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お蔵入りのヒロイン

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私小説「お蔵入りのヒロイン」 (定期更新・ほぼノンフィクション)
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#東京

カモミールの花束を

「ねぇ、テッペンは、どこにあるんですか?」 よれたスウェットを身に纏う17歳の少女が、オトナたちから身を隠しながら、か細い声で問いかける。あれは入社4年目の初夏のこと。ボクが初めてロケ現場でカメラを回した日のことだった。 あの日を思い出しながら、今ボクが渋谷に向かっているのにはワケがある。渋谷駅の宮益坂口はいつも何かしらの工事を行なっており、この日も例に漏れず道に迷ってしまった。 「5分ほど遅れます、ごめんなさい。」 渋谷の街は平日の午後だというのに多種多様な人たちで

そして、肩書きになる

「死なないようにだけ気をつけろよ」 どうにもボクは他人の意図を汲み取る能力が低い。それはきっと生半可な努力で手に入れられる力ではなくて、ずっと昔に周囲と差がついた脚の速さとか勉強の出来とか歌声の美しさとか、そういうものに似ている気がする。 「あ、でも死んでもカメラは守れよ」 「分かりました。」 恵比寿に在る番組制作会社は、今日もアイコスの煙が充満していた。コンクリート打ちっぱなしの壁と天井がやけに圧迫的で、長居していると気が滅入りそうになる空間だ。 地下鉄の日比谷線は