読書感想文 歓喜の島 (ドン・ウィンズロウ 著)

 ウォルター・ウィザーズはCIAを辞めた。辞めざるをえなかった。なぜなら、スウェーデンで組織していた諜報網が壊滅したから。なぜなら、情報源(カモ)の半分がソ連に逮捕されたから。
 ウォルター・ウィザーズはニューヨークとアン・ブランチャードを愛していた。ニューヨークはウォルターにとって最高の場所だし、アンはウォルターにとって最高の女性だ。CIAを辞めた後、ウォルターはニューヨークに戻り、私立探偵社に就職する。
 ウォルター・ウィザーズは洗練されたニューヨークっ子で、誰からも愛されている。オフィスビルの守衛・マロンとその一家、同僚のディーツとその一家、ハンブルクの売春宿の主・ディーター、イタリアマフィア、伯爵婦人。ウォルターは愛するニューヨークで、アンの歌うジャズを楽しみ、フットボールに興奮し、酒を飲み、旨いステーキを食う。その全てが洒脱であり、それがウォルターの流儀だ。
 そして、ウォルターは混乱に巻き込まれる。きっかけは、上院議員婦人のボディーガードだった。ジョーゼフ・ケニーリー上院議員とマデリーン夫人。おそらく、モデルはジョン・F・ケネディとジャクリーン。上院議員の浮気相手は、デンマーク出身の女優であるマルタ・マールンド。これは、おそらくマリリン・モンロー。マルタがペントバルビタールの過剰摂取で死に、ウォルターが殺人を疑うなかで、ストーリーにマデリーンのかつての恋人も加わりつつ、流れは加速していく。
 この小説は学生時代に読んだものだったが、窮地に陥ったウォルターが助け出される伏線が衝撃的で忘れられず、20年以上たってから再読した。やはり、素敵だ。ただ、学生時代には気が付かなかった本当の伏線があった。それは、ウォルターがいい奴だということだ。だからこそ、ウォルターは窮地を脱するわけだし、それが物語のクライマックスをさらに高めている。サスペンスの最後にして最大の盛り上がりなのに、心が温まり、そして切なくなる。それはすべて、ウォルターがいい奴だからだ。

 この本との出会いは、ニール・ケアリー・シリーズがきっかけだった。このシリーズでドン・ウィンズロウの魅力に惹かれ、同じ著者だというだけでこの本を手に取り、購入し、寝不足になった。また、ニール・ケアリー・シリーズは別の出会いも与えてくれた。翻訳家・東江一紀だ。どんな英語からこんな日本語が出てくるのだろうと驚き、同じ翻訳者というだけでフィリップ・カー「偽りの街」を購入した。これがベルリン三部作の始まりでもあった。

 この本ではウォルター・ウィザーズやジャズ奏者の服装が詳しく描写されており、それがニューヨークの粋な雰囲気を読者の想像の中に再現させる。登場人物のファッションは、物語の舞台と登場人物の性格を鮮明に読者に印象づける。
 同じように、服装の描写が巧みな小説を以前に読んだことがある。
 それは、大沢在昌の佐久間公シリーズ、そしてアルバイト探偵シリーズだ。

  • 出版社 ‏ : ‎ 角川書店 (1999/9/1)

  • 発売日 ‏ : ‎ 1999/9/1

  • 言語 ‏ : ‎ 日本語

  • 文庫 ‏ : ‎ 472ページ

  • ISBN-10 ‏ : ‎ 4042823025

  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4042823025

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