妄想20 飛ぶわけないじゃん

朝起きていくつかの後悔の場面を頭の中で追体験する。
そのうち蕁麻疹があちこちに出てきて痒くてなんか見た目グロいしうんざりする。

家にいると頭の中にいるみたいで落ち着かないから外に出て歩く。

歩きながら足元から徐々に自分が消えていく妄想をする。
死にたいんだけど怖いし、ビッグイベントすぎて嫌だ。
ひっそりとイベント感無く居なくなるのが理想だ。
誰にも気付かれずに消えていきたい。
こういう気分の時は人に会うのがいい。

ぬくちゃんの家に向かう。
ぬくちゃんはずっと
『風船で宇宙に行く』
と言っているが昼間から酒を飲んでグダグダしているだけに見える。

『お、ちっくん』
『ぬくちゃん暇かなと思ってさ』
『俺はいつだってちっくんがきたなら暇に切り替わるんだよ、飲むか?』
『自分の分は買ってきた』

ぬくちゃんは俺のまわりで唯一心の開ける気持ちのいい友達だ。
でもちょっとバカにしてる。

『で、風船飛行機は進んでるの?』
『風船ロケットな、当たり前さ来週には行くよ』

これは何度も聞いている。
きっと風船飛行機なんて無理だ。そのうちやめるに決まってる。あ、風船ロケットか。

『それよりもさ、ちっくんの新しい曲聴きたいよ』
『いや、だからやめたんだって』
『やればいいのになぁー』

何年か前まで俺はバンドを組んでいたが俺のわがままで解散した。
ソロでもやっていけると思ったんだけど
事務所もレコード会社もファンもみんな居なくなった。
ドラッグでヘロヘロだったし、生きてるんだか死んでるんだかわからない状態だった。

『勘違いしてたんだよな、ちやほやされてさ後半なんてチョロチョロっとした適当な歌をさ、メンバーと大人がなんとかかたちにしてくれてたんだよ』
『まだ続けてたら楽しかったのになぁ』

ぬくちゃんはまだ勘違いしていて羨ましい。
俺はもう勘違いしてる自分に気がついちゃったから自分に冷めてしまう。

『宇宙行ったら何したいの?』
『ただどんな景色なのか見たいだけ』
『へー』
『行ったら電話するよ』
『電話通じんのかよ、知らないけど』
『いけんじゃないドコモだし』

ふたりとも酔ってよくわかってない。
自分で買ってきたビールはすでに飲んじゃって、ぬくちゃんの作った変な茶色い泥みたいな色の酒飲んだら踊らずにはいられなくなりふたりで汗だくで踊った。

『宇宙連れてってよ』
『ダメ、ひとり用で作ってるから』

また朝が来る。
今日は二日酔いで動けない。
すこし楽になった夕方にギターを弾いてみるけどつまんない曲しかできない。
勘違いしてたあの頃に戻りたいと思った。

何日か経ってまたぬくちゃんのところに行く。
『おお、ちっくん、いい時にきたな、今日は打ち上げの日だよ』
コンドームみたいな形のロケットを軽トラックに載せてぬくちゃんは言った。
『え、今日だっけ?』
『寂しくなるなぁ』
『いつ帰ってくるの?』
どうせ飛ばねえとか思ってんだけど聞いてみた。
『帰りのことは考えてないから行ったら行ったっきりだよ』
『えっそうなの?えっ向こうで生きていけるの?』
『まあ食料は一応持ってくけど無くなったら死ぬだろうねそのうち』
『死ぬの?自殺?』
『いやそれとはちょっと違うでしょ、自殺行為みたいなこと?』
『一緒じゃん』
『ちがうだろ』

打ち上げする空き地まで軽トラに乗せてもらった。
ぬくちゃんも友達いないからなんだか寂しい打ち上げだ。
『ちっくんが見ててくれてよかったよ、誰も見てない打ち上げって寂しいよね、おもしろいけど』
『ヘルメットとかスーツとかは?』
『あんなのいらないよ、ただのカッコつけだろ?』
そんなことないんじゃ無いかなとか思ったけど黙ってた。

『んじゃね行ってくるわ』
『ねえ』
『なに?』
『ぬくちゃんはなんでそんなに勘違いできるの?絶対無理じゃんこんなロケット、無駄だよ。俺ずっーとバカにしてたんだよ。
こんなでかいコンドームみたいなロケット飛ぶわけないじゃん、飛んでもカッコ悪いし』

『俺だってわかってるよ、バカなことしてるなーって、でもバカな俺の事が嫌いになれないんだよね、勘違いしてるバカな自分と遊ぶと楽しいのよ、ちっくんもバカな俺が好きで遊んでくれてるんでしょ?それと一緒じゃん、ちっくんももうちょっと勘違いしてる自分と遊んであげたら楽しいと思うよ』

風船ロケットは徐々に浮かび出した。
やっぱどう見てもコンドームだ。

どんどんどんどん空に向かって真っ直ぐ飛んでいく。
どんどんどんどん。
本当にもう会えなくなるかも知れないと思うと涙が出てきた。
何度も思い切り手を振った。

勘違いを最後までしてた奴が
それをバカにしてた奴を追い抜いて宇宙まで行くんだ。
思いもよらないかっこ悪いやり方で。
最高だなぬくちゃん。
もう見えないよ。
本当に行ったんだ宇宙。
スゲーよ。
バカだよ。
寂しいよ。

携帯が鳴る。
ぬくちゃんからだ。
『スゲーよぬくちゃん!今どの変?地球見える?電波届くんだね』
『いや今ゆっくり落ちていってる、ダメだわもうちょい改良が必要だな ハハハ』
『やっぱバカだなぁぬくちゃんは』

コンドームロケットが落ちてるのが見えてきた。
ぬくちゃんの笑い顔が見える。
まだ電話は繋がってる。
『パラシュートとか無いのかよ?』
『落ちるとか思ってなかったから用意してない』
『ちっくんこの後なんかあんの?』
『いやなんも無いよ』
『じゃあ飲もう』
『飲めんのかよハハ』

ポヨーンとロケットが落ちた。
ゴムを破って出てきたぬくちゃんはなんかでヌメヌメしてて気持ち悪くて笑った。
『もうちょっと時間かかるな、残念会だな今日は、次は行けるな』
『まだやる気かよ、死んじゃうよ次は』
『まだやるさ、死んでないからねまだ』

またぬくちゃんの作った変な茶色い泥みたいな色の酒をのんでバカになって踊った。
俺の中のバカもバカみたいに笑ってた。

配役
・着地のとき風を起こしてた天狗
澁谷くん
・空き地の持ち主
野口
・マジックミラー号でたまたま打ち上げ見てた男
部長
・15時からビール飲んでて友達呼んだら都合悪くてひとりで飲んでた男
宮本

サポートしてもらえたらすっごい嬉しい。内容くだらないけどね。