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香川県でゲーム規制条例(通称、うどん条例)が成立してから5年がたった

※これは香川県の条例草案を元にしたフィクションです。草案を除き、実在の団体・ゲーム・人物とは一切関係ありません。
追記:一部を切り出して勘違いされる可能性のある引用はしない、していたら削除していただけるようお願いいたします。

香川県でゲーム規制条例、正式名称『香川県ネット・ゲーム依存症対策条例』が成立して5年がたった。
2023年に日本国内で『ゲーム規制法』が制定されたことは有名だけど、2020年に成立した『香川県ネット・ゲーム依存症対策条例』については知らない人も多いかもしれない。だから、念のため説明しておこう。
『香川県ネット・ゲーム依存症対策条例』。TwitterなどのSNSでは”うどん条例”なんて別名で呼ばれていたものは、“インターネットやコンピューターゲームの過剰な使用から子どもを守るため”香川県が独自に定めた条例だ。

未成年のコンピューターゲームの利用時間を1日60分、休日は90分に制限するもので、子供がゲームを遊ぶと薬物依存同様の状態になるから、ゲームを制限すべきという理屈で制定された。当時、世界的保健機関がゲーム障害を疾病として正式認定し始めたので、それを根拠として提出された条例だ。
世界的保健機関とやら、ほんと余計なことを言ってくれたもんだ。

インターネットやコンピュータゲームの過剰な使用は、子どもの学力や体力の低下のみならず睡眠障害やひきこもりといった問題まで引き起こすことなどが指摘されており、世界保健機関において「ゲーム障害」が正式に疾病と認定されたように、今や、国内外で大きな社会問題となっている。とりわけ、射幸性が高いオンラインゲームには終わりがなく、大人よりも理性をつかさどる脳の働きが弱い子どもが依存状態になると、大人の薬物依存と同様に抜け出すことが困難になることが指摘されている。
(香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)の素案より)

うどん条例を実施することで親子の信頼関係とか、愛とか、子供の自己肯定感が高まってチャレンジ精神が高まることになっていたらしい。結果から見ると、それが実現したとは思えないけども、そういうことになっていた。

加えて、子どものネット・ゲーム依存症対策においては、親子の信頼関係が形成される乳幼児期のみならず、子ども時代が愛情豊かに見守られることで、愛着が安定し、子どもの安心感や自己肯定感を高めることが重要であるとともに、社会全体で子どもがその成長段階において何事にも積極的にチャレンジし、活動の範囲を広げていけるようにネット・ゲーム依存症対策に取り組んでいかなければならない。
(香川県ネット・ゲーム依存症対策条例(仮称)の素案より)

今は2025年。この条例が成立してから5年後の日本は、地獄のような状況になっている。

うどん条例のたどった経緯

うどん条例は当初、インターネットとゲーム双方の利用を制限するものだった。2020年の昔でもインターネットを1日60分に制限したら調べ物はできないし、Youtubeは見られないし、近代的な生活が成立すると思えないと批判を受けた。率直に言って、あり得ない内容だった。

ところが、この条例案が「現実的ではない」と指摘されると、条例制定派は指摘を逆手にとって条例を成立させてしまった。条例案はオンラインゲームのみの規制に制限され、香川県議会は「議論を尽くし、条文は現実的なところに落ち着いた」として条例を通してしまったのだ。

僕はと言えば、当時は「どうせ守らないし」と楽観的に考えていた。罰則もない条例だったから。でも、これが地獄の始まりだった。

うどん条例の適用範囲はむやみに広かった。「インターネットを利用して情報を閲覧に供する事業」を営む業者に、条例を守るべく努力を求めていた。つまり、ゲームだけではなく、プロバイダなどネットサービスを提供する業者が一丸となってゲームを規制する努力をせよ、というやばいものだったのだ。

僕らは個人だから、条例を守らなくても罰則はない。だから完全に無視するつもりだった。だけど、企業ともなると話は違っていた。条例違反をしているだけでイメージが悪いし、従わざるを得なかった。
考えてみて欲しい。「〇〇社は条例を遵守し、社会に貢献すべし」なんて名指しで言われたらどうなるか。何も知らない一般人からしてみればその〇〇社はブラック企業か、反社会的な企業に見えてしまうだろう。

