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DREAMS

今回のお話は、づにあ☪️💜氏の【あおぎりメモリアル】エピソード“千代浦蝶美”のニ次創作、つまり三次創作になります。
そちらの方を読んでいること前提のお話ですので、読んでいないとわかり辛いところが多々あります。


隠していた感情が悲鳴を上げている。

スマホのアラームを止めるといつもの様に日めくりカレンダーをめくった。

残り、2日。

あと2日しかない。

もうじき彼女が迎えに来る時間だ。

「おはよー!ねえ、起きてるー?」

勝手知ったる“彼女”の千代浦蝶美が合い鍵で玄関を開けて階段を上がってくる。僕は急いで制服に着替えると、

「起きてるよ、ちょっと待ってて」

そう言って、部屋を出た。

彼女の名前は千代浦蝶美。

僕の、彼女……ではない。

事の発端は3日前。いや、正確には33日前……いや、今から約1年後。

僕は死んだ。

好きだったアイドルが死んで絶望した僕は自ら命を絶った。

死んだアイドルの名前は千代浦蝶美。

マネージャーとのスキャンダルで炎上し、マネージャーが自殺。その後マネージャーの自殺場所に何度も通い詰めていた姿が確認されていて、そして突然の失踪。

世間では後追い自殺、などと言われていた。

僕は千代浦さんと、そのマネージャーと同じクラスだった。

中学で酷いいじめに合い不登校になった僕は、ある時ネットにアップされた千代浦さんの歌動画を観た。
救われた気がした。なんてことは無いクリスマスバラードだったけれど、聴いていて涙が止まらなかった。
その優しくも力強い歌声に勇気を貰えた。

僕は、学校に行ってみることにした。
お父さんが言っていた、幸せな人生への第一歩だ。
学校に行ってみると奇跡のような出来事が起こった。

ちよちゃんと同じクラスでしかも隣の席。 

しかし、この幸せの時間はあっという間に過ぎ去る。

あの動画が大バズりした彼女はあっという間にアイドルとしてデビューしたのだ。

一年と経たずに年末恒例の歌番組に出演を果たし、誰もが知っているアイドルになった。

それと代償に千代浦さんは普通の学生生活など送ることが出来無くなった。

最後の日、ぼろぼろと涙を流す千代浦さんが印象的だった。


「本当に、後悔はないのですか?」

担任の芳田先生があいつに話しかけている。

少し話してあいつは何かを決意したように顔を上げた。

それから一年ほど経った頃のことだ。

千代浦さんの熱愛が発覚した。

マネージャーとの禁断の恋。

でも、僕は知っていた。二人がずっと想い合っていたことを。

そんなこと、僕たちの中では周知の事実だった。

ライブでは暴言を吐くアンチが毎回のように暴れていた。回を重ねる事に観客が減っていく。

僕たちの声援も彼女には届いていないようだった。

歌の後、悲しい笑顔で舞台を降りる千代浦さんを見るのが辛かった。

しかし、事態は更に悪化する。

マネージャーが自殺したのだ。

僕はこのマネージャーに憧れていた。

こいつの努力を知っている。

直接話したことはほとんどないけど、それこそ死ぬ思いで、千代浦さんに再び会うために努力して、そしてやっとマネージャーになれたのだ。

千代浦さんがまだ学校にいたころ、クラスの不文律としてこの二人の邪魔をしない、というものがあった。最も、本人たちに自覚はないみたいだったけど。それだけお互いに想い合っているのが見て取れた。

