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誰がために鐘は鳴る

今回のお話は、づにあ☪️💜💜💜💜💜💜💜💜💜💜氏の【あおぎりメモリアル】エピソード“大代真白”のニ次創作、つまり三次創作になります。
そちらの方を読んでいること前提のお話ですので、読んでいないとわかり辛いところが多々あります。



――では、人生で一番後悔したことは?

 えっ?人生で今までで一番後悔したこと?
色々後悔したことはあるけど、やっぱり一番は好きな女の子を泣かせたことだな。

――そんな事があったんですか?

ああ、あれは高校のときの話で……




 俺は当時バスケ部に所属していた。
バスケ部の花形、Aとは昔からの腐れ縁で、それでなんとなくバスケ部に入っただけだった。運動は割とできる方だったし、バスケもAとずっとやっていたお陰で周りよりかは少しできる方だった。それが幸いして、1年にしてレギュラーの座を勝ち取る事ができたんだ。

 それなりの努力はした方と思うが本気で努力したわけじゃない。たまたま運がよかっただけだ。そんな感じだけど2年になる頃にはバスケ部の主要メンバーになっていた。2年になってまず変わったことは楽しみが出来たことだった。

女バス――女子バスケ部に新入部員が入った。

大代真白。

大代真白は俺が小学生の頃から知っている女の子だ。

ガサツで、男みたいだけど、実は繊細で、優しくて、責任感があって、

――俺の好きな女の子。

この気持ちを自覚したのは中学生になった頃だった。

しかし、大代真白はAの事が好きだった。

小学校の頃からずっとAの事が好きだった。

大代はAの話をする時、とても可愛い顔で話す。

俺はその顔が好きだった。

いつか、自分のこともその顔で話してほしいと思っていた。




 今日は、大代の誕生日だ。
部活の他の今月が誕生日の奴とまとめて祝う事になった。
メンツが足りなくなったと言う事でAが呼んだ見慣れないやつと大代が話していたのが少し気になった。程なくしてAが大代を呼んだ。バカな事を言って大代に背中をバンバンと叩かれている。

 「っと、ちょっと向こう行ってくるわ」

Aは俺と大代を残し、向こうにいる女バスのキャプテンの方に移動した。

 「大代、誕生日おめっとさん」

そう言えば言ってなかった……と、言う体で、大代を祝う。
好きな女の子の誕生日を忘れるわけがない。ただ直接言うのが照れくさいだけだ。
実はあげようとしたが渡せなかった誕生日プレゼントが家に3年分あったりする。

 「ありがとうございます」

 ニコリと大代が笑った。
惚れた弱みと言うやつだと思うがやっぱり可愛いと思う。
なんでこの可愛さが他の奴らはわからないんだろう。




 夏休みも近い。
本日我がバスケ部は、他校と練習試合していた。

大代がキャプテンに変わってスモールフォワードでの抜擢。
一年だが大代ならやれるとの判断だろう。
俺もそう思う。

 スモールフォワードは攻守ともにオールラウンダーとしての役割が求められる。端的な話、点を取って、何でもやるポジションだ。
正直大代は平均に比べて身長が低く、フィジカルが少し弱い。しかし、それを補うだけの機動力と体力があるのだ。女バスのキャプテンもそれを見越しての起用であろう。
将来的に大代をキャプテンに、とか考えているのかもしれない。

しかし、相手が悪かった。

 序盤、大代が何点か点をいれると、流れが完全に変わった。敵チームは完全に二人で大代を封じ込める事にしたらしく、その動きの殆どを封じられてしまった。

 言ってしまえば他がもう少し点を入れてくれればよかったのだが、正直大代が封じられてしまってはうちのチームに得点できるだけの能力を持つものがいない。
今試合に出てる2年の奴らは俺とタイプが似ていて、元々それなりに運動が出来たお陰でレギュラーになれたタイプだ。うちのバスケ部はそんなに強いわけではない。少し出来る程度でレギュラーになれてしまう。努力もせずに結果が出てしまう。

