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月はいつもそこにある


本作は、づにあ☪️💜💜💜💜💜💜💜💜💜💜💜氏のあおぎり高校二次創作作品、【あおぎりメモリアル】エピソード“音霊魂子”の二次創作……つまり三次創作作品なので設定などは独自のものとなります。……もうこれわけわかんねえな。


これは、俺の初恋の物語だ。

 彼女の事を好きになったのはいつの事だったか、よく覚えていない。
初印象はアニメ声の陰気な女、だった。
数日経っても誰ともつるまず、孤立しているのを見てそりゃあな、と思ったものだ。

 それからしばらくして、クラスの男子とよく居るのを見かけるようになった。
そんなクラスの男子…あいつの第一印象は、彼女の事を放っておけないお節介焼き。そんな感じだった。
二人は別に特別な事をしていたわけじゃない。
友達を作りたい、多分そんな感じの願いを叶える為に、二人で奔走していた。
そのかいもあってか、彼女の周りに次第に友人と呼べるような人間が増えていった。
ああ、そうか。
俺が彼女を好きになったのはきっとこの頃だ。

彼女は頑張る。

 運動神経ははっきりいって無い。勉強も苦手だ。それでも彼女は全力で誰かの為に頑張る。フラフラになりながらも全力で、諦めない。

彼女は信じる。

 素直に何でも聞き入れる。例えそれがどんな嘘だとしても。そして嘘だとわかってひとしきり騒いだあと、嘘でよかったと笑顔で答える。

彼女は自信がない。

 私なんか、と本気で思ってる節がある。とても自己肯定感が低くて、そのせいか、よく緊張して動けなくなっている。

彼女は偏食だ。

 昼食には必ずラーメンを食べる。
いつも食堂で幸せそうに麺を啜っている。
食堂が空いていないときや教室で弁当を食べる時はカップラーメンを欠かさない。
休日にラーメン屋に入るところを見かけたことが一度や二度ではないので筋金入りである。

彼女はポンコツだ。

 地頭は全然悪くないのに、勉強や苦手だ。小学校でやるような計算を間違ったり、歴史の授業でトンチンカンな解答をして先生に呆れられて、ちゃんと予習しておくように、なんてよく言われている。

彼女は押しに弱い。

 何かを頼まれると断りきれず、自分の事を後にしてやってしまう。自己肯定感の低さが原因か、やりたいことがあっても頼まれた事を優先してしまう。

彼女は無理をする。

 そして、彼女は頼まれた事でも一人で背負い込んで、全部一人でやろうとする。無理をして、誰かが止めないと倒れるまでやり続けてしまう。

彼女は優しい。

 それなのに、たとえ自分が辛い時でも、困っている友達を放っておけない。無理をして、頑張って、友達の為に行動する。

彼女――音霊魂子は、そんな人間だった。

彼女は、よく笑う。

 それは自分の事だけではなく、他人の事で、他人の成功を心の底から喜んで、「よかったね」と最高の笑顔で笑う。

その笑顔に、惹かれた。

 自然と、彼女を目で追うようになっていた。彼女の側にはいつも、あいつが居た。

 2年になって、あいつが別のクラスになってもその仲睦まじい姿はよく見られた。
誰も口にはしていなかったが、半ば公認カップルの様なものだった。

 それが3年になってしばらくして、あいつのことが好きだと言う女子が現れた。名前は忘れたが結構かわいい娘だったのは覚えている。
それが原因なのか、せっかく同じクラスになったというのに彼女はあいつを避けまくった。
もうこれみよがしに避けていた。
クラス全体がざわついた。
まさかあの二人が破局!?なんて騒いでいるやつもいた。

 正直、チャンスだと思った。
今告白して、押し切れば彼女と付き合えるかもしれない。
なにせ彼女は押しに弱いのだ。

 しかし、機会を伺っているうちに気がついた。
彼女はここしばらく笑っていなかった。
いや、普通に笑いはするのだ。
けど、あの笑顔では。
俺が好きなあの最高の笑顔では笑ってはいなかった。

そして、気がついた。

 彼女はよく笑う。けどそれは、いつもあいつが側にいるからだ。
あいつの側でいるから、彼女は最高の笑顔で笑うのだと。

程なくして、二人は仲直りをしたようで、以前よりも距離が近くなった。
もう、間に割って入ろうとは思わなかった。

 クリスマスも近づいた頃。クラスの誰かが彼女の誕生日のお祝いとクリスマスパーティーを一緒にやろう、なんて言い出した。
彼女は遠慮がちにそんなのいいよとは言っていたが、満更でもなさそうだった。一年の最初の頃、一人でいつもいたあの頃とは違い、常に周りに誰かしらいる――もっともあいつと二人の時は邪魔はしないなんて不文律はあったが――クラスの中心人物と言っても過言ではない、そんな人間になっていた。

 そして、誕生日当日。あいつが風邪で倒れた。
パーティーに行くか看病に行くかで迷う彼女にクラスの女子は言った。パーティーなんて気にしないで看病に行ってやれ、と。クラスの男子もそれに続く。少し早いクリスマスパーティーをあの二人抜きでする。
そして、元々彼女とあいつをくっつける為の企画だったと聞かされた。
と言うかあの二人が未だに付き合っていなかったのをこの時知った。