最初は「プロバイダがゲームのフィルタリングを行うべき」という議論がなされた。このとき、香川県のインターネットは登録制になって、未成年が利用するときは60分でオンラインゲームが遮断される可能性があった。中国ではインターネットを監視していて、「天安門」なんて書いた瞬間に大変なことが起きるそうだけど、香川県も中国のようになる一歩手前だったかもしれない。少なくとも通信の秘密が守られないという意味では。
ただ、この案には欠陥があった。法律や条例の上位に存在する憲法に”通信の秘密”が定められており、プロバイダが通信内容を覗いて規制すると憲法に反する恐れがあったし、実際それを理由にすぐに話は立ち消えた。

しかし、憲法を根拠に断れない会社……つまり、ゲーム会社はそうもいかなかった。プロバイダに断られた香川県は、面子にかけてゲーム会社に規制を要求し、ゲーム会社側は香川県だけゲームプレイを制限する方向へ舵を切ってしまった。
具体的には、オンラインゲームの起動時には住所入力が必要になって(起動時に年齢と香川県居住の確認画面が追加された)、香川県の未成年は60分でゲームができなくなった。これはまだいい方で、ゲームによっては香川県に住んでいるとプレイできないものが登場した。
うどん条例が成立前に、ゲーム会社の人が「ゲーム屋として話をするなら、香川県からプレイできなくするのが簡単だし、規約にそれを入れちゃう」と言って話題になったけども、それが現実になってしまった。

条例が成立すると、ネットでは激しい反対の議論が巻き起こると同時に「クリアまで30時間かかるゲームは、香川県に配慮して1ヵ月ネタバレ禁止です!」なんて調子で香川県をネタにし始めた。

この年、有名配信者の大鳥居さんが『トレント・ヒーロー』を61分でクリアし、ゲームの早解き競技”RTA”界で話題となったのだが、彼が海外メディアのインタビューに「世界1位の記録ですけど、香川県では失格ですね」と語ってしまう。すると、日本のローカルな条例が海外ゲーマーに驚きと共に伝わり、「Can you say that in Kagawa?(お前、それ香川でも言えるの?)」なんて言葉が海外の配信サイトでは定着した。
今ではRTA選手が「今回は、誇らしい記録が出せると思います」などと意気込みを語れば、配信サイトのコメント欄は「お前、それ香川でも言えるの?」で埋め尽くされる。競技者もそれを狙ってコメントする。

「お前、それ香川でも言えるの?」は、日本でも2020年のネット流行語大賞にノミネートされた。

とはいえ、僕個人としてはRTAもしないし、ゲームが遊べなくなったことが本当に迷惑だった。一番遊んでいたゲーム、『スペース・龍のように・ファイナルウォーズ』は「ゲームってのは自由でなきゃいけない」って最後まで抵抗していたけども、2021年には香川県で遊べなくなった。
恨んではいない。だって、新聞で「大手でもガセだけが条例に従わない」なんて書かれたら、そうするしかないだろうから。でも、悲しかった。

ゲーム中毒対応へ動き出した業界

勘違いして欲しくないけども、ゲーム開発側だって対処すべき問題はあると思う。
たとえば、子供が自分を抑制できずに課金してしまう問題なんかは、ゲーム業界が対応しなければならない問題の1つだろう。子供の課金は親の監督不足とも考えられるけど、子供なんて親を出し抜いてしまうもの。そのために知恵を絞りまくった経験は誰にでもあるのではないか。
となるとOrange社のスマホ端末のペアレンタルコントロールのように、強力な親の見守り機能があった方がいいのは明確だと思う。

そういった問題だけでなく、中毒性だって考えなくてはいけない問題だ。規制が入ると「オンラインゲームは人間の時間を過度に奪って、クオリティ・オブ・ライフを損ねるのではないか」という議論が巻き起こった。ゲーム開発者の間には、これまでの「むやみに人間の時間を奪うゲームのつくり」「重厚長大で遊べ過ぎるやりこみ要素」みたいなものを見直すべきではないか、という議論もなされた。

実際、僕も『俺は英雄王になりたい』と、『ブルブルー・ファンタジーア』、『EGO(Earth Guild Operation)』を掛け持ちして遊んでいたときは、大変だった。
僕のスケジュールはギルド共有のGoogle スプレッドシートに記入されていて、”いにしえの戦場”や”王たちの戦場”(ギルドバトル)”の参加スケジュールがガッチリ管理されていたし、それに従って生活していた。
ゲームをやめたときは解放されたような気持ちだったし、そういうヤバさ、中毒性、人間関係の縛りみたいなものは確かにある気がする(でも、嫌になるまでは最高に面白いんだなぁ、ギルドバトル)。

