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推しの対局を初めて生で観た話


自分の座席に辿り着いた途端、体が震えました。

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2022年1月30日、第28回岡崎将棋まつり。当選番号の通知と一緒に座席の配置図まで同封してくださるイベントは初めてでした。通知を見たらあーた、

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(  Д )    ゚ ゚

最前列でした。
将棋イベントに参加するようになって2年半、抽選で最前列が当たったのは初めてです。私の狂喜乱舞に付き合わされただんなさんは、さぞかしめんどくさかったろうと思います。

しばらくたつとオミクロンの大流行で状況が一変しました。マンボウは出るわ、自分も胃腸炎をやるわでほとほとまいりました。開催直前まで毎日毎日、イベントに行くか行かないか相談されただんなさんはたまったもんじゃなかったろうと思います。最終的にPCR検査で陰性を確認して、参加することに決めました。これを逃すと後悔する気がしました。

なのでホールに入る前から、最前列であることは百も承知だったのです。席に着いて震えたのは、私の目の前に対局用の将棋盤と座布団が置いてあったからでした。甘かった。大盤や対局席の配置までは想像が及んでいなかった。まさかこんな目の前で対局が行われるとは。

私は、今まで推しが将棋を指すところを生で観たことがありません。JT杯などのクジ運がたいへん悪く、指す将ではないため指導対局にも行くことがないからです。

私の目の前で、推しが闘う。

まだ事態をうまく呑み込めないうちにイベントが始まりました。
目の前に、

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木村一基九段が。
推しです。

今日も超絶かっこよくて倒れそうです。はた目にはチンと座って普通に拍手しているおばちゃんですが、頭の中は「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお木村先生かっけえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」です。たぶん会場のみんなも推しに対してそんな感じだと思います。マイケル・ジャクソンのライブでよくファンがぶっ倒れる映像あるじゃないですか。私なんか倒れないのだからまだまだです。

しょぼいスマホしか持たないせいで、写真が残念なのは本当に申し訳ありません。あと、ついでに謝っておきますがイベント中の写真の数もあんまりありません。普段からそちらは凄腕の撮る将の方々にお任せして、当日は口開けてホケ~と推しに見とれているような人間です。最前列の今日なんかなおさらです。

午前中はトークショーでした。石田先生が椅子から落っこちないか、石田先生が中村七段の名前を間違えないか、石田先生の胸のお花が、マスクが、と、石田先生に全部持っていかれるトークショーでしたが、とても楽しかったです。イベントを通じてずっと、石田先生が舞台上だけでなく袖や客席の後ろまで駆けずり回っておられる姿を何度もお見かけしました。本当に先生のご尽力あってこそのイベントです。感謝にたえません。

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午前の部が終わりました。
ここから2時間の休憩です。2時間も設けてあるのは、その時間で当選者のみに許されたサイン会をやるからですが、私は落選したので2時間完全フリーです。ホールからエントランスに出ると、色紙などの物販には既に長蛇の列ができていました。最前列の人間は必然、ホールから出るのが遅くなるわけで、逆に座席が後方の人は物販でチャンスを掴める。実によくできています。木村先生の色紙は列の隙間から眺めるにとどめて、私は事前に注文しておいたお弁当をピックアップしに行きました。

さてこれをどこで食べるか。
ホールで食べてもよいことになっていますが、食べながら周りの方とつい喋ってしまうようなことは、今回絶対に許されません。外に出ることにしました。近所に竜美丘公園があるようなので、そこで食べることにしました。石田先生もよく来られたのかな。

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丘を登り、展望台のてっぺんに到達。

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オレはやって来たぞ岡崎に!

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寒いいいいいいいいいいいいい!!!!!!!

高い場所は風が強いです。速攻食って丘を下りました。寒すぎて誰もいなかったので、感染対策はバッチリです。岡崎の自動車は、歩行者を見かけるとすぐスピードを緩めてくれます。なんとなく石田先生を輩出したのが頷ける気がしました。雑貨屋を冷やかしたり弁当屋のメニューを眺めたりして町をぷらぷら歩いたのち、20分前に席へ戻りました。

はて、舞台前にトロフィーが並べてあります。子供たちがぞろぞろと前にやってきました。ははあ、この休憩時間中に将棋大会の表彰式をやるのだなと構えていると、私の前に木村先生がやってきました。

せ、せんせい!!!
わわわわわたくしになにか・・・!?