この男は、千代浦さんのことが死ぬほど好きだった。

けれど、ホントに死んでしまったら駄目じゃないか。

一人残された千代浦さんはどうするんだよ。

僕は、この男に憧れてはいたが、同時に怒りを覚えていた。

そんな時だ。千代浦さんが失踪した。

マネージャーの自殺した場所の近くで何度も目撃されていたこともあり、後追い自殺などとネットニュースで騒がれていた。

そのうちに彼女の所持品がマネージャーの自殺場所で見つかった。

ネットでは連日あることないこと騒がれていた。

しかし、三か月も経った頃にはもうすっかり後追い自殺したものとして認知され、話題の中心は有名声優の不倫事情に完全に移行してしまった。

アイドルが誰かを好きになることはそんなにいけないことなんだろうか。

隠していることをわざわざ暴く必要なんてないのに。

大体アイドルが誰かと付き合っている、なんて情報は誰も得することがない情報じゃないか。

アイドル本人は勿論それに関わる人々、ファン、誰にとってもプラスになり得ない。

いや、そうか。暴いた奴の飯の種にはなるのか。

自己顕示欲が満たされて優越感に浸れるのか。

……くだらない。


お前たちが何もしなければ、あいつが自殺なんてする必要はなかった。

お前たちが何もしなければ、千代浦さんは失踪なんてしなかった。

お前たちが。

お前たちが!

しかし、胸に生まれた怨嗟の感情は、次第に悲しみに、そして絶望へと変わっていった。

幾ら怨嗟の念を募らせたところでもう、彼女はいない。

彼女が失踪したとされる、あのマネージャーが自殺した場所は僕の家の近くにあった。
恋人坂。地元の人間でも知っている人は少ない、近所の高校では伝説の坂なんて呼ばれてただ男女を結びつけるものとして伝えられている。

