毒親の範疇じゃないだろうか

娘のお友達Cちゃんはうつ病を患っている。
昨年12月私が日本に帰っていた時、娘に鳥ちゃんの面倒を頼んだんだけど、このCちゃんがうちの街まで一人でいた娘のために来てくれたことがあった。

Cちゃん、元気にしてる?と聞いたら、Cちゃんの事を少し話してくれた。

Cちゃんは母親が2人。レズビアンだったそうだ。母親の一人が途中宗教にハマり、宗教ではゲイは悪だったので、離婚。宗教にハマった方の母親と未だ一緒に住んでおり、母親の家には四六時中信者が来るので、一人暮らしできる方法を探しているとのこと。

私が鈍感にも、シェアハウスは?
一人部屋を見つけるのは住居難の町中では難しいので聞いたら、超繊細だから他人とは生活できないのだ、と。
あぁ、私の問はアホなものだった。

ゲイ、ビーガン等の個人の趣向、宗教、それは確かに自由だけれども、その自由と呼ばれるものは一体その子どもにはあるのか?

それらの趣味趣向を子ども本人が理解する前に、日常となる環境。それは親のエゴじゃないか?

常々ベジタリアンであろうがビィーガンであろうが、宗教に傾倒しようが本人が選んだことなら尊重したいと思ってるけど、人に強制すべき事じゃないと思ってる。
私は大人だから強制には断固反対できるけど、自分の親だったら?それしか知らずに育てば?その価値観が植え付けられたら?
子どもは自意識が芽生えた時に疑問に感じるだろうなぁ。同じ価値観でない事に悩むんじゃないだろうか。罪悪感を感じるかもしれない。
そんな悩みを子供に与える親は毒親と思う。

子供が自由に親に疑問を呈することができる余裕、選択の余裕を持たせてほしい。
偏った価値観であることは親が認識しているべきと思う。