幻想浪漫譚 ~マーセナリーズ・オペラ~ 第二話 Heavy Day
先程の戦場から、更に奥。ユーゴ達ネスト組はとある場所に来ていた。
「んん、行き止まり?」
小首を傾げながら、グラヴィスが目の前の壁を眺める。てしてしと壁を叩いてみるが、ビクともしない。
ならばと伏雷を壁に叩きつけるが、残念無念やはりビクともしない。なんなら自分の手が痺れたくらいだ。
「なんだよもー! 壊れないってなんだこの壁!」
ガルル! と噛みつきそうな勢いで、グラヴィスは壁を睨みつけた。
ならばとシークがスサノヲに手をかけるが、ユーゴはそれを制した。シークがなにか言おうとしたが、それを遮る形でユーゴが口を開く。
「やめとけ。コイツは相棒の太刀筋でも斬れねぇよ。この壁、超鋼スチールと特殊カーボンの複合素材で造られたもんだ。しかも……」
そこまで言って、彼は壁に向かって炎を放った。壁に当たる瞬間、炎が霧散し、煤のひとつも残していない。
「A(アンチ)M(マナ)コーティングだな。魔術を弾く加工がされてる。魔術も効かねぇようになってやがる」
ユーゴは頭を掻きながらその壁を観察した。とりあえず同じように、シークもグラヴィスも壁を観察してみる。
「ん〜〜〜……、ん? ああ!」
グラヴィスが急に大声を出した。どうやら何かを見つけたらしい。
ただ、そばにいたユーゴとシークは耳を抑え、顔をしかめているが。
「な、何があったんだよ妹殿……。あー、まだ耳キーンとしとるわぁ」
「アニキ、シークさん! アレ! 壁の右の方!」
グラヴィスがしきりに壁の右端を指差している。それに促されるように、ユーゴとシークはその場所をまじまじと見やった。
「なんだあこりゃあ。パズルか?」
シークがそう言った。彼が口にした通り、グラヴィスが指差した箇所にはめちゃくちゃにパネルがばらされたスライドパズルがある。
とりあえずシークがパズルを揃えようとするが、なかなか上手く行かない。
「……コイツ、斬っちまえば解決しねぇか?」
などと言いながら、遂にはスサノヲを手をかける始末だ。
まぁ待てよと言いつつ、ユーゴがパズルの前に立つ。
「えーっと……、コイツをこうだろ? んで、コレをこう。コレがこうなるんだから、コレがこうで……」
数分後、カチャリと言う音が響き、壁が重たい音を立てながら横にスライドして行った。
「BINGO! ま、ざっとこんなもんだろ!」
開いた扉の奥に進むと、そこはドーム状の部屋だった。壁一面が薄い青みがかっているのは、AMコーティングのせいだろう。照明らしい照明はほぼ無いが、AMコーティングの光が部屋中を明るくしていた。
部屋の中央にはカプセルらしきものが三つある。濃い紫色の溶液で満たされていて、中に何が入っているかは分からないがしきりに上がる泡と、それぞれのカプセルに据え付けられたコンソールが動いていることから、この装置が稼働中であることが分かる。しかし、
「妙だな……。人っ子一人いねぇ……」
室内を見回して、ユーゴがそう言った。生活感が全く感じられない事から、ここ暫く人はいなかったようだ。
その感覚はユーゴだけではなく、シークとグラヴィスも感じていたようで、とりあえず何かないかと動き出している。
シークはカプセルをコンコンと叩き、どうにか中を見ようとするがあまり成果は得られず、グラヴィスは比較的得意なコンソールをいじって見るが、まるで操作を受け付けず、あらかさまにお手上げのポーズをしていた。
――と。
「おやおや『脳筋』のファフニール・ネストの皆さんが私たちより先に到達しているとは……。少し驚きました」
ちょうど、ユーゴ達が入って来た扉の向かい側から、聞き覚えのある声が研究施設内に響いた。続いて三人分の足音が聞こえ、ユーゴはわざとらしくため息をついた。
「脳筋で悪かったなぁ。ところでなんでテメェらがここにいるんだ? 『守銭奴』のニーズヘッグ・バイト」
言い返して、ユーゴは向かいのニーズヘッグ・バイトの三人を見やった。
ユーゴ、シーク、グラヴィス三人のファフニール・ネストと、灯眞、マテリア、エルス三人のニーズヘッグ・バイトは、ダスト・シティで最も実力のある傭兵ギルドであり、互いに激しく競い合う好敵手である。ついでに言えば、両者の事務所はダスト・シティ中央にあり、向かい合って建っている。
「守銭奴とは心外ですねぇ。貴方たちよりも計画的にお金を使っているだけですよ。
それに、貴方たちに依頼を持って来たクライアントが、私たちのところにも同じ依頼を持って来ただけです。余程不安だったのでしょうか」
言いながら、灯眞は顔を片手で覆いながら、くっくっくっと含み笑いをした。完全に煽っている。
「テメェ……、言ってくれるじゃねぇかえぇ? ウェルダンになりてぇのか?」
そう言ったユーゴは、既に右手に焔を出現させている。真紅の焔を照り返し、彼の双眸は闘志を宿したようだった。
文字通り焼けるような覇気に身を晒しながらも、灯眞はまるで怯んでいない。含み笑いははっきりとした笑い声に変わり、彼もシン・インフェルノに火を入れる。
その時の灯眞の顔は、普段の表情とまるで違い、戦いを楽しむそれになっていた。
「やってやろうじゃねぇかぁユーゴちゃん!! ついさっきいい血が手に入ってよぉ!! オレ様気分がいいんだ!! ヒッヒッヒッヒッ!!」