私に用があるわけありません。先生は表彰式のプレゼンターを務めに来たのです。お子さん一人ひとりの顔を見ながらおめでとうと声をかける先生、おじさんも中に入れてもらおうかなと言いながら記念撮影に臨み、なるべく嬉しそうな顔してね~、マスクを外した後は話さないでね~、と導く先生と子供たちを、( ⌒ ー ⌒ ) こんな顔で見守りました。トロフィーをもらって帰る子供たちを捕まえて、ねえねえ木村九段知ってた!?と聞きたい衝動に駆られましたが、我慢しました。

さて、いよいよ午後の部です。まずは中村七段と髙見七段のダブルたいち対決。私からよく見える角度に座る太地隊長の、微動だにしない姿勢と尖った肩、刺すような眼光が印象的でした。もうこのあたりから、緊張で指先が冷たくなってきたのを覚えています。

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10分の休憩を挟んで、メインイベントが始まりました。読み上げのいおたんと記録係の齊藤三段が登壇し、次いで石田先生が登場。対局者二人を呼び込みます。先に登場した木村先生が、私からよく見える角度の席に座られました。

かみさまありがとう!!!!!

解説は石田先生とたかみーの師弟コンビです。何かおもしろいことを話されて、会場は沸いています。目の前で木村先生が駒袋の紐を解き、盤に駒を開けました。黙って駒を並べられる二人はもう眼つきが変わっています。さいたろう先生が、公開対局でも勝ちにこだわりたいと話されているのを事前に読みました。盤の前では常に全力を尽くすのがプロ、と木村先生はいつも仰っています。目の前でプロの戦いが始まるのです。二人に見入っているうちに私も、賑やかな解説の声がだんだん聞こえなくなってきました。先手だったら何をやるか、後手番だったら? 相手は最近何を指していた? 棋士がいつも沈んでいく静かな思考のエリアに、こうやって入っていくのだと思いました。

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駒を並べ終わり、いおたんが振り駒をします。いつもは振り駒を見ない木村先生が、放られた駒を素早く見やりました。先手番。戦型をどうするか。すぐに目を閉じて考え始めました。壇上では石田先生がなぜか冥土の話を始めていて、いおたんが対局を始めていいものやら困っています。おそらく結構長い時間が空きましたが、瞑目している二人はもう周りとは違う場所にいるようでした。対局が始まりました。

持ち時間なしの30秒将棋。すぐに秒読みが始まるので余計なことを考えている暇がありません。頭はフル回転しているはずです。考えている顔。中指をちょっと額にやってから、駒台の駒に軽く触れる。ああ目の前で木村先生が本当に将棋を指している、と思いました。私が今までずっと追いかけていた棋譜速報や記事や写真や映像を生み出してきた、すべての大元になる源流の前に立っている感じでした。源流は圧が高い。そして静かでした。さいたろう先生の指し手に少しのけぞって、左肩を引いてこちらに顔を向ける。私の方を見ている先生が、私ではなく脳内の盤を見ているのが分かりました。それだけのことで涙が溢れました。私が画面越しに、あるいは仕事の合間に、がんばれ~がんばれ~と念じていたとき、先生はこんな風にして戦っていたのだ。涙が出て涙が出て困りました。私ががんばれ~なんて思っているレベルの数段深いところで、先生は力を尽くしていらっしゃる。こんなに没頭されるんだ、全部将棋に注ぎ込むんだ。両手をひさしにして上体を反らす。今は盤全体を見ている。腕組みしている、何かあると思っている。腕を伸ばした拍子にぽとりと落とした胸の花を、戻しもしないで握っている。残り3秒までは考える。思いつかない態でちょい、と歩を伸ばす。今のは本当に思いつかなかったのか、ブラフなのか分からない。いつもよく見る先生の仕草が、いちいち新鮮な意味を持って響きました。一つも見漏らすものかと思いました。

先手の木村先生が攻める形で幕を開けた戦いは、いつの間にか攻めを引っ張り込む十八番の流れに。解説のダブルたいち先生方がさいたろう良しと見た後手攻め筋のその先には▲5一角という先手の痛烈な反撃が潜んでおり、解説陣も指摘しないその筋をおそらく木村先生が読み切っていると見たさいたろう先生が、機敏に切り替えて放った手が効を奏し、勝負は後手勝ちに終わりました。

立ち上がった木村先生は肚から悔しそうでした。靴を履いて顔を上げたときにはもういつもの顔に戻っていました。▲5一角で仕留めてたら俺かっこよかったんだけどなあ、と感想戦で朗らかにぼやく先生がまたかっこよくて、でも涙でぼやけてよく見えませんでした。

イベントが終わって立ち上がろうとしたら、肩と背中がガチガチで指先も痺れていて、何事かと思いました。何かをきつく握ったままずっと硬直していたようです。会場を出て、なんとなく川の方へ歩きました。乙川というそうです。綺麗な川でした。川沿いを歩いて帰りました。

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木村先生のファンで良かったです。
岡崎将棋まつりの開催に尽力くださった皆さま、本当に感謝申しあげます。楽しみ尽くしました。ありがとうございました。


おわり

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