ゆきこさん

『別れたいんだけど…』
それはタモリ倶楽部の「空耳アワー」のコーナーが終わった時唐突に彼が言ってきた。

ちょっとびっくりした。
彼はそんな事を自分で決めて言えるタイプじゃないと思ってたし
お互い不満はあるけど付き合っていく上ではよくあるタイプの不満で問題無いと思っていた。
それに「空耳アワー」が終わってCMが明けたらまだちょっとだけ番組は続く。
あともうちょい待ってくれたら良かったのに。
とかそんな事を思いながらテレビを消した。

『どしたの、なんかした私?』
『いや、ゆーちゃんが悪いとかそういう事でじゃなくて…』
『じゃあ何?理由が知りたい』
『いや…』

彼はとてもわかりやすい。
違う女が好きになった、とか言うんだろう。

『好きな人ができたんだ』

やっぱり。

それ以上何も聞きたくなかった。
が、クッションを投げつけた。

と言うわけで私はひとりになった。

一緒に暮らしていたわけではないから彼は私の部屋に置いていた自分の歯ブラシとか髭剃りとかワ○ピースの最新刊とか袋に入れて
『忘れてるものがあったら捨てていいから』
いつも立ったまま雑に履くのに今日は丁寧に玄関に腰掛けてスニーカーを履いて
『元気でね』とか笑顔で言って出ていったから泣いてしまった。
そのあと膝を抱えて凄く泣いた。
こんなに弱かったっけ私。
気がつかなかったけど、こんなに彼に執着していたんだなと思った。
自分のものだと思っていたんだ。

愛ってこういうものなのかなと
彼を見て思っていた。
恋が始まるあのキラキラしたものはそんなに続かない。
それは徐々に消えていくけど
その後に立ち上がってくるコレが多分愛なんじゃないかなと
なんとなくそう思ってた。
彼はどう思ってたんだろう。
バカだから何にも考えてなかったんだろうか。
私は自分以外の人をバカだと思っている。
一番バカなのは自分のバカさ加減に気がつかない私の方だ。

悲しくても腹はへる。
もうお昼だ。
スーパーで茄子とミートソースと缶ビールを買った。
お店の前で缶ビールを開けて飲みながら帰った。
そんな事になんの意味もないがやさぐれてる自分を演じて少し気持ちよかった。

帰り道近所の神社に寄ってみた。
スーパーのお釣りの中から5円玉を取り出し賽銭箱に投げ入れた。
『彼が不幸になりますように…
その後幸せになりますように』
おもわず幸せを願ってしまった。
私は実は良いやつかもしれない。

丁寧にパスタを作って食べて、丁寧に洗い物を済ませて、丁寧に洗濯して、丁寧に干した。

除湿機のスイッチを入れる。
ポタポタっと水滴が落ちる音がする。
こんな風にポタポタと愛も執着も溜まっていっぱいになったら洗面所に捨ててリセットされていく。
愛も執着も湿っぽい。

私は卵を温めるニワトリみたいにiPhoneを中心に丸まって寝た。
彼から連絡が来るんじゃないかとどこかで思ってしまっている。

サポートしてもらえたらすっごい嬉しい。内容くだらないけどね。