碧の髪が逆立ち、眼光は獲物を狙う蛇その物。更に右腕と右眼が、シン・インフェルノの刃と同じ、黒碧(こくへき)の焔に包まれている。
これは、灯眞に流れるナイトレイド――いわゆる吸血鬼だ。灯眞はヒューマとナイトレイドのハーフである――の力で、一定量吸血すると任意で発動できる。おそらく、先程のミノタウロスの血でも吸ったのだろう。最も、ミノタウロス一体位の血では、本領発揮には至らないだろうが。
「覚悟は出来てんだろうなぁ!? 灯眞ぁ!!」
「上等だァ!! 焼き尽くしてやんよォ!! ユーゴぉ!!」
叫ぶと同時、ユーゴと灯眞はお互いの焔の刃をぶつけ合った。同時に迸る魔力の激流。並大抵のモノでは近づく事すら不可能だろう。それほどまでに熱く、激しいのだ。
数秒の鍔迫り合いを経て、二人は同時に間合いを取った。だが、両者とも、ただ離れると言うことはしない。
『炎襲閃(エンシュウセン)!!』
『焔薙!!』
焔の刃を飛ばす、似たような技を同時に放ち、相殺(そうさい)したタイミングでユーゴと灯眞は再び激突した。
しかし、今回は鍔迫り合いはせず、斬撃の応酬で鎬(しのぎ)を削っていく。
(いけませんね。マスターが押されている……)
激しい干戈と焔の舞う中、マテリアは灯眞の戦況を瞬時に判断した。事実、灯眞はユーゴよりも純粋な身体能力で劣っている。だが、その代わりに技巧に関しては灯眞の方が優れていて、テクニックでカバーしている節が強い。
とはいえ、現在の戦況としては、マテリアの言う通りに灯眞が押され気味だ。
「援護します。マスター!」
マテリアが、灯眞の助けに入ろうと身構えた。
――だが。
「まぁ待てよ。マテリア……!」
音が反響する中でも、はっきりと聞こえる重い声。それには鋭い殺気も込められており、マテリアの視線は否が応でもそちらに向けられる。
同時に襲いかかって来る、鋭い炎の斬撃。ユーゴのそれと違い、確実に『斬る』ための一閃だ。
寸でのところでそれを回避し、マテリアは斬撃を放った主を見やる。
「やはり、そう動くでしょうね貴方なら。シーク・ドラグナー公……」
「話が早いじゃねぇか。そうだ。アンタの相手は俺だ。フィーア・マテリア」
言って、シークは一度スサノヲを鞘に収めた。そのまま左足を引き、腰を落とす。左手の親指は既に鍔を捉えており、右手は柄に添えるだけ。
テンガロンハットから覗く彼の銀色の瞳は、獲物を狙う狩人のそれだった。
対象を射抜く眼光に晒されつつ、マテリアも革手袋をしっかりとはめ直し、いつものように構えてシークを見据える。
「貴方と私が相対した以上、もはや弁論は意味を成しませんね」
「そう言うこった。さぁ、死合おうか」
ほぼ同時に踏み込み、互いの有利な間合いを取り合う。
シークが斬撃を繰り出したかと思うと、マテリアがそれを紙一重で躱(かわ)す。そのままマテリアが反撃をすると、振り抜いた先で刃の軌道を変え、シークが再び斬撃を放つ。
マテリアはそれを受け止めた。そのまま優位を取るため、シークを制しようとするが、考えることはシークも同じようで、結果として鍔迫り合いの形になった。
「相変わらずやりますね、ドラグナー公」
「お前さんもなぁマテリア。流石、俺とまともに死合えるタマだ!」
スサノヲで、合わせているマテリアの左腕を捌く。シークはそのまま斬りつけようとしたが、マテリアは捌かれたことを利用し、ギリギリ刃が届かない間合いから回し蹴りを繰り出した。それを咄嗟にスサノヲの刀身で防御し、間合いを取り直す。
両者共に譲らぬ戦い。緊張感は他者すら巻き込む勢いだ。
「いいねぇこの感覚! アタシも楽しくなって来たぜー!」
それを浴びてなお、グラヴィスはいつもと調子は変わらない。むしろ覇気にあてられて気持ちが高揚しているくらいだ。
「えーっと、灯眞がいて、マテリアがいる。という事は……」
「よ、よう、ラヴィ……」
キョロキョロと当たりを見回すグラヴィスに、やや苦笑いを浮かべながらエルスはそう声をかけた。
その瞬間。グラヴィスの表情がパッと明るくなる。
「やっぱいるよねーエールスっ!! 久々に一騎打ちでもどーお?」
言いながら、伏雷を取り出す。彼女が指を弾くと、伏雷が機械音を立てながら『変形』し、四つの砲身を持つ銃火器になった。
これは伏雷の射撃形態で、それぞれの砲身からマナが充填された大口径弾を撃ち出すバケモノモードだ。ユーゴが『ここは簡単に壊れない』と言っていたので、満を持しての登場だ。
「いやぁ、正直言うとあんまり戦いたくないんだけど……、他の二人が熱くなってる以上、俺だけ逃げ出す訳にはいかないんだよねぇ」
そう言って、エルスも渋々と極彩色を構えた。極彩色には周囲のマナを抽出する機能が着いており、炎、風、水、地のマナに変換・放出して擬似的に武器に付与する事ができる。
「極彩色、朱雀翼・蒼龍爪起動! 行くぞラヴィ!」
エルスがそう言うと、朱と蒼の極彩色のモーターが動き出し、間もなくして炎と風を纏った。
「さーっすがエルス! ノリいいじゃあん! そんじゃあ、花火を上げるとしますか!」
言いながらニヤリと笑い、グラヴィスが伏雷のトリガーを引いた。四点バーストで放たれる大口径弾の雨がエルスに襲いかかる。
エルスはそれを見据えて集中力を高めると、二刀の極彩色を巧みに操り、弾丸を弾き飛ばした。