とにかく、「我々ゲーム業界も中毒や、時間の奪いすぎを考えねばならない」と議論が行われていた。
ガチャなどの課金要素に関しても、ゲーム単位ではなく、ゲーム全体で課金額を規制できるようにプラットフォーム側が対応することになりそうだった。これまでは未成年の課金が1ヵ月10,000円までと言っても、ゲームが10本あれば10本に10,000円で10万円課金できてしまった。しかし、これからは全ゲームあわせて10,000円と言うわけだ。

面白さと中毒性は紙一重のところにあるし、ゲーム業界はそこに対して建設的な声明を出そうと準備していたらしい。しかし、その準備は無駄に終わった。

2023年、規制が全国に拡大

「うどん条例は、憲法違反ではないか?」
さすがに2021年末にもなると日本中から声が上がって、うどん条例は廃止の機運が高まっていた。香川県では次の選挙の争点にもなっていたし、うどん条例は失敗の典型例として反対派に叩かれる状況だった。僕も選挙に行ける年齢になったし、条例廃止派に投票するつもりだった。

ところが、選挙の前に思いがけいないことが……いや、あるいは規制派の狙い通りだったのかもしれない。とにかく、規制派に追い風が吹いてしまう。世界的保健機関がゲーム中毒を障害として大きく取り上げ、香川県は「ゲーム障害ゼロの国」と称賛され、ゲーム障害対策のモデルケースにとりあげられてしまったのだ。
そりゃ、ゲーム障害はゼロだよ。遊べないからな!

しかし、頭の固い人たちの反応は違う。マスコミも、一部の教育機関も、こぞってこれを取り上げる。うどん条例は正当化され、国会でも「世界的な模範となるべく、ゲーム先進国である日本が率先してゲームを規制すべき」という議論が始まった。
終わりの始まりだった。

オタクな議員連盟が激しく抵抗し、ネット上でも規制派の議員が糾弾され、規制派・抵抗派の議員名簿が作られていった。ゲーム会社の人たちも激しく声を上げたし、メディアも抵抗していた。eスポーツに参入していた電話会社のミカカも、異例の会見を開いて「規制すべきではない」と言い放った。いくらなんでも成立しないだろう。そう思っていた。

ところが、ここでまた問題が起きてしまう。※国でゲームにハマりすぎた学生が栄養失調で重体に陥ったことが報道されたのだ。その学生の日記ブログが発見され、ゲームの人間関係に追われて限界手前だったと書かれていたため、その国のマスコミは「ゲームが人を殺しかけた」とか「ゲームが心を殺す」とか報道した。これは、この選挙にそれなりの影響を与えたと思う。

不景気への対策が深刻になっていたことで『ゲーム規制法』が主要な焦点にならなかったのもあり、規制派はギリギリ必要議席数を確保してしまった。

2023年、うどん条例を下敷きにした『ゲーム規制法』が施行され、地獄は日本全土に広がった。
「ゲームの次は漫画やアニメの非実在青少年ポルノを規制しよう」なんて議論もあり、地獄はさらに広がる様相を呈していた。

『ゲーム規制法』が不景気をもたらす

『ゲーム規制法』によって未成年は平日90分、休日120分(うどん条例より緩和されていた)と定められた。その結果、日本のゲーム産業は壊滅的な打撃を受けてしまった。

まず、日本のゲーム会社のうち15%が倒産した。
信じられない?
これでも少ない方だと言われている。韓国では未成年が夜12時から午前6時までオンラインゲームを使用することを禁止した「シャットダウン制」を採用したけども、このときは2年で30%のゲーム会社が倒産している。

それまでは「韓国や中国のゲーム規制に倣え!」と言っていたマスコミも、この頃には目を覚ましていた。韓国の規制による影響が真剣に討論され始めていた。

韓国はゲーム規制においては先進国で、ガチャ規制やら、お色気規制(韓国では昔、胸を強調するソシャゲ美女的なゲームの絵が規制されていた)やら、色々な規制が行われていた。
しかし、それらを調べてみると規制するたびにゲームが制限され、韓国の輸出産業であったゲーム会社が打撃を受け、中国企業に買収されたりして、最終的に規制が緩和・撤廃されていたことも知られるようになった。

勘のいい人はすでに気づいたかもしれない。ゲーム会社の倒産が15%で済んだのは、中国企業が日本のゲーム会社を買ったから。ゲーム規制条例の制定後、15%のゲーム会社は倒産した。15%のゲーム会社は中国に買われた。
僕の好きだったデコ・ウェスト社もその中に含まれていて、ファンに向けたお別れ放送で「I'll be back(いつか、君たちの元に戻ってくるよ)」と語るラストシーンは涙なしに見られなかった。