僕は憔悴した顔で何度も恋人坂に赴く千代浦さんの姿を見ていた。

何度も声をかけようとした。

しかし、結局声をかけることは出来なかった。

一度だけでも声をかけることができていれば、もしかしたら千代浦さんは思い止まってくれたのかもしれない。

失踪、とは言ってもあの思いつめた顔を何度も見ていては自ら命を絶ったとしか思えなかった。

彼女のいない世界でもう、生きていても仕方がない。

後ろから、誰かの止める声が聞こえる。
しかし、彼女の後を追うように。僕は崖から飛び降りた。

願わくば。

恋人坂の本当の伝説通り、奇跡でも起こって、二人がまた出会えますように。


気がつくと、僕は恋人坂の下に居た。傍らには何故か千代浦さんがいる。

「あれ?なんで私こんな所に?えっと、君は……」

生きている。千代浦さんが、ちよちゃんが。
目の前で生きている。 
僕はたまらずに彼女を抱きしめた。 

「えっと……ごめんなさい。君は……誰、だっけ?」

何も答えず、泣きじゃくる僕。
ただ、良かったと。
それだけを言い続けた。

「そっか…君は、私の彼氏……なんだね?ごめんね。思い出せないや……。なんだろう。すごく頭がぼやーっとしてる」

今の関係の始まりは、千代浦さんのこの勘違いからだった。

「う……うん」

ついそう言ってしまい、僕は彼女の偽りの恋人となった。

家に帰ってみると、不思議なことに気が付いた。
日付がおかしい。お父さんのお葬式を上げてから数日後に巻き戻っていた。

この頃はまだ、僕は学校に行くことが出来なかった。
僕はお父さんの死に耐えられず、頑張って行くつもりだった高校へも全く行けなくなってしまっていた。

担任の芳田先生が家に訪ねてきたのもこの頃だ。

先生はかつてお父さんの担任も勤めていた人で、親身に僕の立ち直りに尽力してくれた。

その思いに答えられなかったのは申し訳なかったけど。

正月も過ぎて学校が始まったころ、先生がとある動画を観せてくれた。

「私も彼女のファンなんですよ」

なんて言ってスマホを操作して観せてくれた…いや、聴かせてくれたそれは、千代浦さんの動画だった。

なんてことの無い、平凡なクリスマスバラードだ。
それこそ消費されつくしたはずのその曲は、僕にはまるで、新たに命を吹き込まれた、新鮮なもののように感じられた。

涙が頬を伝う。

力強く、優しい歌声だった。

その後学校に再び通えるようになり、今に至る。

次に驚いたのは学校に登校した時のことだった。

あいつが、千代浦さんのマネージャーになったあいつがきれいさっぱり、まるで最初からいなかったように居なくなっていた。

まるで、僕がそのポジションに成り代わるためのように。

千代浦さんとの生活はとても楽しかった。

付き合っている、と言ってもキスはおろか手すら繋いでいなかったが、毎日デートした。

学校の帰りに喫茶店に寄ったり、ウインドウショッピングしたり。

なんてことない日常が、こんなに素晴らしいものになるなんて思わなかった。

あれから五日目。

明日はどんな楽しいことが待っているのか、わくわくして眠りにつく。

明日が来るのが怖くて、朝なんて来なければいいのになんて思っていた中学の頃とは違い、明日が待ち遠しい。

そして、0時。

気がつくと、僕は恋人坂の下に居た。傍らには何故か千代浦さんがいる。

……わけがわからない。

それから僕は、この五日間を繰り返している。

二回目以降千代浦さんに抱き着くことこそなかったが、彼女は僕を彼氏と勘違いする。

それをどうしても否定できず、僕はこの繰り返しを続けた。


今の生活を僕は幸せだと感じている。

前には決して進まない。六日目にはたどり着かない。

永遠にこの生活を続けていたい。

けど、僕はよくても彼女は。

千代浦さんは、どうなんだ。

彼女の記憶は毎回リセットされている。

毎回、恋人坂から始まる時、千代浦さんは最初の時と同じ状態から始まる。

記憶が残っているのは僕だけだった。

「じゃあ、また明日ね!」

千代浦さんを家に送っていき、自宅へ帰る。

あと数時間でまた時間がリセットされる。

何故僕は明日に辿りつけないのか。

なんとなくカレンダーを見ていて気が付いた。

年こそ違ったが明日は。

明日は、僕が死んだ日だった。


また、ここに戻ってきた。

「君は…もしかして私の…彼氏…さんか…なにかなのかな?」

「いや……う、うん」

千代浦さんの問いを、やはり否定はできなかった。


三日目。

「本当に、これでいいのですか?」

芳田先生に準備室に呼ばれ、そう聞かれる。

「はい」

なんてことはない。進路希望調査票に何も書かなかったから呼び出しを受けただけである。

「人は、失敗する生き物です。でも、こぼれてしまった水は、また汲めばいい。何度だってやり直して、何度だって繰り返して、諦めずに止まってしまった時計の針を動かせばいい。だから、もし諦めてしまった道があるのなら、まだ諦めるのは早いのではないのですか?」