 年が開けると受験も佳境に入り、学校に顔を出す奴も少なくなっていた。出てくるのは既に進路が決まった奴くらいだった。
普段勉強していなかったせいかそのツケを払う羽目になり、受験勉強を頑張らざるをえなかった。結果、無事大学に合格したからよかったのだけど。

久しぶりに学校へ行くと彼女とあいつが楽しそうに話していた。クラスのいつもの風景である。楽しそうに笑う彼女を見て、俺は覚悟を決めた。

 卒業式。俺は一つやり残したことがあった。
音霊さんに告白する。
絶対に失敗することはもうわかっている。
ずっと見てきたのだ。
彼女が誰を好きで、
その相手がどれだけ彼女の事が好きなのか、
うちのクラスの人間ならみんな知っているクラスの常識。
まだ付き合ってないなんてにわかに信じられない位仲睦まじい二人。

でも、自分の気持ちを伝えずにはいられなかった。
だから卒業式の後、告白して、スッパリと振ってもらう。
それだけで、俺は楽になれるはずだ。

 卒業式の後、友人にトイレに行ってくると言って教室に向かった。
彼女の机に待ち合わせ場所を書いた手紙を入れる為に。

校舎の中はシンと静まり返っていた。
式は終わったが、卒業生は皆体育館の方で友人との別れを惜しんだりしているようで、在校生も殆どがまだ体育館の方にいるようだった。

 もうすぐ教室、というところで俺は見てしまった。
音霊さんが、あいつの机に何かを入れているところを。
そうか、そうだよな。
今日は別に俺だけの特別な日なわけじゃない。
俺達卒業生にとって、大事な節目となる、そんな日だ。
彼女は多分、あいつに告白するんだろう。
きっとあの、中庭にある伝説の木の下で。
最低だな、俺は。
結局俺は、自分の事しか考えてなかったわけだ。

 教室から出てきた音霊さんに声をかけた。
さも今たまたま通りがかった風に装って。
心臓がバクバク言ってるのがわかる。
当然だ。話しかけるのすら、初めてなのだから。
 「あ、音霊さん」
 「えっ、あっ……………はい、何か用ですか?」
 「いや、特に用ってわけじゃないんだ。そういやずっと同じクラスだった   のに一度も音霊さんと話したことなかったなって」
 「そ、そういえばそうですよね」

どこかぎこちない。
 「誰かから聞いたんだけどさ。声優目指してるんだって?すごいな、頑張って」

俺はどこか薄っぺらい言葉で彼女に言った。

 「えっ、あっはい。ありがとうございます」

 遠慮がちに彼女は答える。
3年間同じクラスにいて何もなかったのだから当たり前だ。彼女との接点は同じクラスだった、それだけだ。
俺は彼女が困っている時何もしなかったし、彼女が悲しいとき励ましたり、嬉しいとき一緒に笑ったり、そんな事何もしなかった。
好きだと想いつつも、見ているだけで話すことすらしなかった。
告白は、もうしない。
その資格は俺にはないと思うから。
いたずらに彼女を困らせたくなかったから。
いや、それは言い訳に過ぎないな。
ポケットに入っていた手紙を握りつぶす。

だけど最後に、少しだけでも話せた。

だから、よかった。

自分に言い聞かせるようにそう、思った。

――本当に?

何もしなかった?
何もできなかっただけだろ?
本当にそれだけでいいのか?
何かできる事があるんじゃないか?

――本当に、最後がこれでいいのか?

気がつけば、声が出ていた。
 「音霊さん!」
音霊さんはびっくりしてこちらに振り向く。
 「これからさ!色々あると思うんだ!嫌なことだったり、勇気だしてやらなきゃいけないことだったり!」

 何を言ってるんだ俺は。
当分、思い出しては一人で悶絶するような、そんな黒歴史確定のこっ恥ずかしい事を叫ぶ。
彼女は、きっと今から勇気を出してあいつに告白する。
ずっと見てきた俺達なら、絶対にその想いが実ることがわかっている。
しかし、彼女は割とポンコツで、自己肯定感が低くて、もしかしたら断られるかもしれないとかそんな事考えてるに違いないのだ。
だからせめて、その背中を少しだけ押すことくらい。
薄っぺらじゃない、本当の言葉で頑張ってと言うくらい。
何もできなかった俺にも、それくらいならできるはずだから。

 「でもさ、音霊さんを応援してる人が、成功を願ってる人達がいるんだ!だから、勇気を出して行動したら、きっとうまくいくはずだからさ!だから、頑張って!俺も!応援してる!!」

 精一杯の言葉を叫んだ。
支離滅裂で、話の前後がおかしくて、ただ彼女に頑張ってほしいと、応援してると、それだけを伝える言葉。
音霊さんは少し驚いた顔をして、それから笑った。
 「うん、ありがとう!頑張るね!だから君も頑張って!」
俺の好きな、あの最高の笑顔で。
 「ああ!ありがとう!」