故に起こる。自分は出来る、と言う勘違い。

 試合はうちのチームが負けた。敗因は歴然としている。しかし、あろうことか奴らは大代を責め始めた。

 「あんたがディフェンスかわせないから負けたんじゃない!スモールフォワードのあんたが攻めなくて誰が点を取るのよ!」

 パワーフォワードのお前だよ。

 「すみません。次は勝てるように頑張ります。ちょっと、頭冷やしてきます」

大代は、俯いてユニフォームの裾を掴みながら叱責に耐え、震える声でそう言うと外へ飛び出して行った。
それを見て、嘲笑う奴ら。
これには完全に頭に来た。

女バスの問題だが口を出さずにはいられなかった。

「おい、何も努力してないお前らが!努力して結果出せなかっただけの大代を嘲笑うな!!」

思い切り壁を叩いた、バン!と言う大きい音が体育館に響く。

「お前らは、毎日きちんとロードワークをこなしてるのか?朝練毎日欠かさず出て、最終下校時間ギリギリまで練習してるのか?土日の自主連も欠かさずにやっているのか?何もせずに、ただ出来ただけの奴らが!努力を重ねて、ようやく試合に出て、けど相手の作戦に潰されただけの大代を!嘲笑うんじゃねえ!!」

大代は、お世辞にもバスケをやるのに恵まれた体格をしているわけじゃない。
Aに憧れて、努力をして、頑張って、いくつもの壁を乗り越えて、そして今日、スモールフォワードとして抜擢されたのだ。なにもせずにただ出来ただけの、俺やお前らとはワケが違う。
お前らが普段から努力を重ねていれば勝てたかもしれない試合だった。お前らが大代をサポート出来れば勝てる試合だった。
もしそうならたとえ負けたとしても今の様に不満を大代にぶつけるだけの無様な試合にならなかった。
お前らに、いや誰にだって、今日の大代を嘲笑う権利なんて無い。

「わかってる、わかってるからその辺にしといて」

女バスのキャプテンが俺を諌める。

「嫌な役をごめんね」

小声で、そんな事を言っていたが、ただ俺は怒りをぶつけただけだ。
別にバスケ部の事を思ってだとか、そんなんじゃない。
ただ単に、好きな女の子が悲しい思いをさせられているのが許せなかっただけだ。


 「この学校の伝説ですか?」
 「2つあるんだが大代は知ってるか?」

 体育館を閉めるため最後まで残り、練習の終わった大代と帰宅する。これは体育館を閉める俺だけの特権みたいなものだ。俺は、この時間の為だけに体育館を最後に閉める係をしている。

 「伝説の木はキャプテンから教えてもらいましたけど……もう一つは?」
 「ああ、伝説の鐘の方は知らないんだ?」
 「どんなのです?」
 「卒業式に告白して恋人になったカップルが時計塔の鐘に祝福されると永遠に幸せになれるって伝説だ」
 「へぇ……めちゃくちゃロマンチックじゃないですか!」

大代は、目を輝かせながらそう言った。

 「もう長い事鐘は鳴ってないらしいけどな」
 「でも、鳴ったらロマンチックですよね」
 「大代もやっぱり女の子だな、そういうのに憧れるのか」
 「そうですよ。女の子なんですからそういうのに……やっぱり憧れます」

大代がAの事を思い浮かべているのが表情から見て取れた。

………………………やめろ。

 「なあ、大代さ。Aの事好きだろ?」
 「へ……?いやいやいや」

 大代は顔を真っ赤にして否定の言葉を吐く。

……やめろ。

 「バカ。俺も小学校の頃からお前知ってるからわかってるよ。お前がずっとAを見ていたのは」
 「いや、ですからね好きとかそういうのじゃなくてですね」

やめろ。

 「Aがお前を、どう思ってるか気にならないか?」


やめてくれ!