芳田先生はいつも生徒のことを第一に考えてくれる。
この言葉も、きっと正しいことなんだろう。

でも。

「先生、僕は」

明々後日が僕には来ない。

僕は六日目にたどり着くことはできない。

それは、恐らくは僕が六日目にあたる日に死んでしまっているからだ。

「あなたが思っている以上に、あなたを助けたいと思っている人間は多いんですよ。だから、勇気を出して、歩みを進めて下さい。」

「……すこし、考え直してみます」

僕はそう言うと、準備室を後にした。


五日目。

「思ったより元気そうでよかった」

仮病を使って学校を休んだ。

千代浦さんが学校帰りにお見舞いに来てくれた。

「もう熱は下がったしね。心配かけてごめん。明日は……明日には元気になってるからさ」

「無理しちゃだめだよ?明日も朝迎えに来るけど無理そうなら…」

「うん。そうするよ」

「じゃあまた明日!」

「うん。またね」

千代浦さんを見送り、部屋に戻るとはたと気付き、窓の外を見る。

千代浦さんが僕の部屋の方を見ていた。小さく手を振っている。

手を振り返すと、千代浦さんはにこりと笑って帰路についた。

今日一日ずっと考えていた。

僕はどうするべきか。どうしたいのか。

それは。


一日目。

気がつくと、僕は恋人坂の下に居た。傍らには何故か千代浦さんがいる。

「千代浦さん?大丈夫?」

「え…?えっと……ここは……?」

「ここ?ここは恋人坂だよ」

「あっそうか……えっと……間違ってたらごめんね。君は……もしかして私の……」

少し照れ臭そうに千代浦さんはそう言う。それに僕は、

「うん、そうだよ。彼氏」

嘘をついた。

二日目。

「おはよう!」

「おはよう千代浦さん。いい天気だね」

「もう!千代浦さん禁止。彼氏なんでしょ……ちよちゃんって呼んで欲しいな」

「う……ち、ちよちゃん……」

突然の提案に戸惑いながらもちよちゃんと呼ぶ。かつてアイドルになった千代浦さんにちよちゃんと呼び掛けていたとはいえ、直接面と向かって言うのは気恥ずかしい。

「へへっ」

ちよちゃんと呼ばれて、千代浦さんが嬉しそうに小さく笑った。


三日目。

ちよちゃんと商店街に来た。

おもちゃ屋の店先から、知っている曲が流れてくる。

これは…お父さんが好きだったアニメの主題歌だ。

天涯孤独だった少年が好きになった少女の為に頑張っていく物語だった。

 何度もお父さんと観た。辛くて引きこもっていた中学の頃、何度も二人で観たアニメだった。

お前にもきっと好きな人ができるさ、なんて、お父さんは言っていたっけ。

「あ、この歌、私知ってるよ」

どういう訳か千代浦さんはこの歌を知っていたようで、口ずさみはじめた。

――凍りついた記憶が目覚める瞬間。

(ごめんな、父さんお前がいじめられているなんて知らなかった。本当にごめんな…)

――始める未来だけをいま、願う。

(学校なんて行きたくなったら行けばいい。無理して行くことなんてないさ!さあ!これは父さんが子供の頃やってたアニメでな!すごく面白いんだぞ!一緒に観よう!!)

――いつか見たあの夢を

(お前は優しいからな!高校に行けばきっと友達なんてすぐできる!何ならすぐに彼女だってできるさ!!)

――両手で抱き締めて

(高校を……受ける?………いや、すまない。お前は強いな。あんなことがあったのにしっかり自分で立ち直ろうとしている。……父さんの誇りだ。大丈夫!お前なら受かるさ!)

――離さず諦めずに

(おい、合格通知が来てるぞ!!やったじゃないか!!あの高校には俺の恩師がいるんだ。あの先生なら絶対にお前を裏切ったりしない!!)

――信じ続けたい

(お前に、話がある。父さん、末期ガンだってよ。どうやらあとひと月程で死んじまうらしい。お前が大人になるまで生きられそうにないんだ、ごめんな。……泣くな、笑え。俺はお前に笑ってて欲しいんだ。辛かったことなんて乗り越えて、幸せになって欲しいんだ)

――いつの日もこの胸に

(人間、死ぬ時に本気で泣いてくれる人間が1人でもいりゃ、いい人生だったって事なのさ。俺にはお前がいる。お前を1人残すのは心残りだが――ああ、幸せな人生だった。お前も、幸せな人生を送ってくれ。辛いことも沢山あるだろう。けれど、最後に笑って死ねる、幸せな人生を送ってくれ。それが俺の、唯一の願いだ!)

――想いを抱きしめて

お父さんとの思い出が浮かんでは消える。お父さんは僕に幸せな人生を送れ、と言った。

――輝く時の中で守り続けたい

僕の幸せってなんなのだろう。お母さんが死んで、いじめられて、先生に裏切られて、引きこもって、お父さんが死んで、天涯孤独になってしまった。辛いことばかりで、幸せなんてみつかりそうにない。

――いつかみたあの夢に

いや、本当はわかっている。

――たどり着く時まで

僕の幸せは、好きな人に笑ってもらうことだ。
彼女に、笑顔でいて欲しい。
彼女に、幸せになって欲しい。
僕が思い描いてる夢では、いつも彼女が笑っていた。
そのために出来ること、それをやればいいだけなんだ。

