人を傷つけない笑い 「お笑い講座 入門編」補遺7

「お笑い講座 入門編」(以下、本作)補遺7を上げさせていただきます。当記事にも本作の内容に触れざるを得ない箇所がありますので、ネタバレを好まない方は事前に本作をご一読ください。なお当記事におきましては、「傷つく」という語彙は「感情などが損なわれる」という意味で使用しております。また「あきらかに他人が笑われていても、自分が傷ついてしまう傾向の方」については論点に含めていませんのであらかじめご了承のほどお願いいたします。
 
「自分は人を傷つけたりするのはイヤなので、人を傷つけない笑いを目指したいと思います」
というメッセージをいただきました。
 
お笑い芸人の卵たちの応援団としては、これほど頼もしく嬉しいメッセージはありません。といいますのも、作者が本作を書いたきっかけの一つにも通じる内容だからです。
ただし、人を傷つけない笑いを目指す道程は相当な困難を伴うだろうということは容易に想像できます。それは本作で再三言及しましたように、笑いのあるところ必ず「笑う者」と「笑われる者」が存在しますので、笑われた人が傷つくかもしれないからといって笑われる人のいないネタを作ろうとすると、結局は誰も笑えない代物になってしまいがちだからです。それでもお笑い芸人の卵さんには、人を傷つけない笑いをぜひ追求していっていただきたいと思います。
 
では、人を傷つけない笑いの成立要件を考えてみましょう。
まず思いつくのが「お笑い芸人自身が笑い者になる」というやり方です。
これは「自分が常に笑われていれば、人を傷つける心配はない」という考え方に基づくのですが、本作でも触れましたようにこの芸風は長続きしません。人を傷つけない笑いの成立要件の一つではあるにしても、飽きられて笑ってもらえなくなれば元も子もありませんので、お笑い芸人の卵さんにはあまりお勧めいたしません。

次に考えつくのが「笑い者にされても傷つかない人を標的にする」というやり方です。
笑い者にされても傷つかない人には「傷つくことがない人」や「笑われることを受け容れてくれる人」等が含まれると思いますけれど、どれも成立要件にはなりにくいかもしれません。
といいますのも「自分は傷つくことがない」と豪語する方がたまにいらっしゃいますが、よくよくお話を伺ってみると何をされても心に傷として残さないよう努めていらっしゃるだけで、それはそれで素晴らしいのですが、感情が損なわれていないわけではないようです。
また「笑われることを受け容れてくれる人」についても、本人が「笑い者にしていただいて構いません」と言ったとしても、実は社会的な立場上の思惑で本心とは異なる振る舞いをしているだけかもしれないからです。例えば学校で先生のモノマネが大爆笑になるのは、モノマネぐらい大目に見てやろうという先生側の許容度の高さに甘えているだけなのかもしれません。笑いの標的がいつも先生ほど広い心を持っているとは限りませんし、先生自身も実は傷ついている可能性もあるのです。

その次に思いつくのは、「人以外を笑いの標的にする」というやり方です。
「笑い者にするのが人ではないのだから、人を傷つけることにはならない」という考え方なので成立要件の一つにはなるでしょう。ただし、誰かの言動が笑いに結びつくという特質から考えて、人以外を笑い者にして笑いを取るのは簡単ではありません。ついつい標的の周辺にいる人を笑い者に仕立てたくなるという誘惑に打ち勝ちながら、人以外の標的に照準を合わせ続けて笑いに昇華させるという極めて高度な技巧を要求されることになります。おまけに「コーンフレークの気持ちも考えろ」とか「国分寺を傷つけたいのか」などと斜め上から矢が飛んでくるリスクもありますから、お笑い芸人の卵さんは相当な覚悟を持って取り組まなければなりませんよ。

なお結果的に「人を傷つけない笑い」につながるやり方として、本作では「第三者を笑い者にしないネタ」について言及していますので、興味のある方は目を通してみてください。
 
ところで先日、或る人気芸人さんが「人を傷つけて笑いを取ろうとする芸人はいませんが、結果として傷つけてしまったのなら申し訳ありません」と発言したと伝える記事を読みました。傷つけてしまったら申し訳ないと思う気持ちには傷つく人は弱い人だからという前提があるような気がしていましたが、この記事を読みながら感じたのは「傷ついた」と声に出して言える人はそれほど弱くはないのではないかということでした。
すなわち「自分は弱い」と声を上げられる人は実は強い人で、本当に弱い人はSNSにも書き込めずデモにも参加できずメディアの取材にも応じられずに暗い部屋の片隅で膝を抱えて震えているのかもしれません。
お笑い芸人の卵さんには、そういう人にこそ「人を傷つけない笑い」を届けいただきたいと思います。

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