 「もうすぐクリスマスだけど、彼女欲しいわぁー」

 いつもの様にAとダベる。望んだ言葉をうまく引き出せた俺は続けてこう言った。大代が少し離れた物陰からこちらを見ている。

 「いや、お前なら彼女すぐに出来そうじゃん。ほら、女バスの大代。あいつお前のこと絶対に好きだろ」

 Aはこちらの顔を少し見ると、

 「いや、大代はない。昔から一緒にいるけど、言動がガサツだし、正直女に見えないんだわ。えらく懐かれているけどむしろ迷惑みたいな?」

そう、言った。


言わせて、しまった。


 「あー!もう、うっさいなぁ!女に見えなくてすみませんー!どうせガサツですよー!ヴァーカ!!!」

 物陰から飛び出した大代は、そう言うと、走って行ってしまった。

 「……訳わかんねえ」
 「おい、A、流石に今のは聞くに堪えない。女の子に言うには……今の言葉、酷すぎたんじゃないか?もう少し優しくしてやっても良かったと思うぞ」

 近くでたまたま聞いてしまったのか、美術部のあいつは、Aにそう吐き捨てるように言うと大代を追って行く。
 
 「……A。俺も今のは流石に言い過ぎじゃないかと思うぞ」

 ようやく、それだけ絞り出す。そして俺も大代の後を追った。

 「だってお前は、大代が」

好きなんじゃねえか、とAが続けていたのを聞きながら俺は廊下を駆け出していた。

 そうだ。Aもずっと一緒にいたんだ。
俺がずっと大代を見ていた事はAには丸わかりだったわけか。
……何、変な気を使ってんだよ。


Aに振られた大代を慰めて、なんて都合のいいストーリーを考えていたわけじゃなかった。

Aが大代の事をなんとも思ってないのはわかっていた。

大代が俺の事をなんとも思ってないのはわかっていた。

ただ、Aじゃなくて、他も見てほしかった。

ただの先輩としてじゃなくて、俺個人を見てほしかった。

そのザマがこれだ。

大代を見つけた。大代の側には既にあいつが居た。

時計塔のそばであぐらをかいている大代を慰めるあいつ。
ここからではよく見えないが、大代が泣いているように見えた。

あいつは、大代に一人の人間として、見てもらえている。

俺みたいにただの部活の先輩じゃなくて、一人の特別な人間として。

……なんで俺、大代を悲しませるようなことしてんだよ。

……なんで、あそこにいるのが、俺じゃないんだよ。





 それから結局、大代はバスケ部を辞めて、程なくして俺もバスケ部を辞めた。

膝を少し悪くした、なんて嘘をついたが、Aは一言、「そうか」と、全てわかったように退部届を受け取ってくれた。

正直何もやる気が起きなかった。

 適当に学校に行って、適当に授業を受けて、適当に毎日を過ごす。大代とはもう長い間会ってすらいない。一度美術部のあいつと街で楽しそうに遊んているのを見かけた程度だ。

受験とかどうでもよかったが親がうるさかったのでとりあえず絶対に受かるレベルの大学を受験して合格した。


 もうすぐ高校も卒業、3月に差し掛かる頃だった。

この日は久しぶりに、爺ちゃんの家に遊びに来ていた。爺ちゃんの家は時計屋をしている。
俺は子供の頃からこの空間が好きだった。
爺ちゃんはお気に入りの映画を見ていたようで、手を上げてこちらに挨拶をする。

確か“誰が為に鐘は鳴る”だったか。

 丁度ラストシーンに差し掛かったところで、負傷して一緒に逃げる事ができなくなった主人公が、ヒロインを仲間に任せ、一人で敵の大軍に対峙したところだった。

 「あの……すいません。ちょっとお聞きしたい事があるんですけど……」

 突然の来客に、爺ちゃんはビデオを止め、対応する。

 「おお、いらっしゃい。なにかお探しかな?」
 「いえ、その……実は時計を探しに来たんじゃないんです」

 聞けばこの客。どうやら同級生らしいが、うちの高校の時計塔の鐘をまた鳴るようにしたいと言う。

 (へぇ……めちゃくちゃロマンチックじゃないですか!)