「ナイス反応ーう!」
その弾幕に隠れて、グラヴィスが間合いを詰めてきていた。伏雷は金棒モードに切り替わっており、すでに大上段から振り下ろされている。
普通の敵なら直撃か良くて軽減なのだが、エルスもグラヴィスに優るとも劣らない怪力の持ち主である。しっかりと、伏雷を受け止めていた。
「やっるぅ! 楽しくなって来ちゃうぜ!!」
「そりゃどうも……! 今度は、こっちの、番だ!!」
身体の力を全て両腕に送り、エルスはグラヴィスを押し返した。そのまま間合いを離すグラヴィス。ワンテンポ遅れはしたものの、エルスは彼女に食いつき、朱の極彩色――朱雀――で追撃した。
本業は開発者・科学者のため、洗練されてはいないが、(環境が環境のため)並の傭兵よりは戦える。その追撃は確実にグラヴィスを捉えていた。
「甘ァいのだぁ!」
至極楽しそうな笑顔を浮かべながら、グラヴィスは左手を掲げ、そこに雷を集めた小盾を造り出した。そこにエルスの極彩色が接触し、激しい爆発が起こる。
エルスが巻き起こった爆煙を蒼の極彩色――蒼龍――が纏った風で払うと、その中から金棒モードの伏雷を構えたグラヴィスが飛び込んできた。伏雷の纏う雷火で、彼女の顔が照り返す。
「だったら!」
エルスは朱の極彩色を霧散させると、代わりに白の極彩色を空間から取り出した。
この世界には、現世の裏側に別の空間が広がっているとされている。そこにはマナや元素などが霧のように漂っていて、アクセスする事で所持品の取り出しと保存が可能になっている。
一般的に、その空間を『アビスヤード』と呼んでいる。
エルスの取り出した白の極彩色――白虎――は、既にマナの抽出を完了している。司る属性は地。グラヴィスの雷撃を受けるのには持ってこいである。
刹那後、エルスは突っ込んできたグラヴィスと鍔迫り合いになる。
「……やっぱ、これくらいじゃないと張り合いないよね!」
「そりゃ、どうも!」
不敵な笑みを浮かべるグラヴィスに、苦笑を浮かべながらエルスが答えた。
ユーゴと灯眞、シークとマテリア、そしてグラヴィスとエルス。
この三組が暴れ回っていても、この部屋はビクともしない。
だが、そのぶつかり合いの余波は、部屋の中の機器に多大な影響を与えている。
そしてその瞬間(とき) は、唐突に訪れた。
バリィン!
部屋に響き渡るガラスの砕ける音。さほど間を置かず、液体が流れ出す音も木霊する。
それは激戦の渦中にいる六人全員の視線を集めた。
「なんだ、ありゃ……」
静まり返った部屋にユーゴの声が反響した。
ユーゴの、いや、六人の視線の先には、割れたカプセルと、そこから流れ出たであろう紫の液体が広がっている。
鼻を突く独特の匂いは、その液体が魔族の血であることを示していた。
そして、カプセルの中央に人影が見える。その体躯は、それぞれが収まっていたカプセル相応の大きさである。
「左右の個体は……、竜とヒトのキメラでしょうか。無理矢理ヒトに竜の力を宿そうとしたのでしょうねぇ」
すっかり興が冷めたのか、普段の口調になった灯眞がそう言った。
「ソイツらもなかなかな相手だろうが……、問題は真ん中のヤツだぜ、灯眞」
中央に鎮座する何かを睨みつけながら、ユーゴが言う。
「アイツは………、ドラゴニュートだ」
彼がそう言うと同時、ドラゴニュートが雄叫びをあげる。
ドラゴニュートは、竜の血を受け継ぐ種族だ。同じ源流を持つ『竜人族』が知識や人間との共生を選び、よりヒトに近づく進化をしたのに対し、ドラゴニュートは竜としての力や体躯を進化させ、二足歩行でき、武器を扱う腕を持つ竜として進化した。
ヒトと共に目まぐるしい進化を遂げた竜人族に対し、ドラゴニュートは衰退の一途を辿った。今やほぼ絶滅した種族と言われている。
だが目の前に、ドラゴニュートは存在している。ユーゴと灯眞を一瞥すると、ドラゴニュートは右手を掲げた。するとそこに、稲妻を象った氷のハルバートが形成され、そのまま振り下ろす。
同時に鋭い氷塊が地面から弾け飛び、ユーゴと灯眞に襲いかかった。しかし、
「おやおや、どうやら頭は弱いようですねぇ」
「その程度の氷じゃ、こっちの焔は止まらねぇぜ?」
氷塊をことごとく融解させ、二人はドラゴニュートを睨みつけた。だが、ドラゴニュートは億す様子が無い。再び雄叫びを上げ、ハルバートを薙ぎ払って来る。
動きは緩慢なため、ユーゴと灯眞は余裕を持って回避したが、万が一当たってしまった場合は相当の威力だろう。
「それで、どうするんですか? ユーゴさん?」
「決まってんだろ。ぶっ飛ばすだけだ!!」
言うや否や、ユーゴはブレイジング・クリスタルを形成しながらドラゴニュートに突っ込んだ。そのまま背中越しに叫ぶ。
「相棒! 妹殿! 左右の竜人モドキは任せたぜ!」
「任せろ相棒。そっちに手ェ出させやしねぇよ」
「まっかされたぜアニキィ! いくらでもぶん殴ってやんよ!」
ユーゴの号令に合わせ、それぞれ目の前の竜人モドキに戦いを挑む。
「やれやれ仕方ありませんね。マテリア、エルスさん。シークさんとグラヴィスさんの援護をしてください」
「承りました。マイマスター」
「本業じゃあないが、やれるだけやってみるさ! 灯眞さん!」
