第2章　金岡玲子の場合　第5節　造反

その内、この不ふ良りよう娘むすめたちは、頭が痛いとか、熱があるとか言って、サナギみたいに寝ね込こんじゃった。サナギの中から出て来るのは白い蛾がなのかな。黒い蝶ちょうなのかな。私はこの5人の、「何かに復ふく讐しゅうしてやりたい」と言ってるような目つきが怖こわかった。

殴なぐられた相手に殴り返したら、10年たたない内に殺し合いになる。川をはさんで憎にくみ合うだけの関係になる。勝っても負けても、川の向こう側にいる人たちを見捨てることになる。敵に対してこそ愛が必要なのよ。あの人たちは怖こわいから、不安だから、私たちを攻こう撃げきするんだから。

以上のような話を、私は何度もした。5人は横を向いてたけど、黙だまって聞いていた。分かってくれると良いんだけど。

アッと言う間に翌年の6月になった。この間、円盤は日本の領空内に何度もやってきた。北海道は礼文島から、鹿児島県の与よ論ろん島じままで。ただ、新橋・芝しばの時のような大だい惨さん事じは起こさなくなった。こちらが抵てい抗こうしなければ人を殺さない。町も村も焼かない。何人か誘ゆう拐かいして、しばらくしたら返してくる。その繰くり返し。

みんな円盤を恐おそれてたけど、パニックは起きなかった。誰だれも騒さわがない。何をしようともしない。街には人かげがなくなり、子どもたちの声もしない。新聞には円盤のことが、あれこれ出てたけど、こんな異常事態を、こんなにも淡たん々たんと受け入れるなんて、かえってブキミな気がした。

6月15日、友引。東京の赤坂上空に円盤が二つ、いきなり現れた。まさかの展開になった。円盤の一つは空中で大だい爆ばく発はつ。もう一つは西の方に飛んで行って、空に溶とけるように消えてしまった。
悪い予感がして、不良少女たちを全員集合させた。4人しか集まらなかった。「あと1人はどこ？道子ちゃん、どこへ行ったの？」と聞いても、私のことを、にらみつけるばかり。
私「今日の円えん盤ばん爆ばく発はつ、あなたたちのシワザでしょ？！」

4人の内のリーダー格が、ようやく口を開いた。例の「べいてい」金かな岡おか玲れい子こ。
玲子「お武たけさん、うるさいよ」と、売り言葉。
「誰だれに向かって、そんな口を利いているの？私は1950年以来の戦闘少女よ」と、私も買い言葉。
玲子「そんなの、先に生まれただけじゃない！」
かわいい顔して、毒ガールばっかりね、この娘こたち。

ようやく聞き出せたのは、5人の内の一人、林道子が円盤と刺さしちがえて死んだこと。ツバメみたいに空を飛べるようになってたのよ、この娘こたち。林道子が円盤に激げき突とつ死ししたのは、特とっ攻こうの積もりで体当たりしたんじゃなく、想定外の事故だったらしいんだけど、5人で円盤を追いかけまわし、西に誘ゆう導どうして「実験」してみる積もりだったんだって。

玲子「円盤は東京の西の方では悪いことはしないんじゃないかと思ったの。これ、見て。」

見せられたのは英語の地図だった。東京付近の。青鉛えん筆ぴつや赤鉛筆でカクカクと線が引かれていた。こんな物、どうやって手に入れたのかな。最近、夜遊びが目に余るとは思ってたけど、大人相手の英会話も出来たのね。まったく、体ばっかり大きくなって、監かん視しの目が届かなくなると、悪いことは、すぐ覚えちゃうんだから。

玲子「円盤は西の青線エリアには立ち入ろうともせず、スッと消えちゃった。新橋・芝しばを焼やき払はらったのは、多分、ジャブの積もり。まず相手の鼻ヅラにガツンと一発おみまいして、それから交こう渉しょうのテーブルにつく。それが、あいつらのやり方だもの。『これ以上はやらない』と、もう話はついてるんだと思う。」
私「だったら、それで良いじゃない。これ以上、事を大きくして、一体どうする積もり？」
玲子「一いっ矢し、報むくいてやりたいだけよ。勝手に飛んで来て、勝手に仕切ってるやつらに。」
私「何をバカなことを言ってるの？誰が、そんなことを望んでいると言うの？」
玲子「もう遅おそいわ。私たちはマークされてる。何もしなけゃ、消されてオシマイよ。」
私「あなたたちが、あんな大それたことを、しでかしたからじゃない。一体いつから戦闘少女は政治に首を突つっ込こむようになったの？」
玲子「武子たけこ、ブス！」
他の娘こたちも続けて、「ブス！ブス！」
「ブス！ブス！」
「ブス！ブス！」

私、わんわん泣いちゃった。どうして顔を見せたこともない小こ娘むすめたち（私も小娘だけど）から、ブスなんて言われなけりゃならないの？さすがの不ふ良りよう娘むすめたちも黙だまっちゃったけど。
「アタマを冷やして、明日また話し合いましょう」とだけ言って、私は逃にげた。
翌朝、4人は消えていた。私はやはり甘あまちゃんだった。