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ナツメ バスの中では何もすることがないから袋からナツメを出しては食べていた中国の思い出

ナツ(棗)
夏に入って芽が出ることから、夏芽と呼ばれ始めたのだそう

齧ると林檎に近いのだけど林檎程味が濃くなく、
さして美味しいとは思わなかったけれど、
沙漠の中をオンボロバスに揺られて朝から夜まで何日も延々と走る旅だから
することがなくて
沿道で買ったナツメを袋から出しては食べていたの…
懐かしいねぇ…

9,11の翌日だった

成田から北京へそこからさらに飛行機に乗って、
青海省のどこかのホテルだった。
待っていると
先に出発していた横浜国大名誉教授で植物学者の宮脇昭先生たちが
そこで初めてそ名刺を交換したのだった、
このツアーは沙漠を視察するのが目的のツアーで
誘われていったのだが
初めて宮脇先生に会った時
名刺を見て
(名刺には日本写真家協会会員と刷り込んである)
「本物かどうかはすぐわかる」
そして
「君はタバコを吸うか」と問われたので
「ハイ」と言うと
「僕はタバコを吸う人は嫌いです」といきなり。
それが先生の開口一番の言葉だった。
頭にかチンと来たが、
しかし
食事をしながらの話題は
「ニューヨークがどうなったのか」ということに尽きた。
だって最新の情報を持っているのは僕で、
数日前に出発している先生たちは事件があったことは知っていたがそれ以上はなんにも知らなかったのだから…

長い長いバスの旅

僕たちはそこからバスに乗って
3日間くらいだったかな…
延々と走るのだけれど
風景はまったく変わらないし、
喋るか食べるかしてないとすることがないもんだから
理事長
(地球の緑を育てる会)
の石村さんにもらったナツメをポリポリと齧りながら

バスにはもう一組
学者の先生の夫婦がいたんだけど、
空気はなんとなく緊張していて
これはとんでもないツアーに参加したなと内心思ったが
ここまで来て降りるわけにはいかないし…

ナツメ

バスはオンボロでイグニッションがすでにいかれているから
乗り心地は非常に悪い

おまけに道路はガタガタ
腸がねじれるのではないかという程跳ねるので
僕は一番後ろの席に座って
「コリャ全身マッサージができて丁度いいや」
なんて一人で冗談をいいながら
はしゃいでいたのだが、
一時間程走ったところで、
トイレ休憩で止まったの

トイレ休憩っていったってトイレは何処にもないよ

男はこっち
女はあっち
そう言って、
適当に沙漠の窪地に身を沈めてという状態なのだが、
果物を売っている店はあって、
ナツメなんか100円も出すといっぱいくれるの…
でも中国の果物って、
何を食べてもお美味しくないの
日本の果物は特別だね…
そこでタバコを吸っていたら先生が来て
「久保君タバコはどの位我慢できるのか」というので
「いくらでも 一日でも二日でも三日でも…」
そう言うと、
「そういう訳にもいかないから一時間か2時間走ったら休憩とるから」と。
そして
それから何時間か走ったところで
沙漠がひび割れて亀の甲のようになったところで
その状態を調査している時だった
ガタンとかすかに列車が走っているような音が聞こえた
先生が言った
「列車だ沙漠に列車いいね」
すると理事長の石村さんが
「ここを走っているのは包頭と蘭州を結ぶ包蘭線 一日に何本かしかないので違うと思いますよ」
ところが、
ぱっと見ると列車の姿が
先生は走った
先生が走った以上
僕も走らないわけにはいかない
見ると先生は丘を目指して走っている
僕はその手前の平地に走ってシャッターを3枚切った
振り向くと先生が丘から降りてきながら
「久保君列車は前からでなきゃダメだよねぇ」と
先生はどうやら間に合わなかったらしい。
そして歩きながら
「ドイツに留学している時に教授が使っていたカメラ、マガジン換えれば同じ位置でカラーとシロクロ同時に撮れるカメラ、それを君に上げよう」と。
「もしかして先生 そのカメラ ハッセルじゃないですか」
そう言うと
「そうハッセル」
「凄い 高級機の中の高級機ですよ」

カメラが手の平に乗った瞬間にアマゾンに行こうと

カメラを後日
横浜の事務所(先生の)で貰ったのだが
「久保君はい」
そう言って渡されたその瞬間だった
「アマゾンに行こう」と。
その状態で
「イヤということが言えなかったので」
「行きます」と二つ返事で
「野生の大自然パンタナール」
(写真詩集 愛育社)はこうして生まれたのだが
忘れられない思い出としていつまでも残っているのである。
そう
ナツメの淡泊な味とともに……

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