 これが俺の、始まりもしなかった……いや、始めようともしなかった初恋の物語だ。

 それから俺は、友人達のところに戻り、泣いて、笑って、バカな話をしながら帰路についた。
帰りにみんなでサイゼに行こうと、誰かが言い出した。

視界の端に、見慣れた二人の姿が入った。寄り添って、向こうの方へ歩いていく。
 「ん?どうした?なんかいい事でもあったんか?」
笑みがこぼれている俺に、怪訝そうな顔で友人が聞いた。
 「ああ、失恋したんだ」
 「は?なんで失恋したのに笑ってんだよ」

 失恋にも色々ある。
けど、これはいい失恋なんだと思いたい。
何もしなかった、何もできなかった俺が、最後だけでも彼女に何かできたと思うから。
それがどんなに独りよがりに過ぎなかったとしても。

 「俺様は失恋したので大変悲しい。だから貴様に奢らせてやろう」
 「は!?ふざけんなお前。なんでそんないい面して笑ってる奴に奢らなき ゃならねえんだ。せめて悲しそうな顔ぐらいしろや」
 「いいから奢れよー」
 「嫌だ!」

二人に、幸あれ。

俺は二人の幸せを、心の底から願った。




 特に仲のいい奴らで来た二次会のカラオケを終え、別れを告げる。
とは言ってもコイツラとはすぐにまた大学であうのだけれど。
友人と二人、夜道を帰る。
未成年の癖に調子に乗ってチューハイを一気飲みして泥酔したバカに肩を貸し、家に向かって歩いた。

空を見上げると、月が輝いていた。
三日月。
それはまるで彼女の――。

 「なあ」
丁度近所の駅に差し掛かったところで友人が言った。
 「さっきのアレさ、魂子ちゃんの事だろ」
 「……知ってたのか」
 「お前と何年来の付き合いだと思ってんだよ。つうか、クラスの男子、ほとんど魂子ちゃんの事好きだったんだぜ」
 「マジかよ」
 「お前ホントそう言うのに疎いよな。でも……ホント良かったよな。うまくいったんだろ?」
 「みたいだ」
 「告白すりゃワンチャン行けるか?みたいに思ってたこともあったけどさ、すぐに気づくんだ。ああ、あいつといるから魂子ちゃんは可愛いんだなって。そんな魂子ちゃんだから好きになったんだなって」
 「そうだな」

いつにもまして饒舌だ。酒の勢いってやつだろうか。

 「あの笑顔がさ、よかったんだよ」

涙ぐみながら、友人は空を見上げる。

納得はしてる。祝福もしている。
でも、そんな簡単に割り切れる程、俺達はまだ大人じゃない。

 「ああ、最高だった」

俺も空を見上げた。涙で想いがこぼれ落ちないように。
この想いはもう、彼女に伝えることはないかもしれないけど、彼女を好きだった事は忘れたくないから。



――本当は、知っている。

彼女は、頑張り屋で、素直で、自信がなくて、偏食で、ポンコツで、押しに弱くて、優しくて、最高の笑顔で笑う。

そして、彼女は強い。

 本当は、俺が何も言わなくても、彼女は勇気を出して告白できる事を知っている。
本当は、背中を押すだの励ますだの、そんなもの必要なくて、結局は俺の独りよがりな考えにすぎない事を知っている。
本当は、彼女がこの3年間で頑張って強くなっていったことを知っている。
ずっと見てきたのだ。
だからあれは、俺が彼女に応援してもらっただけに過ぎない。



 今夜はやっぱり、月が綺麗だ。
涙で滲んでいても、月の綺麗さは変わらない。
それはまるで、彼女の笑顔のようで。

あの時、君も頑張ってと彼女は言った。
それはきっと、本心からで。
あいつがいないところで初めて見た、俺に見せてくれた最高の笑顔。彼女からのエール。
ああ、本当に。
自分で思っていた以上に、俺は音霊魂子が好きだった。

俺は何もしなかった。
彼女の事を好きだと言う想いはあったけれど、彼女の横に立てる人間になろうと努力したわけでも、彼女の為になにかしようとしたわけでもない。
それは、彼女ならどんな自分でも受け入れてくれるに違いないと、彼女の優しさに甘えていたからだ。

いつか、俺、君の事が好きだったんだぜ、なんて笑いながら言える時が来るかもしれない。
その時はせめて、二人の側でも、胸を張って立てる、そんな人間になっていたい。



月は、優しく俺達を照らしている。
これから先、辛いことがあるかもしれない。
もしかしたら死にたくなる位のこともあるかもしれない。
でも、そんな時は夜空を見上げれば元気が出るはずだ。
頑張れるはずなんだ。
そこにはきっと月があって、彼女の笑顔を思い出せるから。
たとえ、空が曇っていても。
たとえ、雨が降っていても。
見えないだけで、

月はいつも、そこにある。






挿絵画像はやまりょうさん @yamaryoymr2が撮影した写真を使わせていただいています。


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