言うと、マテリアとエルスはそれぞれシークとグラヴィスの援護に向かった。
右の竜人モドキを標的にしたのはグラヴィスだ。
伏雷を半ば引きずってはいるが、それでも高速移動と言って差し支えない機動力を持ってして接近し、得物を振り上げる。
大半の相手ならこの一撃でほぼ決着が着くが、今回はそう上手く行かない。竜人モドキはアビスヤードから引っ張り出して来たであろう大型の騎士盾で、グラヴィスの一撃を危なげなく受け止めた。
手が痺れるような反動は無いが、グラヴィスは違和感を感じた。もちろん騎士盾に伏雷がぶつかった感覚はある。
その盾のもう一枚外側に、何かベールのようなものがある。
そんな感覚に近い。そこにエルスが合流してきた。
「大丈夫……そうだな、ラヴィ」
「お! エルスー! いいとこに来てくれた!」
右手にアックスソードを装備した竜人モドキを、重量武器の伏雷で器用に捌きながら、グラヴィスはエルスに声をかけた。
そのまま竜人モドキを弾き飛ばし、グラヴィスは間合いを取りつつエルスの横に着く。
「あのさー、あの竜人モドキなんだけど……」
言いかけたグラヴィスを制し、エルスは相手のスキャンを始めた。それは程なくして完了し、彼は口を開いた。
「あの盾、強力な魔術障壁が付与されてる。生半可な攻撃は通らないぞ」
多少慌てた様子のエルスに対し、グラヴィスの方はと言うと、至って楽しそうな、不敵な笑みを浮かべている。
「アタシがいてエルスがいるなら、なんも問題無いっしょ! アタシ達の攻撃が、いわゆる生半可なワケ無いじゃん!!」
言いながら、グラヴィスは再び竜人モドキに突っ込んで行く。
小細工なぞ一切不要。その破壊力を持ってして、相手をぶん殴りゃどうにでもなる。彼女は常に、その体現者だ。
「あ! おい! ラヴィ! はぁ……。まぁ、でもラヴィの言う通りっちゃ言う通りなんだよなぁ……」
あからさまに肩を落とし、深いため息をつくエルス。だが、このままここで、グラヴィスの戦いを眺め続ける訳にもいかない。
ただ、付け入る隙はあった。先程のスキャンで、魔術障壁が付与されているのは、飽くまでもその騎士盾『のみ』と言うことがわかっている。
「……仕方ない、やって見るか……」
やれやれと言った感じで、エルスは蒼と紫の極彩色、蒼龍と玄武をアビスヤードから取り出した。
「上手くやれば儲けモンだ! 何とかしてみるさ!」
気合いを入れ直し、彼は竜人モドキに向かって行った。
先に殴りに行っているグラヴィスと攻防を繰り広げているため、即座にこちらに反応することは無いだろう。ほんのわずかだが、こちらが優勢だ。
マナの充填が完了する。エルスが蒼龍で床を叩くと、マナが解放され、エルスが跳躍した。
何とか空中で体勢を制御し、竜人モドキの頭上を僅かに跳び越す。
その瞬間、彼は玄武の矛先を竜人モドキに向け……
「たのむぜ『奥の手』! 虚仮威し・紫湧(こけおどし・しゆう)!!」
叫ぶと同時、玄武の矛先が開き、銃口が現れた。エルスが柄本のトリガーを引くと、玄武に充填されていた水属性のマナが砲弾として放たれる。
流石に身の危険を感じたのか、竜人モドキは即座に盾を構え、エルスの砲撃を防いだ。だが生憎、いくら防御力が高くても盾は一つしかない。
「スッキありぃ!」
防御が外れた隙を着き、グラヴィスが竜人モドキに伏雷を叩き付ける。
鈍い音と確かな手応え。いわゆる直撃だ。ダメージは通っている。だが、竜人モドキに痛がっている様子は無い。
「……立派な鱗の鎧ってワケか。モドキでも一応竜の血は引いてるみたいだねぇ」
グラヴィスがそう言った刹那、竜人モドキは の尻尾が彼女を襲う。
咄嗟の防御は何とか間に合ったが、グラヴィスは結構な勢いで吹き飛ばされてしまった。
それと入れ替わり、エルスが玄武で竜人モドキに殴り掛かる。もちろん騎士盾で防がれるが、彼の狙いはある意味それだった。
「言葉が通じるかどうか知らないが、アンタ、水蒸気爆発って知ってるか!?」
エルスはアビスヤードから、即座に朱雀を取り出し、それを玄武に叩きつけた。
瞬間、水のマナと炎のマナが反応し、激しい水蒸気爆発が引き起こされた。生身の人間が爆心地にいればそのまま爆散しているが、エルスは身体の大半がある種のオートマタになっているため、ある程度なら耐えることが出来る。
対する竜人モドキだが、身体に無数の傷ができる程度には効果があり、騎士盾も半壊している。こうなってしまえば、魔術障壁がコーティングされていようが盾は使い物にならない。
竜人モドキは盾を捨てると、アックスソードを両手持ちして脇に構えた。どうやら防御するつもりはないらしい。攻め切るつもりなのだろう。
「上等ぉー!」
爆発の衝撃で動きにくそうにしているエルスを尻目に、グラヴィスは伏雷を構えた。そのまま柄のトリガーを引き、竜人モドキとの間合いを一気に詰める。勢いそのままに、彼女は捻りを加えながら伏雷を振り下ろした。
竜人モドキは、負けじとアックスソードを振り上げるが、遠心力、自重、グラヴィスの体重が乗りに乗った伏雷を制する事は出来なかったようである。
アックスソードもろともに頭蓋を砕かれ、竜人モドキは動かなくなった。
それを確認し、グラヴィスはいつも通り伏雷に付着した『色々なモノ』を振り落として肩に担いだ。
「いっちょあがりぃ!」