 あの時の、伝説の鐘の話をしたときの大代の顔が忘れられない。

 「鐘を鳴らす……」
 「はい。絶対に鳴らせるようにしたいんです。卒業式までに。なんとしてでも」

 決意は固そうだった。その表情はどこか、あの美術部のアイツに似ている。
 
 「手伝わせてくれないか。俺もその鐘の音、聞かせてやりたい奴がいる事を思い出したわ」




 爺ちゃんに時計塔の設計図を借り、どこが壊れているのか照らし合わせながら壊れている部品を取り替えていく。言葉にすると簡単だが、実際はとても大変で、根気のいる作業だった。
時計というものは精密機械である。膨大な数のパーツの組み合わせで成り立っていて、少しでも狂えばちゃんと動かなくなるのだ。

時計塔に通い詰めて修理を続ける。

最終的には三日徹夜して、修理が終わったのは卒業式当日の明け方だった。


 「卒業式、どうするんですか?」
 「流石に三徹明けで卒業式はキツイわ。俺は特等席で鐘が鳴るところ見せてもらうよ」
 「そうですか」
 「お前は早く行かねえとな。告白、すんだろ」
 「はい」
 「がんばれよ!」
 「はい!……あ、最後に一つ」
 「なんだよ」
 「時計塔直すの手伝ってくれて、本当にありがとうございました!!」

 あいつは時計塔を飛び出して行った。うまく行けばいいんだが。
直に卒業式が始まる。
さて俺は時間までどうしようか。鐘が鳴るまで結構時間がある。寝ちまわない様にコーヒーでも買いに行くかな。

 コーヒーとパンを近所のコンビニで買い、コーヒーを飲みながら鐘を見る。

なんとか直せた。とはいっても俺がやったのは重い物を持ち上げたり部品を手に入れてきたり、設計図と見比べておかしな所を見つけるといった雑用や手伝いだけで、直接的な作業をやったのはあいつだ。
爺ちゃんが弟子に欲しいとか言っていた。

確かにあいつの熱意と技術は凄かった。

そして、好きな奴への想いも。

 普通、この時計塔を個人が直そうだなんて思わない。思っても実行に移せない。
それもみんな好きな子の為。
手伝ってくれてありがとうだ?
どうせお前は一人でもやり切ってただろ。
俺には好きな女の子の為にあそこまでできない。
純粋にあいつの事をすげえやつだと思う。
尊敬できる、すげえやつだ。
見ていて何も無い自分が嫌になるくらいの。

そんな事を考えているうちに、やはり徹夜が堪えていたのか俺の意識は落ちていった。



 ガタッとした音で目が覚めた。

どうやらうたた寝してしまっていたようだ。スマホを見ると、丁度卒業式が終わってそろそろ鐘が鳴る時刻だ。

そういえばさっき鳴った音は何だったのか。音が鳴った方を見る。

そこには、バールをもって装置を殴ろうとしてる男が立っていた。

 「何を、やってるんだよ!」

俺はこいつを知っている。

 ここ最近、時計塔の修理を覗き見ていた奴だ。
あいつは修理に夢中で気がついていないようだったが……。
多分、こいつもあいつの好きな、栗駒某のことが好きなんだろう。栗駒某と仲のいいあいつのことを疎ましく思っているのがよくわかった。まるで、誰かと一緒だ。
俺はそいつに向かって殴りかかった。

