第4章 神永未羅の場合 第83節 自分では裁判も出来ない国
イゼベル様が去られてから、私たちの関係に微妙な変化が起きたの。
ルスヴン執事殿は、私およびニーナと距離を置くようになり、逆に未羅「女王陛下」の執務室に、こもることが多くなった。二人でヒソヒソ話してるみたい。意外や、未羅は仕事「人間」だった。
マーキュリーは相変わらず、私たちの前に姿を見せない。
ニーナは地下牢のエリザベート様の所で、ずっと「ゴロニャン」してる。
私は知らず知らずのうちに、あの「細マッチョ」ジルドと過ごすことが多くなった。
ドラキュラ城「仁王様」のお兄ちゃんの方で、いまは「女王陛下」の側用人の、あのジルドね。
別にジルドに興味があるワケじゃない。韓国の諺に「取るに足りない人間とワタボコリは、隅の方にたまる」と言うのがあるそうだけど、まあ、そんなカンジ。
側用人と言っても、書類仕事が出来るワケじゃなし。ジルドはドーベルマンみたいな「見せ番犬」に過ぎなかったみたい。
いつ行っても、例の中庭のプレハブ小屋で、サンドバッグを、ぼすっぼすっと叩いてた。
私もまあ、やることが無いから、ぼさぁーと見てる。
ひと息ついて、タオルで汗を拭きながら、ジルドが珍しく声をかけて来た。
ジルド「オマエ、いつも来てやがるな。サンドバッグが、そんなに珍しいか?」
私「うん。珍しいよ。幽体でも実体でも、ゾンビの私に筋肉なんて無いもの。」
ジルドがフンと鼻で笑った。
ジルド「相手が普通の女なら『オレに気があるのか?』とカンちがいするトコだが、相手が幽体巫女さまじゃなあ。」
ここ、普通は怒るトコだと思うけど、なんだか怒る気力も湧かなかった。ジルドが、なんとも言えない顔をした。
ジルド「せっかく、からかってやったんだから、怒るフリくらいしろよ。」
私「なんか、ゴメン。」
ジルド「オマエ、燃え尽き症候群か? まあ、オレも人のことは言えんがな。」
ここで私のセンサーが、ピピピーンと反応した。つくづく巫女って、心が弱ってる人に付け込む商売なんだなあ。
私「この山でね、友達、二人、失くしたの。一人は死んで、もう一人は、なぜか白鳥になってバイバイ。」
ジルド「そうか。その死んだ友達には、お悔やみを言わせてもらうよ。」
ジルドの声の調子が変わった。やったぁ! 一枚目のカードは通ったみたい。
私「弟さん、殺しちゃってゴメンね。」
声の調子を下げて、斜め下を見た。真下を向いたら、私の半泣き顔(もちろん芝居)が見えなくなる。
ジルド「よせよ。殺し合いのゲームを持ちかけたのはアイツの方だ。『ルールのあるスポーツじゃ本気になれない』とか、ナマイキばっか、ぬかしやがってな。」
私「いい勝負だったよ。私は一回、ザ・クラッシュは二回殺されちゃったもの。」
考えてみると、殺しても生き返るゾンビ相手のサバイバルゲームだなんて、ほとんどイカサマだよね。
ジルド「ザ・クラッシュか。いい女だったな。もう一回、やりてえよ。いや、試合をだぞ。」
これには笑った。この人のギャグセンスは、邪気が無い。ウケを狙ってないから笑える。
バカにされても、ジルドは怒らなかった。もちろん、心が弱ってるからだ。
ジルド「ご機嫌、直ったか? こっちに来ないか? 筋肉が無くても、卓球くらいは出来るだろ。」
私は本気でやって、結局、負けちゃったけど、ジルドは適当に楽しんでた。
翌朝、ニーナに叩き起こされた。ジルドが惨殺死体で発見されたって。
私「これってサスペンスなの? それともホラー? どっちにしても、ここ、やっぱドラキュラの城だったんだね。」
ニーナ「ナニ言ってやがるッ! 口を慎めッ!」
ニーナが本気で怒ってる。さすがの私も、次の手が打てなかった。ニーナが下を向いた。
ニーナ「八つ当たりしちまって、ゴメン。エリザベート様が言ってたんだ。『こんなブザマな殺し方をするドラキュラが居るものか。もし居たら、テーブルマナーすら知らんヤツだ』ってな。」
私「テーブルマナぁ?」
私は、くっくと笑い出した。ここで笑うのは不謹慎そのものだ。でも、そういう時って、あるでしょ?