「な、何とかなったな、ラヴィ」
ようやく立ち上がったエルスが、ややおぼつかない足どりでグラヴィスに近づき、そう言う。
それに、なったぜー! と答えながら、グラヴィスがエルスの背中を叩く。多少力が入りすぎていたのか、エルスは思い切り咳き込んでしまった。
グラヴィスは慌てた様子でエルスの介抱を始めるのだった。
鋭く踏み込み、それと同時に刀身が鞘走る。空を裂く一閃は、炎を帯びていた。
刹那の速さで間合いを詰め、身体を捻り、そこから生まれた回転の力を拳に伝え、打ち出す。鋭利な一撃は、氷を纏っていた。
――直撃。手応えはある。だが、目前の竜人モドキは、それほどダメージを受けていないようだ。
間を置かずに、竜人モドキは二振りの二丁板斧(にちょうはんふ)を振り下ろしてきた。
それを回避して間合い取り、シークとマテリアは再び構えた。
「ちぃっ。厄介な魔術障壁だな」
「私たちが通路で遭遇したミノタウロスと、理屈は同じようですね」
その言葉に、シークが疑問符を浮かべた。それに気づいたのか、マテリアは先のミノタウロスとの戦闘について簡潔に説明してくれた。
それに納得したのか、シークは口の端を上げる。それは勝ち手を見つけた勝負師の表情(かお)だ。
「面白れぇじゃねぇか。ヤツの盾が勝つか、俺たちの矛が勝つか……。極(き)めるとしようか!!」
「とは言え……、よっぽどのことがない限りは、私たちが負けることはありませんがね」
言って、二人は再び構えた。彼らから放たれるマナの波動が、竜人モドキの闘争本能を刺激する。竜人モドキはニヤリと笑うと、自らもマナの波動を放つ。
二つの波動がぶつかり合った瞬間、両者が激突する。シークのスサノヲ、マテリアの拳が空を切り、竜人モドキに襲い掛かる。しかし、当然のことではあるが二人の攻撃は、自動的に展開した魔術障壁に無効化された。
優位と見た竜人モドキが反撃しようとする。が、その思考はすぐさま塗り替えられる。
『瞬迅雷禍(しゅんじんらいか)……!!』
低く、しかし鋭い声と同時に、右袈裟からの斬撃に襲い掛かられ、魔術障壁にスパークが走った。だがそれは、魔力同士の干渉によるそれだけではない。雷魔術としての軌跡も、しっかりと残っていた。
それも、上位雷術者の操る『紫電』である。
竜人モドキは思わず身じろぎしてしまった。さらにそこに追撃が来る。
『喰闇拳・瀑牙(くうあんけん・ばくが)!!』
優雅であるが、力のある声と同時に、左脇腹へ打ち込まれる闇色の一撃。魔術障壁が展開するが、その闇からの衝撃は、障壁に守られているはずの内側にまで響いてくる。
たまらず竜人モドキは後方に吹っ飛んでしまった。床に叩きつけられ、苦虫を噛み潰したような顔で前方を見ると、そこにはスサノヲに紫電を纏わせたシークと、闇を宿した四肢のマテリアがいる。二人はゆっくりとこちらに近づいてきていた。
「……まさかあなたが『紫電使い』とは思いませんでしたよ。ドラグナー公」
「そっちこそ、闇属性まで使えるとは思わなかったぜ、マテリア」
シークとマテリアの魔力プレッシャー。現在共闘はしているものの、二つの接する場所にはスパークが弾けている。だが、それは二人が極めし者であることを否が応にも示していた。
野生の、竜の部分の本能が、眼前の敵の強大さに警鐘を鳴らす。彼らとこれ以上戦うと、命が危うい。と。しかし、その警告は、人の部分がかき消していく。自分が負けるはずがない。と。
竜人モドキは立ち上がり、両手の斧を握る手に力を込めた。咆哮し、斬りかかる。
その刹那、シークとマテリアが同時に動いた。自らの居合刀と、自らの拳に紫電と闇を収束させて。
竜人モドキがあと一歩で自分の間合いに入る、その瞬間。
『雷電紫閃(らいでんしせん)……!!』
『喰闇拳・破獄(くうあんけん・はごく)!!』
一足先に、シークとマテリアが一撃を放った。紫電を纏い、紫の一閃となったスサノヲと、両拳に圧縮され、至近距離で放たれた闇の衝撃波。その奔流が竜人モドキの身体を、魔術障壁もろとも破壊していく。
短い断末魔が響き、その一瞬後には、竜人モドキの上半身が綺麗に無くなっていた。
「……やるじゃねぇか」
「そちらこそ」
シークとマテリアは戦闘態勢を解き、短く言葉を交わした。
焔の武器を携えるユーゴと灯眞。その二人と対峙するのは、おそらくこの部屋で三指に入る身体能力を誇るドラゴニュートだ。氷のハルバートはユーゴと灯眞の焔のマナにあてられていても解ける様子がない。
お互いに動く気配は無い。その沈黙を破ったのはユーゴの大きなため息だった。
「おいおいおーい。いつになったら動くんだよドラゴニュートさんよぉ! そっちが来ないなら……」
そこまで言って、彼はブレイジング・クリスタルを焔に戻し、ドラゴニュートに向かって大きく跳躍した。
わざとらしく大きくため息をついた灯眞が目の端に見えたが、今はとりあえず無視しておく。
「こっちから行かせてもらうぜぇ!!」
叫びつつ、焔を纏った拳でドラゴニュートの頭部へ叩きつける。打撃自体はさほど痛手にはならない。天然の鱗鎧で守られているので、そんなことはすでに分かり切っている。
本命はここからだ。
『焔爆(ほむらはぜ)!!』
ユーゴが叫ぶと、拳に纏った焔が爆発した。その一撃は少なからずドラゴニュートにダメージを与えた。多少ぐらついたが、すぐに体勢を整えてハルバートを振り上げてきた。