――この手を離さないで

もう決して、その手を離さないでもらうために。
再び、千代浦さんとあいつの手を繋ぐために。

……でも、それは。

「追い続けて~ゆきた~いから~♪ えっ?どうしたの!?」

千代浦さんの驚く声で気が付く。知らぬ間に涙が頬をつたっていた。

「ああ、ごめん。ちよちゃんの歌あんまりよかったんで感動してさ。それだけだから」

「えっ…そ、そう?あ、ありがと…」

恥ずかしそうにお礼をいう千代浦さんが可愛かった。

周りで歌を聴いていたギャラリーから盛大な拍手が贈られる。

「い、行こっ」

照れ臭そうに、千代浦さんは僕を促した。


四日目。

明日が最後の日だ。

僕がやることはもう決まっている。

でも、やっぱり怖い。勇気が欲しい。

「ねえ」

「うん?どうしたのちよちゃん」

「そ、そのさ……明日って休みじゃない?今日の夕飯、作りに行くから……その。一緒に食べない?」

突然の申し出。

「えっ……あ……うん。」

そんな嬉しい申し出断るわけがなかった。


五日目。最後の日。

夢を見ている。

僕は木の下で待っていた。

待ち人は千代浦蝶美。僕が好きな人だ。

呼び出した彼女が、こちらに向かって歩いてくる。

――ああ。

僕は、この恋の結末を知っている。

この恋がどんな無様に終わったのかを、知っている。

それでも、この時、僕は。

「ち、千代浦さんっ……!」

精一杯、やっていたはずだ。

自分にできうる全力で、ぶつかれていた筈だ。

「あなたが、好きです。僕と、付き合って下さい」

ああ、知っている。
彼女は驚いたような顔をして、少し困ったような、そして申し訳なさそうな顔をして、こう言うんだ。

――ごめんなさい。

知っているさ。何度も思い出しては泣いたんだから。

知っているさ。彼女がどんなにあいつの事が好きなのか。

そう、知っているんだ。だからこそ、僕は。

目が、覚めた。

いつの間にか眠ってしまっていたようで――恐らく千代浦さんが掛けてくれたのであろう――毛布が掛けられていた。

顔をあげて、彼女の顔を見る。 
彼女は不思議そうな顔でこちらを見ると、

「大丈夫?」

と、僕に聞いた。

「うん、大丈夫」

僕はそう答えると彼女の目を見た。
綺麗な、紅い瞳。

「千代浦さん、君に伝えなければいけないことがあるんだ」

もう、逃げない。

彼女は、ここに居るべきではない。

こんな偽りの関係は終わりにしなければならない。

止まってしまった時計の針を、動かさなければならない。

「僕は、君の彼氏じゃない」

「……え?」

「君が今僕の事を好きだと思っているのは勘違いなんだ。君が好きな人は……他にいるんだよ」

「なんで、そんなこと言うの…?」

「本当の、事だから」

彼女の目をみて伝える。

「酷いよ……ねえ、わたし、なにかしたかなあ……?悪いところあったら直すから……ねえ、私は、君が」

泣きそうになる千代浦さん。

「違う、違うんだよ、千代浦さん」

僕は決して君が嫌いになったとかそれで振ろうだとか、そういう意味で言っているんじゃないんだ。

今君が胸に抱いているその気持ちは、あいつへの想いなんだ。僕への想いじゃない。

「信じてもらえないかもしれないけど、これは真実なんだ。僕は君の好きな人じゃない。確かに僕は君のことが好きだ。けど、君はあいつを、あいつの事だけをずっと見てきたんだ」

泣きそうな顔で千代浦さんはこちらを見る。

「僕と君は、タイムリーパーだ」

「タイム、リーパー…?」

「前の時間の記憶を持ったまま何度も同じ時間をやり直してるんだ。千代浦さんは何故か記憶が維持できていないみたいだったけど。何故こうなったのか、これが恋人坂が起こした奇跡なのか、そんなのはどうかわからないけど」

「僕は、あと数時間で死ぬ。そして、またあの日から。僕と恋人坂で出会ったあの時からやり直すんだ。けど、君はもう知ってしまった。僕への感情が偽りで、自分が本当に好きな人が誰なのかを」

「一体さっきからなんの事を言ってるの?酷いよ、嫌いになったのなら、そう言えばいいのに。嘘吐いてさ……」

「これが本当のことだからに!決まってんだろ!!」

溜め込んでいた、隠していた感情を爆発させる。

「嫌いになる!?そんなことあるわけないだろ!!僕は!君が好きなんだよ!学校にいけなくなって!死にたくなって!自殺しようとしたとき君の歌を聴いて救われた!学校に出てきて!君に出会った!ひと目で君の事が好きになった!!」

僕は、千代浦蝶美が好きだ。

「隣の席だと浮かれていたら、あっという間にアイドルになって、遠い存在になってしまった!それでも告白をして!振られて!振られたけど、やっぱり好きで……!」

僕は、千代浦蝶美が大好きだ。

「それでもせめて君の夢を応援したいとずっと応援してた!あいつが…君のマネージャーになって、千代浦さんがライブでさらにいい顔で歌うようになって、これからだったんだ。これからのはずだったんだよ」

