21世紀の啓蒙、感想
<「経済と文化の両利き」になる>
〇富川 今日、佐々木さんと議論したい話は2つありまして。これまで NewsPicksでは、おもに日本の起業家やビジョナリーの方たちによる、いわゆる「ビジネス書」を毎月お届けしてきたわけです。
一方で、今年の10月に新しく立ち上げたNewsPicksパブリッシングは、「経済と文化の両利き」をモットーの1つにしています。端的に言うと、われわれはビジネス書だけでなく、文化・リベラルアーツ的な本もきちんとセレクトして刊行していく、ということです。
今回の対談では、これによって、われわれがユーザーのみなさんにどういう価値を提供できるのか、という点をまずお話しできればと思っています。
2つ目ですが、上の「経済と文化」のうち、「文化」側のビッグタイトルとして、『21世紀の啓蒙』という本をこれから皆さんにお届けします。この本を読む価値についても、編集部としてきちんと皆さんにご説明したいなと思います。
〇佐々木 ぜひ。じゃ、早速やりましょうか。
<人類10万年史と「編集思考」>
〇富川 はい。ちなみに僕は海外の翻訳書の編集を12年くらいやっているんですが、これまでに手がけた本の中でも最高に面白いと思っている本が1つあるんです。マット・リドレーという科学ジャーナリストが書いた『繁栄:明日を切り拓くための人類10万年史』という本なんですが。
〇佐々木 ああ、あれはいい本ですよね。
〇富川 リドレーは「人類を進歩させてきたエンジンは何なのか?」という問いを立てて、10万年にわたる人類史上のあらゆるエビデンスを駆使して、1つの答えを出しています。それは何かというと、「アイディアとアイディアをかけ合わせる力」です。
〇佐々木 「編集思考」じゃないですか(笑)。
〇富川 まさにそういう話です(笑)。
たとえば人間は、大昔にとある場所で「紙」というマテリアルを発明しました。もちろんこれはすごい発明です。で、それとはまったく別の時代に別の場所で、人間は「印刷」という技術も発明した。これもすごい発明です。
でもリドレーは、人間が本当にすごいのはここからだ、と言います。つまり、人間はさらに1歩踏みこんで、「紙」と「印刷技術」という2つの発明をかけ合わせて、今度は「本」を生み出した。
つまり、アイディアとアイディアをクロスすることによって、人間は指数関数的に飛躍的に進歩してこられたし、これからもこの能力を磨き続けるべきだ――という話です。
〇佐々木 そうですね、うん。
〇富川 佐々木さんが『編集思考』で、2010年代のビジネススキルとして語っていることが、リドレーが人類10万年の人類史を検証して導いた結論の延長線上にあるというのが示唆的だなと思うんです。
10万年の人類史と、2010年代のディズニーやNetflixのビジネスモデルは、実は線でつながっている。
「経済と文化の両利き」になれれば、自分のビジネスだけでなく、人として世界を見渡す視野も広くなり、よりユニークなものの考え方もできるようになる――ということなんです。
<日本のビジネスパーソンには「ビジネス以外の素養」が欠けている>
〇佐々木 面白い。じゃ、その文脈で『編集思考』の話を絡めてみましょうか。
私が本の中で提案している「編集思考」には、「セレクト」「コネクト」「プロモート」「エンゲージ」の4つのステップがあるんですが、今回の「経済と文化」という文脈だと、一番大事なのは「セレクト」かな。あらゆる分野から一流の素材を選びぬいて、ストックしておくということです。
いま富川さんは、組み合わせることが大事だとおっしゃいましたよね。けど、文化、つまり哲学や歴史やサイエンスといった、ビジネスと直接関係しない分野についてのまともな素養が、日本のビジネスパーソンには圧倒的に欠けていると思うんですよ。もちろん私も含めて。
〇富川 なるほど。僕もまったく自信ありませんが。
〇佐々木 料理と同じです。まず良い素材を持っていないと、良い料理は作れない。ビジネス書ばかりを読んでいると、その人の中に素材が広がっていかないわけです。
でも、そこに文学的な素養であったり、一見無関係ないろんなものが入ってくると、アイディアが無限に出てくる。まさしく経済と文化のかけ合わせですね。
私は、これこそが日本のビジネスパーソンがイノベーションを起こす上で、遠回りに見えて実は一番の近道だと思っています。
だからこそNewsPicksが、ビジネス書と同時に、きちんとセレクトされた教養系の本を刊行していくことには、非常に大きな意味がある。両利きになるという意味でね。
〇富川 そう思います。たとえばペイパル創業者のピーター・ティールのバックグラウンドは、実は哲学ですよね。
〇佐々木 ルネ・ジラールでしたっけ?