ユーゴはそれを生成したブレイジング・クリスタルで防いだ。が、すべてを受け止めきれるはずもなく、多少痛手を被ってしまった。
受け身を取り、体勢を整える。
「やってくれるじゃねぇかえぇ? 力だけは一端じゃねぇか」
「あなたにそれを言われてしまっては……、ドラゴニュートも立つ瀬がありませんねぇ!」
ちゃっかり煽りを入れつつ、灯眞が斬り掛かっていく。碧黒の刃が胴体を薙ぎ、焔が軌跡を描いた。魔術障壁の陽炎が揺らめく。やはり、ドラゴニュートもピンポイント自動生成できるようではあるが……。
(……ラグがあるのは、いわゆる『仕様』なのか、それとも『成長』なのか)
『従属せよ。焼き啜れ。我降したるは黒き碧(あお)!! 二グラ・ヴェルダ!!』
胸中で思案しつつ、灯眞は魔術を行使した。碧黒の焔がドラゴニュートの足元に迸り、襲い掛かる。当然魔術障壁は展開されるが、焔は継続的に魔術障壁へダメージを与える。
持続ダメージは魔術障壁の耐久力を永続的に削り取っていく。しかし、ドラゴニュートは構わず攻撃を仕掛けてきた。大振りな一撃を、灯眞は難なく回避して間合いを取る。
それと入れ替わりにユーゴが仕掛ける。右手に纏う焔が尾を引き、ドラゴニュートに襲い掛かるが持続的に展開されてしまっている魔術障壁が行く手を阻んだ。魔術障壁に干渉した焔が弾け、四方八方に飛散していく。
だが、これは彼も承知の上だった。むしろ
「この状況は! 俺ちゃんの待ち望んでた状況なんだぜ!!」
その叫びを詠唱の代わりとして、ユーゴは四散した焔を結晶化させた。針のように細く脆いが、数だけは多い。その焔の針が、一斉にドラゴニュートに降り注いだ。
その光景を、魔術障壁越しとはいえ目の当たりにしたドラゴニュートが思わず動きを止める。一本一本のダメージは微々たるもの。だが、灯眞の魔術と、ユーゴの先ほどの一撃で摩耗しつつあった障壁は、焔の雨が降り注いだことによって砕け散った。
そのタイミングで、ユーゴは再び右手に焔を収束させ、ブレイジング・クリスタルを生成した。そのまま身体を一回転させて、遠心力を乗せた一閃を放つ。
――ギャアアアアアア……ッ!!!!
施設内にドラゴニュートの慟哭が響き渡る。そしてそのまま前のめりに倒れ、動かなくなった。しばらくすると、ドラゴニュートの下から、ゆっくりと紫色の血が滲み出てきた。
同時に、竜人モドキを相手にしていた四人が集まり、話しかけてくる。それに返事をしつつも、ユーゴと灯眞はドラゴニュートを睨み付けていた。
確かに、手応えはあった。鱗の鎧を焼き斬り、その奥の肉を抉った感触も、ユーゴの手には残っている。だが、あまりにもあっけなさすぎるのだ。違和感を覚えるほどに。
――と。
――へぇ~……。面白いね……。
「……ッ!!」
ごく小さく聴こえた声。ユーゴは思わずあたりを見回した。だが、何もない。
(内側……。脳内に直接……?)
「どこのどいつだ……?」
小さく毒づいたユーゴだったが、それに被せるように声が聴こえた。
『――IA MA NANCIE DRAGO……。(イア・マ・ナンシエ・ドラゴ/『我、古竜に至れり』)』
か細くはあるが、それは確実にドラゴニュートから聞こえた声だった。つい先ほどまで、言葉など発することもなかったはずなのに。ここにきて、まるで今覚えたかのように、そのコトバを繰り返す。
それに呼応するように、ドラゴニュートの周りが歪み始める。
「な、なんだこれぇ! マ、マナが悲鳴上げてるみたいだ!」
片目を閉じ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたグラヴィスがそう言った。もちろん彼女だけではなく、他の全員が同じような表情である。
「これって……、まさか!?」
何かを思いついたのか、エルスがスキャンを始めた。そうしている内にも歪みは激しさを増し、その歪みは呪詛のように呟き続けているドラゴニュートに収束していく。
そして、その歪みは氷の翼としてドラゴニュートに現れた。蒼黒い、禍々しい見た目を持つその翼は、騎士の外套のようにも見える。ドラゴニュートはというと、先ほどまでのとは違う、知性ある佇まいになっている。
「……やっぱり!」
エルスのスキャンが終了したようだ。しかしその表情は、驚愕の色を濃く表していた。
そのまま続ける。
「み、みんな! あのドラゴニュートが行使しているのは……『オド』だ!」
そのセリフに、その場にいる全員の表情が驚愕に変わった。
オドとは、マナと対を成す存在であり、その力はありとあらゆる生命に害として作用する。少し前までは単なるマナの絞りカスと認知されていたが、最近の研究でマナとは別の存在であり、魔術行使の材料としても利用できるモノではないかと言われるようになってきた。
しかし、現在の魔学力では魔術転用は難しいとされ、非常に危険な有害物質という認識が近いようだ。
その危険物質を、目の前のドラゴニュートは我が力として立ち上がった。とはいうものの、その姿は完全に四つ足歩行するドラゴンそのものである。
「果たしてこの変貌……。進化なのか、それとも退化なのか」
