもなりかねない。そんな無意識の抵抗感が、コーヒーの味を不味く感じさせていたのでした。
その知見を踏まえて、食品メーカーは味の改善だけでなく無意識の抵抗感を和らげる方向へコミュニケーション戦略の変更を行うことで発売にこぎつけました。その後のインスタントコーヒーの隆盛についてはご承知の通りです。
 
では、「お笑い」に対する否定的な反応をどう活用したらいいのでしょう。
本作で多くの紙数を費やしたように、人が笑う理由はただ一つです。一方、人が笑わない理由は星の数ほどありますから、すべてのお客様の否定的な反応に対応するのは効率が悪すぎますのでお勧めしません。ただし、そのお客様があなたの想定顧客だった場合は話が違ってきます。
何かの機会に「(お笑いに)ツボらなかった」などと言っているメインターゲットらしき人に遭遇できたとしたら、大チャンスです。さっそく「最近イラっとしたこと」や「日ごろモヤモヤしていること」について尋ねてみてください。これらの質問に対する答えを吟味することで、想定顧客層が気持ちよく笑うのを妨げている要素(笑いの阻害要因)が見えてきます。
各種のハラスメントやマウンティング、ジェンダーギャップや差別、ルッキズム、子持ち様優遇、学歴自慢など様々な事象に関連する答えが出てくると思いますが、この作業を繰り返して個人的な要素をふるい落としながら共通する笑いの阻害要因を絞り込みます。そして、その共通阻害要因を自分たちのネタやアピアランスから取り除くことによって、想定顧客があなたのパフォーマンスに気持ちよく笑える環境を整備できるのです。一例としては、共通阻害要因の中に「見た目の不潔感」があったとすると、髪型や服装をシュッとした感じに変えれば無意識の抵抗感をもたらす要素の一つを排除できたことになります。もちろん見た目の清潔感で笑いが取れるわけではありませんから、ネタをさらに磨くのを忘れないようにしてください。
 
それでも「面白くない」とか「笑えない」と言われるのはやっぱり気に食わないという場合は、どうしたらいいのでしょうか。
例えば、ネタ見せの講評で20代の女性を対象にしたネタを50代の男性の作家さんからダメ出しされた場合は、こう言ってみてください。
「あなたはターゲットではありませんから」
ただし、心の中で。

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