〇富川 はい、当時スタンフォードで教鞭をとっていた大物哲学者ですね。
ジラールは、人間の本性は何なのかというテーマを「欲望」という切り口から考えた人です。
彼の卓見は、「人間は“他人が欲しがるもの”を欲しがる生き物である」というものでした。で、ティールはジラールの思想に共感していて、アカデミズムを離れて起業家・投資家に転身してからも「競争には絶対に加わってはいけない」という、通常のセオリーとは真逆の原則を貫いていますよね。ジラールが見抜いた人間の本性からして、競争に巻き込まれるのはデメリットしかないからと。
〇佐々木 「競争するな。独占せよ」ですね。
〇富川 はい。彼はジラールの哲学を受け継いで、それをビジネスに反映させている。海外のビジネスリーダーのバックグラウンドを見ていると、必ずしもMBAではなく、人文系だったりサイエンス系だったりと、「文化」に深く通じてる人たちが多いように思います。
「人間とはどういう生き物なのか」の探求に並々ならぬエネルギーを注いでいて、それについて自分の見解ができている。そしてそれが、自身のビジネスに生かされているように思えるんです。
〇佐々木 確かに。ブリッジウォーターの創業者、レイ・ダリオもそうですよね。彼の書いた『プリンシプルズ』は一種の哲学書ですからね。ダリオは「経済はマシーンだ」って言うじゃないですか。
ダリオのような人たちには、みな、自身の哲学や経験をベースにした。自分なりの研ぎ澄まされた法則があるんでしょうね。「こうしたら、こう動く」みたいな法則が頭の中にあるので、ブレない。
法則がないと、安易に流行りに乗っかったりしてブレてしまう。「プリンシプルがない日本」なんて言うと、白洲次郎になっちゃうけど(笑)。
<ビル・ゲイツが最大級の賛辞を寄せる『21世紀の啓蒙』とは?>
〇富川 NewsPicksパブリッシング第3弾では、第1弾の『編集思考』、第2弾の『他者と働く』というビジネス系タイトルに続いて、教養系のビッグタイトルが登場します。『21世紀の啓蒙』という本です。
〇佐々木 ビル・ゲイツが激賞するスティーブン・ピンカーの最新作ですね。ハーバードの超人気教授の。いや、私も読むのが楽しみです。
〇富川 この本、本国アメリカでは当初、2018年の2月末に出るはずだったんです。ところが、見本刷りを事前に読んでいたビル・ゲイツが、発売前に「この本はぼくのオールタイム・フェイバリットになるだろう」とツイッター上で大絶賛した。
それを受けて、原書の出版社は急遽2週間発売を繰り上げているんです。
〇佐々木 そんなことがあったんですか。ゲイツのそのツイート、最高のキャッチコピーですね。
〇富川 そういうこともあって、米英では刊行直後から大ベストセラーになっています。「エコノミスト」等の経済メディアをはじめ、クオリティメディアはこぞって本書を年間ベストブックに選んでいます。
〇佐々木 いや、すごい。
〇富川 『21世紀の啓蒙』にはビジネスのビの字もでてきません。でもそれをビジネスリーダーやゲイツのようなビジョナリーたちがこぞって読んでいる。
〇佐々木 ピンカー、すごい人ですよね。日本で彼に比肩する教養人って、ちょっと思いつかないかもしれない。
〇富川 この本のメッセージは、端的にいうと「世界は幸福に向かっている」というものです。
寿命から健康、所得格差、環境問題、紛争、犯罪、差別、幸福、等々、われわれが日々のニュースで目にするテーマは、この本でほぼカバーされています。『ファクトフルネス』以上にこれ1冊で大局観を養える、究極の教養書と言っていい。
あと論証の仕方も、「そういうところから引っぱってくるのか」といちいちプレゼンの勉強になります。
たとえばトランプに象徴されるような「偏見」「差別」は、実はこの15年で、トランプ政権誕生後ですら減り続けている、とピンカーは言います。
その根拠の1つとしてピンカーが持ち出してくるのが、各種差別用語のグーグル検索頻度だったりするんです。
過去15年の地域別グーグルトレンドで、検索ワードに占める差別用語の検索頻度は一貫して大きく減り続けている、と。もちろんそれだけが論拠じゃないですけど。
〇佐々木 ああ、それは面白いかも。私も早く読まないと。
〇富川 この本、冒頭の「第1部」の数十ページは、ピンカーを読みなれてない人には正直やや読みづらいかもしれません。啓蒙主義とは何かを理論的に説明し、さらにそれに対するバックラッシュに再反論するパートなので。
大事なパートではあるんですが、抽象度がかなり高いので、最悪ここは一旦読み飛ばしてもいい。
むしろ、「第二部」から手をつけたほうが理解度が各段に上がると思います。
〇佐々木 忙しいビジネスパーソンのための『21世紀の啓蒙』読解ガイダンス、というわけですね。そういう手引きはありがたいですね。
<ハングリーさとノーブルさを養う>
〇佐々木 「経済と文化の両利き」の具体的なかたちが見えてきて、ますます楽しみになってきました。
あと私が面白いと思ったのは、箕輪さんや堀江さんたちが打ち立てた、勢いのある一連のビジネス書の流れ、あちらとはカラーの違いが鮮明に出てきた点ですね。
うちの社外取締役でもある塩野誠さんはよく「ハングリー&ノーブル」って言うんですけど、まさしくそれかなと。箕輪さんや堀江さんはとにかくハングリーです。
〇富川 貪欲にがつがつする部分と、一歩引いて大局的に見る視点と。両方必要なんですよね。
〇佐々木 そうです。そういう意味で、ノーブルなものをNewsPicksパブリッシングが作って届けるというのは非常にバランスがいいと思う。
『他者と働く』著者の宇田川元一さんもノーブルじゃないですか。経営学者でありながら哲学や心理学、神学の深い知見がある、卓越した思想家でいらっしゃいますよね。もちろんピンカーもノーブルです。
〇富川 ええ、確かに。
〇佐々木 そういう意味では、先のビル・ゲイツは、ハングリー&ノーブルをもっとも体現する人かもしれません。Netflixのドキュメンタリーを観ていても、特にこの数年でノーブルさが出てきたなと思います。
〇富川 確かにそうかもしれません。20年前のゲイツにはノーブルな印象はあまりなかったですよね。パイを投げつけられたときとか。でもこの10年のゲイツには思想家としてのノーブルさを感じます。
〇佐々木 うん、見えてきましたね。NewsPicksパブリッシングが掲げる「経済と文化の両利き」って、つまりはビジネスパーソンに不可欠な「ハングリーさとノーブルさ」を養えるということだと私は思いますよ。
(了)
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