細い目の奥で鋭い眼光を放ちながら、灯眞は呟く。彼には咆哮を上げながら地面を闊歩するドラゴニュートを少し哀れに思った。
そしてそれは、ユーゴも同様である。
「せっかく手に入れた手足だってのに、四足歩行に逆戻りか……。我、古竜に至れりとか何とか呟いてはいたが……。てめぇの今の姿は、古竜とはほど遠いぜ」
「竜人語を理解していたんですねぇ。脳筋にしては上出来です。すごいすごーい」
灯眞の煽りに多少ムッとしたが、ユーゴは歩き出す。目の前には咆え猛るドラゴニュート。暗く、蒼い翼はマナを侵食し、絶氷のオドは場の空気を凍てつかせていく。
しかし、ユーゴは怯まない。悠々とブレイジング・クリスタルを造り出し、それを担いで標的へ向かう。その表情は、いつもと変わらない不敵な笑みだ。
「お前ら! 手ぇ出すんじゃねぇぞ!!」
その言葉は、後方にいる皆に対してだ。良くも悪くも付き合いの長い五人は、この状態になったユーゴに一切手を出さない。昂っている彼は、時に仲間をも攻撃してしまう。それどころが、今の状態の彼が放つ焔のマナは、近づくだけで焼け付くほどに熱いのだ。
「さぁ! 楽しもうぜドラゴニュートさんよぉ! 火傷で済むと……」
ユーゴの足元から焔が舞い上がる。一歩踏み占めるごとに。
「思うなよ!!」
同時に彼は走り出した。体制を低く、ほぼ地面すれすれで、滑るように間合いを詰めていく。時折、地面に擦れたブレイジング・クリスタルの切っ先から火花が散り、そのスピードの凄まじさを物語っていた。
だが、ドラゴニュートも黙っていない。周囲に発生したオドを吸い上げ、それを氷のブレスとして吐き出してきた。
マナ同士であれば、ユーゴの焔が氷ブレスを溶かして押し切れるだろう。だが、相手のブレスはオド由来だ。そもそも反発しあう存在がぶつかると、この道理は通用しない。
結果、焔と氷が競り合う形になる。その場にスパークが迸り、激しい明滅が起こった。しかしそれも、お互いに相殺して終息した。同時にドラゴニュートの尻尾が飛び出してきて、ユーゴはその一撃をブレイジング・クリスタルの剣腹で防ぐ。しかし相手の尻尾は槍のように鋭く、何ならしっかりと氷属性を乗せて来ているため、砕かれることはなかったが、貫通はしていた。
「っぶねぇな!!」
毒づきながら、ユーゴはブレイジング・クリスタルの貫通した箇所から先をへし折り……、
「そぅら! 持ってきなぁ!」
その切っ先をドラゴニュート目掛けて思いっきり投擲した。それはいつしか焔の矢と姿を変え、標的に突き立たんとしている。
まさかそこから反撃が来ると思っていなかったのだろう。ドラゴニュートの反応が遅れた。咄嗟に魔術障壁を展開するも、その状態は不完全で威力は弱めることができたようだが、着弾を許してしまった。
竜鱗に突き立った焔の鏃はそのまま爆散して、ドラゴニュートの肉を抉る。さすがに怯みはしたが、ドラゴニュートは踏みとどまった。決して怒りに身を任せず、冷静に尻尾でこちらを牽制しつつ、一度間合いを取る。
対するユーゴも、あえて深追いはせずに再度ブレイジング・クリスタルを形成して肩に担ぎ直した。
今のところ、優位に立っているのはユーゴである。しかし、傷ついてはいるものの、ドラゴニュートもその覇気は衰えていない。ユーゴがニヤリと口角を上げた。
「へっ! 楽しませてくれるじゃねぇか。ちょいとばかし、本気を出してもいいかもなぁ!」
ユーゴが担いでいたブレイジング・クリスタルを逆手に構え直すと、彼の周囲に燻っていた焔が激しく燃え上がった。
ジリジリと空気を焼き、その熱気はオドの氷すらも溶かしていく。
(ユーゴの焔がオドを上回りましたか………)
「……これは、決まりましたかねぇ」
その様子を見ながら、灯眞はそう独りごちた。
ドラゴニュートは決して取り乱さないが、焔の侵略は既に始まっている。マナ同士のぶつかり合いなら、一方的にユーゴが勝てる状態だ。
「言っても無駄かもしれねぇが……。選びな! 好みの焼き加減にしてやるからよ!!」
叫ぶと同時、ユーゴはドラゴニュートに突っ込んだ。ドラゴニュートも黙っておらず、氷の槍を撃ち出してくる。その槍を、纏った焔や、ブレイジング・クリスタルで破壊しつつ、ユーゴはさらに間合いを詰める。
すると、今度はドラゴニュートの尻尾がユーゴに襲いかかった。それをブレイジング・クリスタルでいなし、その反動を利用して高く跳躍すると、回転しながら間合いを詰め、遠心力の乗った斬撃を繰り出す。
ドラゴニュートは魔術障壁を展開するが、ユーゴの焔はそれを悉く砕き、そのままドラゴニュートの鱗すらをも斬り裂いた。
――ぎゃああああ!?
響き渡るドラゴニュートの慟哭と、充満する血の焼ける匂い。ユーゴのブレイジング・クリスタルは、確実に相手にダメージを与えていた。
反撃を試みるドラゴニュート。人型の時に携えた氷のハルバートを口に咥え、持ち前の身体能力にものを言わせて振るって来る。
「悪あがきもそれくらいにしときな!」
言いながら、ユーゴはブレイジング・クリスタルの一振で氷のハルバートを叩き折った。
死に体になるドラゴニュート。その隙を、ユーゴは逃さない。
ブレイジング・クリスタルを『融解』させ、さらに自らの纏う焔を右腕に収束。その様は、まるで邪竜がその口に滅却の焔を携えているようだ。
『喰らいやがれ! ファフニール……!
