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待合室

灰色の石タイルの階段をのぼると、すぐ正面に玄関があり、入って左手に受付、右側に約20畳ほどの待合室がある。受付をすませ、もうすでに20名ほどの人たちが待機している待合室の簡易的な3人掛けのビニールのソファの右端に、隣の人が気にしないよう注意深く腰をおろした。隣に座っているのは、エンジ色の毛糸の帽子をかぶり黒のメルトン生地のオーバーコートを着た上品で小柄なお婆さんと、僕と年齢が同じくらいで着古したブルーグレイのナイロンのジャージを着た大男(たぶん長男)の二人で、時折りナイロンのジャージが擦れる音と小声で話す二人の会話が聞こえてきた。
ここはとても静かで、ここにいる全員が穏やかで親切そうで、今時珍しく分厚いダイアリーを所持し、気になった事柄をなるべく事細かく書き記している。たぶん。そういう僕もこうやって記しているわけだから、彼らのことを理解できるしある種のシンパシーみたいなものを感じている。

「歳をとって、何かを作ったりすることがなくなってきた」

となりのお婆さんの少し震え気味の声が聞こえた。

「ん、んん」

肯定とも否定とも捉えれない返事をその息子はした。

こういう時どうやって返せばいいのだろう?

「作れなかったら買えばいいんだから大丈夫だよ」

なんだか戦国武将のホトトギスの句みたいな返答だし、こんな味気ないことを言ってはいけない。

「作れなかったら、その時間で何かほかのことをすればいい。べつに何もしなくても全然かまわないし楽にしてればいい」

これはどうだろう?これを言うときは、声のトーンや表情、仕草が大事になってくるだろう。あくまで重くならずに親密さを持ってさらっと。どうだろう?知らんけど。

正面を向くと、分厚いワイヤー入りのガラス越しに幼稚園の建屋が良く見えた。その大きな窓の淡いピンク色のカーテンが勢いよく開かれ、中から若い保育士さんが大きなスケッチブック(何が書いてあるのか分からない)を持って手招きしている。すると大人たちがゾロゾロと列をなしてその部屋の中に入っていく。子供達の姿は見えない。5分ほど経過してやっとその列は絶えた。その部屋の中で大人たちは、またずいぶん長い間待たされることになるだろう。たぶんこの世界全体が大きな大きな待合室で、みんながそれぞれ何かしらを待っている。それはとても大事なことなんだけど曖昧で抽象的で理解しづらい何か。たとえばゴドーのような何か。その間、ゴドーを待つあの二人のように大騒ぎしたりしない。ただ物思いに耽りながら静かに待つ。合図があるまで。

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