妄想24 でかいよ

『幸せな事があった』
『心が新品になったような気分だ』
『要するに恋をした』

というような回りくどい言い方をしてぬくちゃんに話す。
それは俺が浮かれているという事と、ぬくちゃんに甘えているからこその話し方だ。

ぬくちゃんは作業の手を休めず俺の話を聞いている。
『へー、良かったねぇ』
今は編み物に夢中らしく赤い毛糸を延々と編んでいる。

『近所にできたじゃん小ちゃいカフェみたいなの、そこにさ可愛らしい娘がいるなー、とか思ってたら同級生でさ、声かけてみたら覚えててくれてさ、LINE交換して、今度会うことになったの』

『へー良かったねぇ』

ぬくちゃんはめずらしく元気がない。
というか心ここにあらずみたいな。

『どしたの元気ないじゃんぬくちゃん、それなに編んでるの?5メートルくらいあるけど』

『いや、ただ編んでるだけで何を作ってるとかは無いよ』

『ふーん…』

様子がおかしい。
編み物もいつからしてるのか。

『なんかあったの?』
『えっ?別になんも無いよ』
『いや、絶対おかしいよあきらかにいつもと違うし』

すこしだけの沈黙の後、ぬくちゃんはゆっくり話し出した。
聞いて欲しかったんだろう。

『離婚した女房から再婚するって連絡が来てさ別にもう好きとかどうとか無いんだけど遠いところに行っちゃうから沖縄とか、もう娘となかなか会えなくなっちゃうんだよね』

そうだぬくちゃんは若い頃できちゃった結婚して1年も持たずに離婚したんだった。
まあこの今の生活をみればぬくちゃんには結婚生活ってなかなか難しいだろうことはわかる。

『さくらちゃんはどのくらいになったの?』
『んーと今中2くらいだったかな』
『そんなになったんだ』
『今日この後会うことになってるんだけどさ』
『へーどこで?』
『ここにそろそろくると思うよ』

と、玄関を開ける音がして生意気そうな顔の女の子が入ってきた。

『お父さん鍵とかかけないの?危ないよ』
『久しぶり、さくら』

ぬくちゃんがお父さんとは思えないほどの美少女だ。

『誰この人?お父さんの弟子?んでなに変なの作ってんの?』
『違うよお父さんの友達、この編み物は特に意味のないものだよ』

ぬくちゃんには「お父さん」という言葉が似合わない。

『小さい頃1度会ったことないあるんだよ』
話しかけてみる。
『ふーん、どうでもいいけど』
生意気だな。
あの頃あんなに可愛かったのに。

『じゃあ俺帰るわ。久しぶりにあったんだもんね』
『いや、居てくれ』
『え?でもさ』
『居てくれ』

なるほど久しぶり過ぎて緊張してんだなぬくちゃん。

『いつ来ても汚い部屋ね』
『まあ一応研究所だからね』

……………。

沈黙。
お互いに緊張しているようだ。
気まずい。

さくらちゃんは未成年だからお酒飲むわけにもいかないし何か2人の雰囲気を良くするようなものが必要だな。

『やったー!』
トランプってやっぱり盛り上がるな。
もう何回やったのかわからない。

『次は大富豪やろうよ!』

最初は不機嫌に登場したさくらちゃんも、やはりまだまだ子供だ。

ぬくちゃんは久しぶりに自分の子供と遊べて楽しそうだしデレデレしている。

『お腹空いたな〜』
さくらちゃんが唐突に言う。
ぬくちゃんは嬉しそうに聞く。
『何が食べたい?』
『お寿司かな〜』

ぬくちゃんにそんなにお金があるとは思えない。
仕方ない。
ここは割とお金に余裕がある俺が寿司でも取ってやるか。

ぬくちゃんにヒソヒソとその旨を伝える。
ぬくちゃんはこういう事に遠慮がない。

『よし!さくら!寿司を取ろう!』
『えっ!いいの!』
『いいとも!凄くいいのを取ろう!』
『やったー』

ぬくちゃんはこういう事に遠慮しない。

寿司を食べながら色んな話をした。
学校の文化祭でこんな事したとか、男子がガキすぎてムカつくとか、親友に彼氏ができたけどなんであんなのと付き合うのかわからないとか、

『あ、そろそろ帰らなきゃ。お父さんとあんまり会えなくなるけど、元気でね』

唐突にさくらちゃんは立ち上がり振り返らずに帰っていった。

扉を閉める音がした後
『ぬくちゃん、こんな感じで別れていいの?
沖縄だよ、遠いよ、次会えるのいつかわかんないよ!』

ぬくちゃんは編み物を適当に丸めて追いかける。

とびらを開けた。
さくらちゃんはすぐそこで立って泣いていた。

ぬくちゃんは赤くでかい編み物をさくらちゃんにかけた。

『沖縄でも寒い時はあるだろ?お父さんからのプレゼントだ』

『でかいよバカ。沖縄寒い時あるのか知らないし』
さくらちゃんの体を全部包みこむようなでかさだ。
さくらちゃんはそれを引きずりながら帰っていった。

『あの女には男がいた』
『危うく男に殺されかけた』
『心がボロボロだよ』

というような話をぬくちゃんに聞いてもらっていた。
ぬくちゃんは作業の手を休めずに
『へーそりゃ大変だったね』
しか言わない。

『もうちょっとなんか俺に同情とかしてよ』
『人の気持ちなんてわかんないからなぁ、まあ助かってよかったんじゃない』
『いや、こんなわかりやすい話しなんだからわかりやすくなぐさめてよ』
『またいい女が見つかるさ』
まあぬくちゃんにしては上出来な返答だな。

『何作ってんのそれ、鉄の犬?』
『シーサー。鉄のほうが強そうでいいでしょ』
『そういうもんかな』
『そういうもんです』
『さくらちゃんに送るの?でかいけどこの部屋から出れないんじゃない?』
『…それは考えてなかった』
『バカだなあいかわらず』
『バカじゃないと悲しくてやってられないよ』
そう言ってぬくちゃんはまた自作の泥みたいな酒をグイッと飲み干した。

サポートしてもらえたらすっごい嬉しい。内容くだらないけどね。