 「それは!」

 あいつが栗駒某の為に頑張った成果だ。あいつがどんなに真剣に修理していたか俺は知っている。

 「あいつが!好きな奴の夢を応援する為に直したものだ!」

 「こんなものがあるから!」

侵入者は装置を再びバールで殴る。

ガンッと、音が鳴り響く。

「やめろ!」

努力したのが報われないなんて嫌だ。

頑張ったんだから報われて欲しいじゃないか。

あいつは、栗駒某の為に頑張ったんだから、

報われて欲しいじゃないか。


――違う。そんな、偽善的で聖人めいた考えじゃない。

――単に俺は。

 大代真白に、この鐘の音を聞かせてやりたいだけだ。
正直に言ってしまえば栗駒某の事なんてどうでもいい。
あいつの恋路もどうでもいい。

 「そうか。俺が、大代に、この鐘の音を聞かせたいんだ」



 「……ずっと、大代が、好きだったんだ」

胸ぐらを掴んで一発。

 「けど、大代はずっとAが好きで!」

Aを追う大代を、ずっと見てきた。

そのままもう一発。

 「けど、俺じゃ駄目なんだ!」

Aの次は美術部のあいつ。

まだ殴る。
 
 「なんで、俺じゃないんだよ!」

まるで、鏡を殴っているみたいだった。

 「でも、笑っていてほしいんだ!」

まるで、自分を殴っているみたいだった。

 「大代に、笑っていて欲しいんだ!!」

その為には、たとえ、世界中を敵に回したっていい。

 「ああそうさ!俺は、大代真白が!大好きなんだよ!世界中で一番好きなんだ!!愛してるんだ!!お前も、俺と一緒なんだろ!?お前も!栗駒某の事が好きで!!好きで好きで堪らなくて!隣に立ちたくて!でも何もない自分が嫌になって!!」