おっと、話がそれたかな。そういった結果として、日本のゲーム企業はさらに苦境に追い込まれている。
日本はオリジナルゲームを作るノウハウが高いことで有名で、なんだかんだで一からゲームを作るのが得意だ。2019年ごろから中国のゲームが日本でもてはやされているけど『町内行動』は有名バトルロワイヤルゲームのクローンだし、『二重人格』も非対称対戦ゲームブームに乗ったモノだった。実は、完全オリジナルを作る下地は弱いところもあった。

だけど日本企業が買収され、中国の開発者に日本のノウハウを教えることが仕事になった結果、中国のゲームはクオリティもオリジナリティもさらに増し始めた。日本のゲーム産業は、大打撃を受けたといっていい。

そして『ゲーム規制法』撤廃

これは日本の輸出産業であるゲーム産業の不景気につながった。あまりに急速な影響に国も焦り、2025年8月9日、僕から見ればまさに昨日、『ゲーム規制法』は撤廃された。
『ゲーム規制法』が施行されてしばらくして報道された、韓国におけるゲーム規制の実態の後をたどったと言ってもいい。たった2年だったけども、影響は深刻だった。

まず、eスポーツ面で日本は5年、遅れを取り戻せないといわれている。eスポーツ選手の最盛期は10代と言われている。10代のうちにたくさんゲームをして、吸収して、成長しなければいけない。
ところが、貴重な10代のうち2年は「ゲームは1日90分」。つまり、経験値が圧倒的に足りない。同じ17歳の選手がいたとしても、13歳から4年間ゲームをやりまくっていた選手と、15歳まではあまりゲームができなかった選手では能力が違う。全世代にわたって2年のブランクが生まれて、これを取り戻して世界で勝利するためには5年必要と言うわけだ。あくまでこれは予想で、天才が現れてひっくり返すこともありうるけど。

次にプラットフォーム。2023年は、html5ゲームプラットフォームが力を持ち始める転機だった。html5プラットフォームとは、ブラウザで利用できてApp Storeなどを通す必要のない新しいゲーム・アプリストアと思ってもらえればいい。日本のメーカーは規制のため投資の動きが鈍くなっており、この波にうまく乗ることができなかった。

そこに、中国を基盤とした会社(表向きは日本企業だが)がhtml5ゲームプラットフォームを展開し、安い中国製ゲームをエロ要素を含んだ広告で展開しまくった。
トライアングル・エスニックなどの大手日本企業がこんなエロ広告を出したら顰蹙ものだが、失敗すれば撤退すればいい中国企業はなんでもできる。そういったマインドでビビッドなエロ広告を展開したhtml5プラットフォーム『HAO123』は、日本の規制をものともせず、「海外のサービスだから」と時間制限を設けていなかった。当然、若者は殺到した。

そして、日本のお行儀のよいhtml5プラットフォームよりはるかに大きくなってしまい……html5プラットフォームは中国主導になり、日本のプラットフォーム産業はまたもや一歩後退した。
韓国でも規制の時期に中国企業が伸び、国内のゲーム産業が壊滅したが……日本も規制によって同じ道をたどってしまったのだ。

「おまえ、それ香川でも言えるの?」

僕は、ゲーム規制法が施行された直後にゲーム業界に就職した。その頃のゲーム業界はひどかった。目に見えて不景気が押し寄せていて、先輩の「昔は良かった」という語りも老人の嘆きとは思えなかった。それが行政の影響だったのは明らかで、新人でも業界の未来を考えて暗くなった。

ゲーム規制法が撤廃された今、改めて日本で勝負できるときが来て希望にあふれているけども、「うどん条例がなければなぁ」と今でも時折考えることがある。

あり得ないことだけど、もし過去に戻れたら……何をするかな。
いずれにせよ、『香川県ネット・ゲーム依存症対策条例』が成立しないように何かするだろう。暴力的に反対したり、口汚く罵っても、馬鹿にしてもしょうがない。
そうだな、ゲーム中毒に関する業界の動きを調べてTwitterで発信して啓蒙活動をするのもいいかもしれないな。

今となって思えば、「おまえ、それ香川でも言えるの?」などと馬鹿にされつつも、笑えていた日が懐かしい。

続く。
追記:
内容をノンフィクションと誤解される形で切り抜いてTwitter拡散されてしまったこと、現在冗談で言ってられる状況でなくなったので続きは公開を見合わせます。すみません。

以下、短いあとがき。

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げーむきゃすと は あなた を みて、「さいごまで よんでくれて うれしい」と かたった。