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愚痴 #0

先日「 note が書けない」ってのを投稿したんですが、最近もご覧の通りかけてません。ただ、その時は何も無さすぎて書けなかったのに対して、最近はありがたいことに忙しくさせてもらってて、 note を書く暇がなかったって感じです。とりあえず、よかった。

この note タイトルだけ見て「なんかただのヤバいやつじゃね」ってなる気がしたので、意味というか、書こうと思った理由 を、この今回の "第0回" では書きます。

内容
1.「これが愚痴か」
2. 「愚痴」のデメリット
3. 愚痴は結構 罪かも
4. 「愚痴」を note に書く理由


1.「これが愚痴か」

最近ありがたいことに いろいろとやることが多くなってきていて、それなりにはじめましての人や経験、関係性も増えてるんですね。そうすると必然的にストレスになることも多くなって、自分の中の黒い部分が爆発しそうになる時があるんです。本当は爆発させたい、でも、爆発させてはいけない、みたいなのでまたまた抑え込まれていくみたいなのが最近よくあります。

そうなった時に、何か吐き出す先がないかなあと思ってました。そこでふと「ああ、いま吐き出したいと思ってるこれが愚痴か」って感じました。日常の中で、比較的 愚痴を言わなかったので、そもそもどういう時に愚痴りたくなるのかがわかりきれてなかったんです。

そこで、「愚痴」についていろいろ考えてたら、やっぱり愚痴のメリットって、愚痴った本人が軽くなる以外になくね?って結論になりました。一方でデメリットが多いし、ひとつひとつがエグい悪なんです。


2. 「愚痴」のデメリット

ひとつひとつのデメリットについて、場合分けして考えていきます。

・何も知らない相手に愚痴る時

例えば、グチ子さん が "同じ学校の同級生 A子さん" の悪口を、"違う学校にいるA子さんを知らない友達 B美さん" に愚痴る みたいな時。B美さん は A子さん のことを知らないので、どんな子なのか全くわからないわけです。

そういう状況でB美さんがグチ子さんから 「A子、まじでむかつくんだけど。だってさ、〇〇するんだよ?やばいよね?ほんとキモイんだけど 笑」と聞いたとします。

B美さんの頭の中を想像してみましょう。元々全く知らなかった「A子さん」という人を想像するためのヒントが、グチ子さんの言う言葉しかないわけなので、グチ子さんの言った「まじむかつく」「〇〇する」「ほんとキモイ」のみになるわけなんですね。

本来であれば 面と向かってヒト対ヒトで相手のことを的確に知ることができるはずなのに、この例の場合 「グチ子さんの『むかつくフィルター』」を通したB美さんが第一印象になるので、悪いところだけを切り取ったような人が、勝手に出来上がります。

もしかしたらA子さんとB美さんはとても波長が合って仲良くなれるかもしれないにも関わらず、グチ子さんが愚痴を吐いたせいで、一生関わらなくなってしまうかもしれない、というわけです。

こんな風にして、愚痴は、自分から見た誰かの悪い部分を勝手にその人の全てとし、他人に悪印象を植え付けて、そこに良い人間関係ができる可能性を消してしまう、というデメリットがあげられます

・お互い共通の知り合いを愚痴り合う時

こっち、比較的 結構あるなあと思います。友達と一緒に先生の愚痴を話して盛り上がる、みたいなことです。

さっきのデメリット的には、こっちは一切悪くなくね?って思っちゃうかもしれないんですが、こっちはこっちでまた違うデメリットがあるなあって思います。

おれがよく思うことなんですが、考えてることを口に出して話した時って、その「考えてること」を、さらに強く思うようになるなあって気がするんです。

例えば、(なんか苦手かもなあ…) って思って時に、「あの人嫌いなんだよね」と口に出して言った瞬間、「なんか苦手」から「嫌い」に変わるという具合です。こういう例、他にも様々あると思います。「好き」というのも「〇〇したい」「〇〇だと思う」みたいに。

これらを前提とした上で、友達と一緒に共通の知り合いの愚痴を言い合うということを考えてみます。すると、それこそ口に出したことが、頭の中でどんどん大きくなっていきます。

A太郎「あのC男ってやつまじうざくね」
B之助「それな、まず〇〇だしな 笑」
A太郎「え、まじか、やっぱ嫌いだわ〜」
B之助「あ〜ほんとそれのすけ〜」

こんな感じだとすると、「まじうざい」「〇〇」「嫌い」っていうネガティブ要素があります。それぞれが個々にイメージの中で思ってたことを言語化するので、まず自分の中のネガティブな思いが強まります。そしてそれを聞く相手は、"C男" を想像するヒントとして、また新たなネガティブ要素が増えます。

そうして、2人ともの中で "C男" はどんどん過剰に悪者になっていくわけです。


3. 愚痴は結構 罪かも

本来人間関係において、1対1が一番ストレートに信頼関係を築けるんじゃないかなあと思っているので、やっぱりそういう、他人のネガティブなことを他の人に言うっていうのは、とても罪なことなんじゃないかなって思います。

でも聞く方もどうにか努力して、「この愚痴は、彼が見てしまった悪い部分、一部分だけなんだ」「実際はまったくのいい人なのかもしれない」と思うようにすると、平和〜になるんじゃないかなと思います。


4. 「愚痴」を note に書く理由

で、ズレまくったのですが、もちろん愚痴るというのは、自分が少し軽くなるというたった一つのメリットがあるので、ストレスが多くなるとやっぱり愚痴りたくなるものです。

ただ、上で書いたように、特定のものやひとのことを、特定の人に愚痴るというのは、絶対によくないなあとおもってるので、どうにかできないかと考えた結果、「note に書こう!」となりました。

note では特定の名前、団体名など、明確にわかるような詳しいことは書きません。こうすることで、上に書いたようなデメリットをクリアできるなあと思いました。そして自分も軽くなる。最強である。

これから書いていくであろう「愚痴」は、おそらくつらつら思ったことを思った順番で書いていくので、ほんとに読みにくいだろうし、特定の名前とかもかかないから、わかるはずがないくらいテキトーな感じになると思います。

人に言うというよりは、とにかく文章にしたい!他人に知ってもらうと言うよりも、とにかく吐き出したい!みたいな感覚なので、読む人はわからないこともたくさんでてくるとはおもうんですが、できる限り不快にはならないように書くつもりなので、暇な時でも読んでもらえたら嬉しいなあって思います。

よろしくお願いします。


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