僕は、千代浦蝶美を。

「けどマネージャーと付き合ってるのがバレて、ネットで叩かれ始めた。ライブにまでアンチがきて、君の笑顔が悲しい笑顔になってしまった」

僕は、千代浦蝶美を……。

「そんな時、あいつが責任を取って自殺したんだ。千代浦さんはもう、歌うことも出来なくなって、ライブもみんな中止。そしてそのままあいつの後を追うように……」

僕は千代浦蝶美を世界のだれよりも。

「それに絶望した僕は、自殺した。…したはずだった。けど気がついたら千代浦さんの隣で目が覚めた。それからは君も知っている通りさ。僕は君に嘘をついて、彼氏の振りをしてただけなんだ」

――――している。

「そんなの信じられるわけないよ…私が…アイドルに?そりゃアイドルになりたい思ったことはあったけど…」

「これが初めてじゃないんだよ。もう何度も繰り返してる。僕は君に嘘をついて、ずっと時計の針を止めている。本当は、千代浦さんもうすうす気が付いているんだろ?僕は君と恋人と言いつつも、手すら繋がなかった。君に好きだと口では言ってもなんの行動にも移さなかった。君の中にいる、君の好きな人は……違うんじゃないか?」

「そ……れは……」

何か思い当たることがある様で、千代浦さんが言い淀んだ。

「……!?君、なんで透けて…!?」

僕の身体が透けていく。ああ、きっと彼女は理解したのだ。

彼女は、彼女が望んでいた夢へと再び歩き始めることが出来たのだ。

「僕は、ホントならもうとっくに死んでいるんだ。君が救ってくれたから生きてこれた。けど、この歪な時間から、僕にとって都合がよすぎる、こんな夢みたいな時間から……正しい時間に戻ってしまえば、僕は消えてなくなってしまう。正しい時間では、僕はとっくに死んでいるからね」

不思議と、自分が消えてしまう恐怖はもうない。

「君は、知らないかもしれない。けど、君の夢は、色々な人を助けて幸せにするんだ。君の歌を聴いて、本当は死んでいたはずの僕が生きる希望を貰えたように、色々な人を助けて幸せにするんだ。だからこれはきっと、君が起こした奇跡なんだ」

「そんなの……わかんないよ……」

「千代浦さんは、あいつが好きなんだ。明日が来れば、僕のことは忘れてしまう。最初から何も無かったかのように。綺麗さっぱり忘れてしまう。きっと、僕が今言ったことも全部忘れてしまう。きっと、本当の記憶を取り戻すんだと思う。でも、忘れてしまうかもしれなくても、これだけは覚えていてほしいんだ」 

「……」

「明日になったら、目が覚めたらあいつを探して。今度は間違えないで。夢を諦めないで。もう絶たい…に、あいつのてを、はなさ…ないで」

もう、声を出すのも辛くなってきた。

「ちよちゃん」

これが僕の、彼女の偽りの恋人としての最後の言葉。

「ほんとうに、ありが、とう」

精一杯の感謝と、

「しあわせに、なって」

精一杯の願い。

自分の存在が消えていくのを感じる。

自分の手を見てみるとかなり薄くなっていて、向こう側に床が見えた。

消えていく僕をみて、ちよちゃんが泣いている。

かぶりを振って何かを叫んでいるようだが、全く聴こえない。

駄目だよ、泣いてちゃ。君は笑顔が素敵なんだから。

ほら、こんなふうに笑って。

僕は、彼女にニカッと笑いかけた。

カチリと、時計の針が動く音が聞こえた気がした。




気がつくと、僕は歴史の準備室にいた。

「お疲れ様です。紅茶でも淹れましょう」

準備室の主、芳田先生はそう言った。

「どうして、僕は」

「知り合いがこういうことに詳しくて、最後に少しだけ話せる時間を作ってもらえたんですよ」

「知り合い、ですか」

「ええ、知り合いです。しかし本当に、これで良かったのですか?後悔はありませんか?」

「はい。後悔はありません。それに…」

「それに?」

「僕の夢は、好きな人に笑っていてもらうことなんです。これでちよちゃんが笑顔になれるのなら、それでいいんです」

「あなたは本当に優しい人ですね。しかし、私には何も出来なかった。あなたが辛いとき力になる事が出来なかった。ずっと悔やんでいます。幾度となくやり直しても貴方は死んでしまっていた。けれど、彼女が。千代浦さんがそんな未来を変えてくれた。変えてくれたはずだった」

