2023/11/13の日記

 いつの間にか、外の空気は澄み切って、刺すような、それでいて清々しい感覚をもたらす季節になっていた。通気性のいい半そでのインナーと、これまた通気性のいい半そでの仕事用シャツだけでは、とても寒さをしのぎ切れなくなってきたので、実家に衣類や電気ヒーターを取りに行くことにした。

 車で約30分。職場のすぐ近くに部屋を借りて生活し始めたが、実家との距離感のせいか、独り立ちした感覚は薄かった。しかし、実家の扉を開けると漂ってくる懐かしい雰囲気が、私が一人で過ごす時間が格段に長くなったことを自覚させた。

 母は私の顔を見ると、記憶の中よりも若干小さくなったように感じる姿で、おかえり、と言った。実際にはそこまでの歳月は経っていないし、自分の背が伸びたわけでもない。ましてや母の背が縮んだ、というわけでもない。しかしどういうわけか、私は母に会うたび、母の背丈が自分よりも小さいことを強く実感する。母の身長を追い越してから、もうずいぶん経つというのに。

 不思議な感覚に陥りつつ、ただいま、と返す。帰ってきた理由を手短に伝えると、私はさっそく自室……と言っても、今では弟が使っている部屋に向かった。急ぐ理由はなかったが、仕事終わりに吸った一本が気がかりだった。感づかれて、母に余計な心配をかけたくなかった。

 荷物を車に詰め、玄関まで見送りに来てくれた母と、他愛もない世間話をする。実家で暮らしていたころは、お互いに仕事先での愚痴を言い合っては、くだらないことで笑っていたものだ。今となってはこの世間話が、自分にとって、さらには母にとっても、かけがえのない時間に感じられたのではないだろうか。

 まだ話し足りなそうな母を、冷えるからと家の中に退却させる。車を発進させてもしばらく、母は玄関前から手を振っていた。私は軽く手を振って、短くハザードランプを点滅させて帰路についた。

 大量の荷物をどうにか自室に運び込み、一つ一つをあるべき場所へ収納していく。私よりも少し長く実家で過ごした彼らからは、あの懐かしい、実家の玄関を開けた時に漂ってくる匂いがした。

 荷物の一つである、黄色い半纏に袖を通してみる。もともとは祖父が、弟の遊戯会の衣装としてくれたものが、まわりまわって自分のものになった。ふわっと漂ってくる懐かしさが、一人だけの部屋で暖かく、僕を包んでくれた。

 あらかた必要な私物は運んでしまったから、もう帰ってくる理由がなくなってしまった。そんなことを言うと母は笑っていたが、どこかさみしそうな顔をするから、冗談だよ。また近いうちに顔を見せに来るから。と付け加えた。あの時の母の顔が、今になって鮮明に思い出された。

 次はどんな理由で家に帰ろうか。

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