それでも、自分のことを、見て欲しくて。

「……栗駒こまるだバカ野郎!」

振り向きざまに一発殴られる。

「ずっと、好きだった。転校してきてひと目見た時からずっと!」

ほらみろ。


「栗駒さんは、僕なんかにも優しくしてくれたんだ!あの人の笑顔を見ていると元気になれるんだ!」

やっぱり。

「けど、栗駒さんは、あいつの事ばっかり見ていて!けど、栗駒さんに悲しい顔してほしくなくて!ずっと笑っていてほしくて!」

……俺と一緒じゃねえか。

奇妙な光景だった。お互いが違う女性の事を好きだと言いながら、殴り合いの喧嘩をしている。

それは、まるで自分同士の喧嘩のようだった。

いつ終わるともしれない喧嘩だった。

不毛で、意味が無い、無駄で、必要のない、そんな喧嘩だった。

しかし、確実に時間は進んでいて、

遂に鐘が鳴り響く。

何年かぶりに鳴った鐘の音は心地良よく、

大代は、この鐘の音を聞いてくれているだろうか。

鐘の音を聴きながら、俺はそんな事を考えていた。



 「なあ」

 「うん?」

 「止めてくれてありがとう」

 「いいよ、別に」

 鐘の音を聴いてから、二人で色々な話をした。

お互い、自分の事ではなく、自分の好きな人について延々と語り合った。

多分、お互いに自分の想いを誰かに聞いてほしかったんだろう。

笑い合いながらずっと、好きな人の話をしていた。

卒業式の日。俺に、親友が出来た。




 なんとなく、沈む夕陽を見ていた。
担任の最後のお小言と共に卒業証書をもらい、時計塔の近くのベンチで沈む夕陽をみる。

 「やっと見つけた。よかった、まだ校内に居たんですね」

 大代の声だ。何ヶ月振りだろう。

 「もう、なに卒業式までサボってんですかー」

 久しぶりの大代は俺に話しかけ、驚いた様に、

 「うわ……どうしたんですかそれ、喧嘩でもしたんですか?」

 と、俺の顔に貼られた絆創膏を見て言った。

 「あー、ちょっと階段で転んだ」
 「大丈夫なんですか?それ」
 「大丈夫大丈夫」

 立ち上がりながら大代の方を見る。久しぶりに見た大代はやっぱり綺麗で。

 「なあ、大代」
 「なんですか?」
 「前の……あれ、すまなかったな」
 「なんのことです?」
 「いや、わかんないならいい」
 「はい?」

 知ってか知らずか、まるで大代はなんのことかわからない、といった風に答えた。
わからないなら、忘れちまえてんなら、それでいい。

 「で、どうしたんだよ」

 俺の問いに、

 「先輩には、ずっと、お礼を言いたかったんです」
 「礼?」

 礼を言われるようなこと、俺はしていないはずだが。

「去年の夏、練習試合で負けた時、私が外に頭を冷やしに行ってた時……先輩が、本気で怒ってくれたって……」

 その事か。でもあれはただの八つ当たりみたいなものだ。礼を言われるようなことじゃない。

 「他にも、小学生の頃から、ずっと私をバスケ部で助けてくれてありがとうございました。ロードワークに付き合ってくれたり、放課後練習に最後まで付き合ってくれたり。私はずっと、A先輩の次に先輩に憧れていたんです」
 「いや、俺は何も大したことはしてない」
 「そんなことない、そんなことないんですよ。中学の時から毎日、体育館閉めてたの先輩じゃないですか。みんな帰っちゃっても、先輩だけは残ってくれて、さりげなく帰り道家の近くまで送ってくれたり、してたじゃないですか。夜道を帰る時、どれだけ心強かった事か」
 「別に、そんな深い意味はないさ」

 深い意味、あるに決まってるだろ。
俺は大代の事が好きなんだから。
好きで好きで堪らないんだから。

 「体育館閉めてたのは俺の仕事だっただけだし、帰り道送ってるみたいになってたのは帰る方向がたまたま一緒だっただけだよ」

 大代の目を見る。綺麗な瞳。
ああ、やっぱり俺こいつの事好きだな。

 「そう、なんですか?」
 「そ。たまたまたまたま」

 どこか腑に落ちない顔で大代が首をかしげる。

 「っと、じゃあ俺そろそろ帰るわ」

 何事もなかったように帰ろうとする。

……これは精一杯の強がりだ。

 嬉しかった。大代は俺を、特別な一人として見ていてくれていた。
今すぐにでも抱きしめて想いを伝えたい。
好きだと言いたい。愛していると言いたい。
しかし、大代には既に美術部のあいつがいる。
時計塔の方から少し心配そうにあいつがこちらを覗いているのを俺は見逃さなかった。

 「待ってください先輩」
 「ん?」

 改まって、

 「先輩。ご卒業、おめでとうございます」

 大代はそう言った。

 「ありがとうな。大代も、元気でやれよ」

 せめて、これぐらいは許されるか。
俺は右手を出して、大代に握手を求める。

 「先輩も、お元気で」

 夕陽が沈む中、俺と大代は握手を交わした。



 「……でも凄く優しいよ。うちの高校のOGだからか特に俺に目をかけてくれててさ。旦那さんがまたいい人でね」
 「へえー。しかしまさかお前が声優になるとはなあ」

 高校を卒業して8年。俺は声優になっていた。
大学に入学しても特にやる事も無かったので、爺ちゃんの家にある大量の映画を観てばかりいた。
そのうちに洋画の吹き替えがやってみたくなり、ついには大学を中退して専門学校に入ってしまった。
その後、努力のかいもあってなんとか声優になれた。まだまだ洋画の吹き替えはやらせてもらえそうにないが頑張って行きたいと思っている。
幸い、なんとか今では声優として食っていける程度にはやっていけている。


 今日最後の仕事、雑誌のインタビューを終わらせた俺は高校時代のバスケ部の連中と飲みに来ていた。

Aが結婚するのだ。

A独身最後の夜。高校時代のバスケ部のみんなで馬鹿騒ぎしようと企画されたそれは、途中で退部した俺にも何故か招待状がきて、今に到る。

「そろそろ来るんじゃないかな」
「ん?」
「うち!」

大代真白だ。卒業式のとき以来となる。仕事帰りなのかスーツ姿で、大人びて見えた。
周りに挨拶をしてこちらに気が付くと、途中ビールを受け取り、こちらに来る。

 「先輩久しぶりです!」
 「よ。久しぶり」
 「こないだテレビみてたらいきなりアニメのキャラが先輩の声で話し初めてびっくりしましたよ!」
 「はは、そりゃどーも」
 「そうそう、先輩聞いてくださいよ!」

