サムエル記上 3章
サムエルは一部始終を話し、隠し立てをしなかった。
エリは言った。
「それを話されたのは主だ。主が御目にかなうとおりに行われるように。」
サムエル記上 3:18
「わたしは死ぬばかりに悲しい。
ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい。」
少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。
「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。
しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」
マタイによる福音書 26:38-39
サムエルは胎内に居る時からナジル人として聖別され、幼い時から主の家で育つ、しかしながら主の家を守るべき宗教的権威は腐敗しきっており、そのため、モーセの兄弟であるアロンの子孫という聖なる家系に属し、大祭司を世襲していたエリの家は裁きを受けることになる。
本章においてサムエルは主より召命を受け、大祭司エリとその家に対する主の裁きの預言を告げる。
しかしながらエリはその主の裁きを受け入れる。
この信仰は素晴らしいとしかいいようがない。
エリは信仰者ではあったがその信仰は弱かったのだろうが、翻って私たちは大祭司エリほどの信仰すら持ち合わせているのだろうか。
:そして、誓いを立てて言った。
「万軍の主よ、はしための苦しみを御覧ください。
はしために御心を留め、忘れることなく、男の子をお授けくださいますなら、その子の一生を主におささげし、その子の頭には決してかみそりを当てません。」
サムエル記上 1:11
:「彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、 イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。
ルカによる福音書 1:15-16
:乳離れした後、ハンナは三歳の雄牛一頭、麦粉を一エファ、ぶどう酒の革袋を一つ携え、その子を連れてシロの主の家に上って行った。
この子は幼子にすぎなかったが、 人々は雄牛を屠り、その子をエリのもとに連れて行った。
サムエル記上 1:24-25
:「イエスは言われた。
「どうしてわたしを捜したのですか。
わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか。」
ルカによる福音書 2:49
:エリは非常に年老いていた。
息子たちがイスラエルの人々すべてに対して行っていることの一部始終、それに、臨在の幕屋の入り口で仕えている女たちとたびたび床を共にしていることも耳にして、 彼らを諭した。
サムエル記上 2:22-23
:主はモーセに仰せになった。
「祭司アロンの孫で、エルアザルの子であるピネハスは、わたしがイスラエルの人々に抱く熱情と同じ熱情によって彼らに対するわたしの怒りを去らせた。
それでわたしは、わたしの熱情をもってイスラエルの人々を絶ち滅ぼすことはしなかった。
それゆえ、こう告げるがよい。
『見よ、わたしは彼にわたしの平和の契約を授ける。
彼と彼に続く子孫は、永遠の祭司職の契約にあずかる。
彼がその神に対する熱情を表し、イスラエルの人々のために、罪の贖いをしたからである。』」
民数記 25:10-13
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