士師記13章

「主の御使いが彼女に現れて言った。


「あなたは不妊の女で、子を産んだことがない。だが、身ごもって男の子を産むであろう。


今後、ぶどう酒や強い飲み物を飲まず、汚れた物も一切食べないように気をつけよ。


あなたは身ごもって男の子を産む。


その子は胎内にいるときから、ナジル人として神にささげられているので、その子の頭にかみそりを当ててはならない。


彼は、ペリシテ人の手からイスラエルを解き放つ救いの先駆者となろう。」
士師記‬ ‭13:3-5‬



「しかし、エリサベトは不妊の女だったので、彼らには、子供がなく、二人とも既に年をとっていた。


(中略)


天使は言った。「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた。


あなたの妻エリサベトは男の子を産む。その子をヨハネと名付けなさい。


その子はあなたにとって喜びとなり、楽しみとなる。多くの人もその誕生を喜ぶ。


彼は主の御前に偉大な人になり、ぶどう酒や強い酒を飲まず、既に母の胎にいるときから聖霊に満たされていて、 イスラエルの多くの子らをその神である主のもとに立ち帰らせる。」
‭‭ルカによる福音書‬ ‭1:7, 13-16‬



士師記における中心的人物であるサムソンの受胎と誕生のエピソードであり、新約における洗礼者ヨハネの受胎告知の予型。



カトリックにおける教会論で神の母マリアが神の子を受胎したことは、教会が新たな神の子を洗礼によって生み出す予型である…とされるが


"胎内にいる時から"神に捧げられている人々のためにも、母たる教会は司祭、信徒の別なく穢れを断つべきだろうと思うなど(各国の司祭たちによる性的虐待事例を見ながら



士師サムソンにせよ、洗礼者ヨハネにせよ、神の子羊にせよ、またあらゆる人間にせよ、それらの人々の真の親は唯一の神、主であり、また、胎内に居る時から神に捧げられた人々には穢れや酔わせるものを避けて生きることが求められているのだろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?