ロアァァァァァァ!!!!』
渾身の叫びと共に繰り出された焔の塊は、その名の通り邪竜の咆哮となってドラゴニュートの半身を喰らい尽くした。
熱気が収まり、静かになったところで、ユーゴは右手に残る燻りを振り払った。
「へっ! 火傷どころじゃ済まなかったな!!」
完全勝利が確定したところで、彼にグラヴィスが飛びついた。
「いぇーい! さっすがアニキ! かっこよかったぜー!」
「やれやれ、相変わらず派手にやるな、相棒」
飛びつかれてもみくちゃになっているユーゴに近づき、シークはそう言って手を差し伸べた。それを掴んで立ち上がり、ユーゴは服に着いた埃を払い、ついでにグラヴィスもひっぺがして地面に降ろす。
「ったりめーだろ? 俺ちゃんを誰だと思ってるんだよ!」
お決まりの台詞を言いながら、ユーゴは仲間たちと談笑を始めた。
それを尻目に、灯眞は事切れたドラゴニュートに近寄り、何やら観察をしていた。
「ふむ。『あの子』が見つけたのは……、コレなのか、そもそもココなのか……。エルスさん」
呼ばれて、マテリアの簡易整備をしていたエルスが駆け寄って来る。もちろん、マテリア本人も警戒しつつ着いてきていた。
「ココの写真と、コレのサンプル採取をお願いします。出来れば複数がいいですね。今後、役に立つかもしれません」
エルスが同意し、手早く画像撮影とサンプル採取を行った。遺跡内にいた魔族や魔物と違い、どういう訳かドラゴニュートと竜人モドキは灰になる様子はない。
(これも含めて、戻って調べなければいけませんねぇ)
胸中で呟き、帽子を深く被り直して声を上げる。
「マテリア、エルスさん。私たちは撤収と行きましょう。既に依頼は達成されましたので。……では、脳筋ファフニール・ネストの皆さん、サヨナラです」
嫌味っぽくそう言い残し、ニーズヘッグ・バイトはそそくさとその場を去って行った。
「にゃろう、最後の最後まで煽りやがって……。まぁいいか。俺ちゃん達も撤収するか!」
ユーゴの言葉にグラヴィスとシークが同意し、帰路に着く。
――いい余興だったよ
「!?」
また、ユーゴの頭の中に声が響いた。懐かしいような嫌悪するような複雑な感情を抱きつつ、グラヴィスに早く帰ろーぜーアニキーと言う声に促され、彼も施設を後にした。
◆◆◆◆◆
ファフニール・ネストが遺跡を後にしてしばらく経ち、彼らはダスト・シティに到着していた。
――が。
「ぐっ! ぬぬぬっ!」
どういう訳か、ユーゴがグラヴィスとシークを抱えていて歩く羽目になっていた。
なぜか。ダスト・シティに到着した途端、シークが眠りこけ、グラヴィスが空腹で動けなくなったのだ。
ユーゴが一歩進む度、グラヴィスは腹減ったよーと嘆き、シークは起きることなくぐっすりだ。
「ぬぅあんで! このタイミングで! 二人とも! 充電が! 切れるんだよ!」
ぐぬぬと唸りながらアジトへ進むユーゴ。すると、聞きなれた声が彼の耳に届いた。
「ご無沙汰しています、義兄(にい)さん」
ユーゴが何とか声をした方を向くと、そこには人形の少女と見慣れた中性的な人物が立っていた。
「よ、よう。義弟とルーチェじゃねぇか……」
苦しそうに挨拶を返したところで、ユーゴがべシャリと潰れる。
さすがに大人二人を担ぎ続けるのはキツかったらしい。
ユーゴに義弟と呼ばれた、中性的な人物。一見すると女性に見えなくもないが、列記とした男性である。
彼の名は、ユウリ・E(エルエスタ)・アラスフィア。世を渡り歩く名うての行商人であり、シン・アーキテクトと異名される人形師でもある。彼の傍らにいるルーチェが、その腕を物語っている。
「ああ、大丈夫ですか義兄さん。あ、担いでたのはシークさんとグラヴィスさんでしたか」
シークをルーチェが、グラヴィスをユウリが担ぎ(こう見えて力持ち)、ユーゴを救出する。
「助かったぜ義弟、ルーチェ。ひと仕事終えて帰ってきた途端、二人ともこの有様でな……。せっかくだ。アジトに寄ってけよ。妹殿にメシ食わせてやらねぇとだからな」
「ああ、ちょうど義兄さん達に用事もありましたし、お邪魔させてもらいますね」
ユーゴの台詞に、ユウリが答えた。そのままアジトに向かうと、入口の前に青髪ポニーテールの女性が立っている。しきりに中を覗いていることから、どうやらユーゴ達に用事があるようだ。
ユーゴはその女性の事をよく知っていた。
「……何やってんだステラ」
「ひゃん! あ、ああ、ユーゴさん。ちょっと用事が……。って、ラヴィとシークさん、ユウリさんとルーチェちゃんに担がれてますけど、どうしました?」
言われて、ユウリとルーチェが会釈し、ユーゴが事のあらましを説明した。
彼女の名は、ステラ・ノクス・カエルマ。ダスト・シティで小さな診療所を営む、エルフの女性である。
ただ、研究に没頭してきたあまり、料理が得意でなく、しかもろくに摂らないことがあるため、ちょくちょくファフニール・ネストにお邪魔し、食事をもらったりしている。今回の『用事』と言うのも、おそらくそれであろう。
「ちょうどいいや。どーせ腹減ってんだろステラ。今から作るから、寄ってきな」
「え、あ! ありがとうございます!」
ユーゴは皆にアジトに入ることを促し、紫色に変わり出した空を見ながら呟いた。
「……やれやれ、ヘヴィな日だったぜ」
彼は短くため息をついて、アジトの中に入って行った。
◆◆◆◆◆
ファフニール・ネストとニーズヘッグ・バイトが去った施設内。ただAMコーティングの淡い光が、既に物になってしまったドラゴニュートと竜人モドキを照らしている。
――と。不意に空間が歪み、扉が現れ、静かに開かれる。
「……やれやれ、手酷くやられたなぁ。貴重なサンプルがめちゃくちゃだよ」
その人物はそう呟くと、亡骸に近寄って観察し、あることに気が付いた。
「おやおやこれはこれは。どうやら『彼』がイタズラをしたようだねぇ。ならばこうなるのも納得だ」
男は満足したように何度も頷くと、亡骸のサンプルを少しずつ採取し、再び歪んだ空間から現れた扉に向かった。
「目が覚めたのなら教えて欲しいものだ……。さて、しばらくは『彼』を探す旅をしなければなぁ。君との再会が楽しみだよ。旧友」
パタン。と扉が閉められると、その扉は忽然と姿を消した。その刹那、施設のAMフィールドが光を失い、施設の崩壊が始まった。
――ああ。僕も楽しみだよ。
崩壊していく轟音の中、そんな言葉が響いた気がした。