「先生も、タイムリーパーだったんですね」

「ええ、そうです。君をどうしても死なせたくなくて、幾度となくやり直しました。しかし、君を救うことは出来なかった」

「僕なんかの為に、ありがとうございます」

「あなたは私の大事な生徒です。お礼なんていりません。……どうやらもう時間のようですね」

なるほど、僕は、もう消えてしまうのか。

「先生。僕は、千代浦さんの役に立てたんでしょうか」

「当然です。あなたは見事に、外れてしまった時計の針を、時計に戻してきちんと動かしてみせた」

「千代浦さんとあいつ、うまくいくかなあ……」

「当然です。そのためにあなたは……!」

「先生、泣かないでください。生まれて来る価値なんてなかった僕が、ちよちゃんの為に役に立てた。それで僕には十分なんです」

「そんなこと言わないでください!あなたは私の自慢の生徒です!生まれてくる価値がないなんて、そんなことあるわけないじゃないですか!あなたは…あなたにはまだ……!」

「ああ、生きててよかったなあ。僕なんかのために2人も泣いてくれる人がいるんだ。本当に、幸せな、人生だった」

僕は、笑顔でそう――――。




卒業式が終わり、芳田は準備室に戻ってきた。

いつもの様に出席名簿をみる。ある生徒の名を探すが、やはり最初からなかったかのように、その欄すらない。

出席名簿を閉じると、もう自分以外は名前すら誰も覚えていない生徒の卒業証書を取り出す。

「卒業、おめでとうございます」

芳田は、賞状筒に卒業証書を入れていく。

(私はまだ、悔やんでいますよ。あなたを助けられなかったことを。けれど、あなたが、あなた自身が悩んで決めた道です。その意志を尊重しなければ、私はなんのために教師になったのかわからない)

あの時、芳田は光の中に消えていく彼を見ていた。

自分の無力が嫌になる。
彼の死が起点となって何故か私も時間の巻き戻しが起こるようになった。
けれど、何度やり直しても結局彼を救うことはかなわなかった。
しかし、これこそが彼が選んだ道なのだ。

生徒を尊重し、生徒のためにできる最大で事に当たる。
努力家でひたむきで、自分の信念を貫いた。
芳田が憧れた先生は、そんな人だった。
その夢を応援してくれた人は、もうここにはいないけれど。
あの時、芳田はあの人のようになると決めたのだ。

窓の外から校門の方を見る。そこにはピンクのツインテールを揺らし、走っていく千代浦蝶美の姿があった。恐らく、あの場所に向かっているのだろう。

二人が上手くいくかなんて考えるまでもない。
上手くいくに決まっている。
それこそが彼の願い、彼が望んだ夢なのだから。

「――――君。山黒君。音霊君。千代浦君…本当に私は、いい生徒に恵まれていますね」

準備室の窓を開け、外の風を入れる。春風と一緒に桜の花びらが入ってきた。

(先生、俺はちゃんと教師をやれているんでしょうか……)

しかしその呟きは、誰に聞かれることも無く、春風に消えた。




あとがき
千代浦さん誕生日おめでとうございます!!


ついに本編に居ないネームドキャラまで出す始末。
主人公には名字すらないのに。
まあこの話はパラレルなので本編とは直接関係ありません。
便利な言葉だなー。
あと主人公、単位どうなってんだよ。

さて今回千代浦さんのお話です。
づにあさんの本編が割と途中に口出せない構成なので、ならもう本編始まる前書いてやれって感じで書きました。
あとノリで書いているところがあるので時系列がバグってる可能性があります。パラレルなので流してください。ベンリナコトバダナー。

なんにせよ、楽しんでくれたら幸いです。

ではまた。

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