戦争責任と贖罪意識について

 戦争責任、というと基本的には戦犯の話、つまり戦争を発動し継続した責任は誰にあるのかということ。また日本が侵略、占領した地域で捕虜や民間人に非人道的なことを行った罪をどう裁くかという話になるらしい。つまり戦争指導者と戦争に直接的に参加し、現地の人に酷いことをした人物を対象とする。

 それをなぜか、自分は日本人の諸外国に対する贖罪意識と混同していた。それはかつて戦争に参加したという点では同じだが、人を殺めたり、強姦したりした事実の有無までは考慮に入れていないものだった。そうした具体的な事実よりも、戦後中国や朝鮮、台湾、東南アジアなどに行って、行軍した経験を思い起こし、自分も軍国主義者の一員であったという事実からある種の後ろめたさを抱いていることを指していた。それは実際の行為がどうであったにしても、個人の感想ではあれ上述の「戦争責任」とは次元の違う話だ。

 なぜこのような混同が起こったかというと、おそらく堀田善衛の『上海にて』だったと思うが、堀田が終戦間際滞在していた上海の龍華という刑場で漢奸の処刑を目の当たりにしたという記述を読んだことによると思う。堀田は中国人が中国人を疑い、処刑する現状を生み出した原因は誰にあるのかと問いかけ、終戦後の状況が一変した上海において自責の念のようなものに纏わりつかれる。そういうものを読んだから、かつて中国にいた、あるいは従軍していた人物は中国にある種「戦争責任」を感じているものだというように解釈していた。

 上に述べた「戦争責任」というのは、要するに戦犯と看做され東京裁判やかつての植民地で裁かれた人々を指す。対して堀田のような個人の意識は、戦争責任とは呼べないとは言わないまでも、それとは明らかに別の問題だ。それは終戦ではなく「敗戦」を迎えた日本人の、立場が変わって自分たちの被害者からの目線を意識したものだった。もっと言えば想像もつかないほどの居心地の悪さ、贖罪意識というよりは居場所を失った鬼の所在なさのようなものだったのだろうと思う。

 ではそうした日本の植民地の被害者たちを目の当たりにする機会のなかった日本人はどうだろうか。例えば中国の人々に何か申し訳なさのような思いを抱くようなことはあったのだろうか。戦時下の困窮に喘ぎ、終戦に安堵し、先行きに不安を感じながらも新しい時代の到来をほぼ同時に感じた日本人に、そのような配慮があったとは思いにくい。というよりも、会ったこともない、直接手を下したわけでもない被害者たちにそのような感情を抱く理由すら、ほとんどの日本人が持っていたわけはないだろう。贖罪意識、とはあくまでも被害者を目前にした当事者にのみある意識だったのだと思う。

 そうした意識は、時に戦中に被害者側と接点がなかった人物にも喚起された。例えば高良とみは戦前わずかに上海で魯迅と会った経歴があるものの、当然従軍したわけでも長期滞在したわけでもない。しかし日本では大政翼賛会に参加し、後にはその経歴を悔いるような発言をしている。彼女の大政翼賛会参加は、当時の情勢としては仕方ないといえる部分もある。婦人運動の先駆けの一人でもあった高良は女性の社会的地位向上を目指していたし、その当時の活動の表現が自然と戦時下の枠組みに絡め取られていったに過ぎない。だから彼女自身「馬鹿なこと言った」とはいうものの、それだけで高良を戦争推進者だったとみなすことはできないだろう。

 その高良は1952年に中国に行き、北京郊外の農村で村長からかつての日本軍の罪業を聞かされた。耳を塞ぎたくなるような行為の数々に涙して、さらには日本人民もまた軍国主義者の被害者だという中国の当時のスタンスに感動したという。そのように語る高良は紛れもなくかつての日本の中国に対する加害を肯定はしないし、中国に深く同情を示すものに違いないが、同時に首をもたげるのは高良の戦中の立場である。高良は中国に来て、被害者を目の前にして、自らの立場を振り返らざるを得なくなるのである。高良は戦争に直接参加したわけではない、危害を加えたわけでもない、にも関わらず半ば強制的に贖罪意識の十字架を背負わせられるのである。

 そんな高良も、もし中国に行っていいなかったら中国人にそんな感情を抱いただろうか。結果としてその状況に直面し、反省を余儀なくされた部分は否めないのではないか。戦後の日本人の贖罪意識とは、その行為の有無に関わらず当事者として矢面に立たされることで表出を促されるという側面はあったように思える。

 もちろん、堀田や(上では取り上げていないが)火野葦平やその他の従軍経験者のように心の奥底に深い葛藤を抱え続けた人々もいたことは事実に違いない。それでも、もしも彼らが戦後の中国の地を踏むことがなかったらそうした心の奥底の闇は僅かでも抉られること少なく影を薄めてしまわれたのかもしれないと思い至った。

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