 周りのやつが、またか、と言った様な顔でこちらを見る。どうやら知らない人には言ってまわっているような事らしい。

 大代の話はこうだ。
曰く、告白してカップルになった直前に時計塔の鐘がなりました。伝説の鐘に祝福されて私今幸せです。超。
なるほどなるほど。そうかそうか。

――あの鐘の音は、大代に届いていたか。

 「そりゃ凄い」
 「でっしょー?」

 大代はなぜか得意げにそう言った。
例の時計塔を直したあいつも栗駒こまるとうまくやっているようで、こないだ商店街で仲睦まじく買い物している姿を見かけた。
時計塔の鐘は今でもきちんと決められた時間に鳴っている。突然鐘が直ってしまった為、新たな伝説が生まれたとかなんとか。

 ああそうだ。せっかくだから。

 「なあ大代」
 「はい?」
 「俺さ、中学高校の頃お前のことずっと好きだったんだぜ」
 「へ」

 大代が固まる。
顔を真っ赤にして口をパクパクさせている。
こういうのに免疫が無いのは相変わらずなのか。
おおーー!!!っと、周りから歓声があがる。
てめえらみんな知ってやがったな?

 「えっ、でもでもでも……きゃっ!?」

 大代がテーブルに足をぶつけ、持っていたグラスをひっくり返した。
多分、色々ピースがハマっちまったんだろう。
俺の中学とか高校の時の行動が何故なのか、とか。

 しかしなるほど、こいつはあの頃から変わっちゃいない。

確かに大人びてはいる。
しかし根っこの所では、昔の、俺が好きだった頃の大代真白のままなわけだ。
ビールがこぼれた上、テーブルを大代がおもいっきりぶつけてしまった為、辺りがめちゃくちゃになる。
みんな笑っている。てんやわんやだ。

そうだ。やっぱりこいつには、こいつの周りには笑顔が似合うのだ。

あっちもこっちもそっちも巻き込んで、そのままみんな元気にして、そのまっしろなキャンパスにみんなと笑顔をぶちまける。

そんな大代が俺はやっぱり好きなのだ。

馬鹿騒ぎで夜は更けていく。
……後で片付けるの手伝わねえとな。



 「おい大代、そろそろ締めるからいつものアレ、頼むわー」
 「ったく仕方ないですね。大代が居ないと締まらないんですから」
 「まあそう言うなよ」

大代はコホン、と咳払い。

 「皆様方、本日は〜A先輩の独身最後のワガママにお付き合いしていただきあっりがとうございました〜〜!こんな、昨夜、デッサンモデル募集で集まった美人妻が合体ヌードモデル体験でオ〇〇コぱっくり生ち○ぽ結合の中○しの野外羞恥絵画教室を観て独身最後のソロ活動に勤しんだ先輩ですが、皆様今後ともよろしくお願いします〜〜!」
「大代てめえ!なんでそれ知ってやがる!!」

大代はそんなAの抗議に耳も貸さずに、

「それでは皆様!お手を拝借!!」

いよぉーーー!



🍞!!!!!!






🍞あとがきという名の言い訳🍞
 この話の大代さんのキャラがあんななのは主人公から見えている大代さんだからです。主人公にはああ見えてます。恋愛バイアスって奴です。
そして、この話。栗駒さんより大代さんの方が年下の世界線でのお話となっております。言わなきゃバレなかったかもしれないけど。
ろくすっぽあおぎりメンバー出てきすらしねえのに別のシナリオの主人公とモブは絡ませるのがゲーキチサイドです。
二次創作元であおぎりのメンバーが絡まないのいい事に好き勝手やってます。いい加減づにあさんに怒られるんじゃないかな?
そして“旅立ちの鐘が鳴る”を読んでいただけた方ならわかっていただけるかもしれませんが、今作は“旅立ちの鐘が鳴る”と同時期に起こっていた、裏側の物語となっております。

楽しんでいただけたなら幸いです。

それでは、また。


追記:この話、ちょっとわかり辛い場所がいつもより多い為、ちょいちょい手直しすると思います。

なので、大筋は変わらないにしろ細部が変わっていくと思います。

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