在日コリアンの社会には朝鮮半島出身者の名簿が脈々と受け継がれ、今も更新され続けている、という話が語られることがある。
韓国・朝鮮籍のみならず、数世代前に帰化や日本国籍を取得し、日本名を名乗り、「日本人」として世間に認知されている人も含め、通底における繋がりが、名簿の存在を想起させるくらい堅牢であるということの証左であろう。
尼崎出身のお笑いコンビの片割れの金髪マッチョは多くの女性と浮き名を流してきたがいずれも結婚には至らず、40を過ぎて選んだのは同胞の女性であった。
結婚、会社の運営、コンビやグループの結成など人生を左右する決断を前に、普段は奥底に仕舞い込んでいる民族のアイデンティティが個人のこれまでの人生すら軽く飛び越えて発露する、と想像しているがどうだろう。
ところで、近年の韓国経済の発展により、本国のお金が在日社会に還流する機会も増えた。興味深いのは、そのお金は日本人の手に渡すことなく極力在日の社会で使い切ろうという心裏が伺えるところである。
数年前、国際線の機内で観た映画はまさに典型だった。日本のミステリーが原作で、日本の俳優を主役に起用した日本が舞台の、韓国人監督による日韓の共同制作であったのだが、エンドロールで見た日本側の制作は尽く在日系の会社が名を連ねていた。起用された俳優も恐らくそういうことになるのであろう。
一概に言うと同じ社会を生きていながら彼我の区別が明確に付けられていることだけは無邪気な我々も認識しておいたほうが良いとは思っている。



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