ニーナ「ナニがおかしいんだよ?」
ニーナ、今度は怒ってないけど、『またかよ。武子にゃ、ウンザリだ』と顔に書いてあった。
私「いや、ドリナ様の所で、ディベート人狼やったじゃない? 『なぜ人を殺しちゃいけないのか?』ってヤツ。アレって、結局、テーブルマナーの問題だったワケェ?」
ニーナ「ホント、アンタにゃ、ウンザリだよっ!」
今度は口に出して言われてしまった。
犯人は、すぐ捕まった。半ドラキュラの使用人が、三人がかりでジルドを闇討ちしたんだって。三人一度じゃ、あのジルドでも、どうしようもなかったみたい。
未羅は「法に従って処断せよ」と命じた。一週間後、黒覆面のドラキュラが五人やって来て、犯人たちを連れ去った。
元もとは、このドラキュラ城にも、ちゃんとした法務官・刑務官がいて、自分たちの犯罪は自分たちで処断できる仕組みになってたんたけど、エリザベート様の、例の「汝、悔い改めよ」作戦で、気の利いたスタッフは、みんな逃げ出しちゃった。法にのっとった裁判も処刑もできなくなった。それでもやれば、ただのリンチになる。
だから今回は、とある国のドラキュラ・コミュニティで、裁判と処刑を「代行」してもらうことになったんだって。ただし、東方ドラキュラの法律じゃなく、相手側の法律で。それって、もう東方ドラキュラは「独立コミュニティの体を成してない」ってことじゃない。
かわいそうなのはルスヴンだった。すごい落ち込んじゃったの。
ルスヴン「あの三人とジルドの仲が険悪なのは、誰もが知っていることでした。でも、上司や周囲の目が光ってるうちは、暴力沙汰には成らないで済んでいたのです。今回、こんなことに成った原因は二つあります。第一は、執事である私の目が行き届かなかったこと。第二には、あの三人が、どうしようもない不安を抱えていたのを察してやれなかったことです。エリザベート様の『汝、悔い改めよ』作戦に応じなかったのは、あの三人には、どこにも行き場が無かったからなんです。しかも今後、この城がどうなるかも分からないと来ては、彼らが暴発するのは時間の問題だったと、今にしてみれば、そう思わざるを得ないんです。」
そうか。執事って、誰にも責任転嫁できない立場なんだなあ。
この事件で、未羅も何かを決意したみたい。
それから一週間かけて、城の中の書類と言う書類を、みんな焼いたの。
私とニーナも、その手伝いに駆り出された。「女王陛下」の未羅自身まで、汚れてもいい服に着替えて、灰だらけに成りながら、書類の山に灯油をかけて焼いた。
未羅は「女王陛下」の仮面を脱いで大学生に、もどった。私とニーナは合わせて上げた。もう「読書会」の頃には、もどりようがないけど、未羅と王冠抜きで話ができるのは、これが最後かもしれないから。
城の中の美術品・骨董品は、みんな、どこかに運び去られた。ただ一つを除いて。
未羅の先代女王の肖像画だけが、王の執務室の壁にポツンと残ってた。
歴代のドラキュラ女王陛下は、みんな似たような、お顔をしてたの。百人一首みたいに。
ゴヤの「カルロス四世」のような、個性を強調するタイプの肖像画は、お呼びじゃないみたい。
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