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覚王山

ネタも気力もあるのですが、時間がなくて、投稿が滞っています。

たまに、記事を書こうとnoteを開くと、ついつい記事を読んでしまい、自分の記事の編集に移れない。

はぁー



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kojuro先輩の記事に覚王山(かくおうざん)という地名が出てきました。
日付を見れば、この記事も、何週間も温めたまま、今日に至っていることがわかります(笑)。

https://note.com/n_kojuro_k_0829/n/n3a9b0d46b935


フルーツ大福も気になるのですが、それよりも覚王山という名前、意味深ですよね(笑)。

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覚王山覚王とは、「覚(さと)りの王」=お釈迦様のこと。

じゃ、なぜ、覚王山という地名になったかというと、そこにはお釈迦様の骨を安置する日泰寺がある地だから。

では、なぜ、日泰寺お釈迦様の骨があるかといえば、それは、1900年にシャム国(現在のタイ)のチュラロンコン国王(ラーマ5世)より、友好の印として日本に贈られたから。

明治37(1904)年、宗派に偏ってはいけないということで、検討に検討を重ねた結果、名古屋市千種(ちくさ)区に新たに無宗派の寺を建立し、安置したってわけ。

創建当時の名前は、日本の「日」とシャム国の「暹(せん)」の字をとって、覚王山日暹寺(にっせんじ)。ちなみに、国と羅国が合体してシャム国が出来たので、日本語では「羅」と表記。

そして、シャム国がタイ王国となったことで、今では日泰寺(にったいじ)と呼ばれます。

本当にお釈迦様の骨なの?って疑っている方のために、補足を少々(笑)。

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1898年、英国人のウィリアム・ペッペが、北インドのピプラーワーというところで発見された骨壺に刻まれたインド古代文字を解読したというのですから、お釈迦様の骨で間違いないようです。

ただし、インド政府がシャム国に釈迦の骨を贈った理由までは調べがつきませんでした。




だからといって、「なーんだ、眉(まゆつば)もんじゃないか」ってことで、オイラの記事にペッペしないよう、お願いしますよ(笑)。





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