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新規事業と法

趣旨説明

所属していたチームの週次定例会で発表した際の資料から社内のコンテキストをオミットする形で再編集して、note化したものです。
新規事業にまつわる諸々のリーガルアプローチについて、簡単に概観を得るための資料となっていますが、自分の当時の関心に寄っています。

法知識利用ガイドライン

困った場合は専門家を頼るとして、自力で容易にできる調査行動を以下に記します。

  • 解釈に立ち入らない端的な参照をしたい場合はe-Gov法令検索などでの閲読で十分だと思います

  • 境界事例などに対する司法判断を簡単に確認したい場合は判例六法や当該法令の専門書などを参照すると良いでしょう

    • AuthorやPublisherの専門性については要検討

    • 最近はアプリもある ex: https://www.monokakido.jp/ja/statute/moroku/

    • 参考にするドキュメントに困ったらやはり詳しそうな人に訊きましょう

法の積極的リデザイン

新しいことをしようとすると何かしら既存の規制にぶつかる可能性があります。
もちろん、法改正や規制緩和制度の利用をしないで済むのが一番スムーズではありますが、選択肢としてこういうのもあるよという認識があるだけでアイデアの枷を外せるかなと。

regulatory sandbox(規制のサンドボックス)

自分のchでも何度か言及しましたが、改めて書きます

現行規制に引っかかるような事業開発を検討している事業者に対して、所轄(規制元)官庁などから一時的許可を下す・特例事例としての認定を与えるなどの形でPoCが実施できるように便宜を図り、その経過・帰結を観察することで本格的な規制緩和を行うか検討するための制度とその概念です。

日本においても以下の制度のもとにregulatory sandboxが運用されています(2018年スタート、2021年施策の恒久化)

内閣官房
規制のサンドボックス制度

経済産業省
グレーゾーン解消制度・プロジェクト型「規制のサンドボックス」・新事業特例制度 (METI/経済産業省)

「立法趣旨に対して規制が過剰でないか」「法令が社会状況や技術発展に追従していないのではないか」などの疑念が生じていてかつそれが自社の事業の妨げとなっている場合、利用検討の余地があります。

実例

債権譲渡における第三者対抗要件の拡大などが実際に行われています。
(事例集の一番上にあったからこれ選びました)

↓上掲リンクよりも詳細な資料
https://www.meti.go.jp/policy/jigyou_saisei/kyousouryoku_kyouka/shinjigyo-kaitakuseidosuishin/press/221014_kouhyou3.pdf

以下、特に法学とか修めていないITエンジニアによる解説です。

【債権譲渡における第三者対抗要件とは】
AさんからBさんへの債権譲渡が行われました。債務者さんはこれから、AさんではなくBさんにお金とか返すことになるわけです。
が、そんなとき、突如としてCさんという債権者を自称するやべぇやつが出現し、債務者に「これからはオレっちに返してね」と囁きます。
債務者はCさんに言われるがままお金を振り込もうとしたとします。

この場面で、Cさんや債務者などに対して、Bさんが「ちょっと待てぇい、弁済相手が間違っているぞい。そいつはワシの債権になったはずじゃ!」などということを主張したいとしましょう。

このとき、法的な正当性を以って主張するには、債務者への債権譲渡通知または譲渡についての債務者の承諾が行われたことを示す、確定日付(債権譲渡登記や公証人による証明、内容証明郵便等の、証拠能力がありかつ変更できない日付の表示)のある証書が必要です(民法 第四百六十七条)。
※債権譲渡取引とその事実に関してはAさんBさんが当事者、債務者含む他の人間が第三者と捉えると、「第三者対抗」が何を表すのかはっきりするでしょう。というのも、全員が「紛争状況の当事者」ではあるため、生活語彙の「第三者」として認識しているとしっくりこないと思われるからです。

【債権譲渡における第三者対抗要件とは:法解釈】
主として二重譲渡状況に陥った際にどちらの譲渡が正当なものであるかを判断するための要件と認識して良いものと思います
例えば上記の例だと、AさんCさんを当事者とした債権譲渡の事実判断も別途想定されるのです
そして、BさんCさん双方ともが対抗要件を満たす書面を有していた場合に「先行した取引がいずれであるか」を確認するために確定日付が要求されてる、ということでしょう

【どういう変化なのか】
これについて、タイムスタンプ付きのトランザクションデータを保持するようなOLTPシステムで代替することまでは既に特例的措置が取られています。産業競争力強化法 第十一条の二)

債権譲渡における証書を、ブロックチェーン技術で代替することまで特例適用の範囲を拡大することが、特定の企業(オーナーシップ株式会社、株式会社 BOOSTRY、レヴィアス株式会社)に対して一時的に認められました。

仮に新規事業として開発したシステムでの債権譲渡取引が「債権譲渡の第三者対抗要件を満たさない形での譲渡」という扱いになってしまうと、譲渡取引の有効性・信頼性自体が当然に損なわれます。
つまり、Cさんとの泥沼バトルになる、Aさんが債権を有したままと見做される、などの法的問題の発生可能性への対処が十分にできているとは言えないため、ユーザーは安心して使えません。

そのため、事業者側からすると、債権譲渡の第三者対抗要件を満たすものとしてサービスを展開しなければ話が始まらないわけです。
が、一方、債権譲渡におけるブロックチェーン技術の活用は前例がなく、また新技術に対応していない頃の特例が存在するのみなので、現状は第三者対抗要件を満たすものとして明言しにくく、曖昧な状況にあります。
この状況を解消するために、サンドボックス制度を活用し、「事業者の提供するようなチェーンをいったん債権譲渡における第三者対抗要件を具備したものとして仮に扱いつつ、本当に証憑として機能するかを実運用ベースで検証することとなった」というわけです。

所感

「事業スキーム開拓のためにする法改正運動を漸進的に行うためのFW」であり、「中小企業でも実行可能な手続き」である、とまとめられるかと思います。

従来的な「対政党・対議員ロビイングなどの方法で法改正に絡み、施行を待つ」という長期化路線や、大量の資本投入による既成事実化などの実態先行路線がスタートアップにフィットしないものであったことを考慮すると、行政側にこうした体制があること自体、喜ばしい時代状況ですね。

以下、個別のコメンティング

  • 議論しているだけだと問題発見も難しいので実運用回して経過観察するのは合理的ですね

  • 制度利用自体がネット上でわかりやすい形で公告されている

    • ユーザー向けに自サイト上から「ちゃんと許可されてるよー」といった発信がしやすいのは安全で良い

  • あくまで規制緩和であり、「当初の立法趣旨自体を懐疑する」ほどのラディカルな申請は今のところ見当たらない

    • とはいえ、これは探索が足りないだけかもしれないです

  • どこまで適用可能なのかは申請手続きを実際に行って審査結果が返ってくるまでわからない

    • 事業者側からするとやはり不確実性の強いファクタとなり、痛みが伴います

  • 申請内容等が公告されることによって戦略概要が既存事業者に早期に把握され得るという点でリスク管理は必要となります

    • 大手が後ろから追いかけてくる可能性

  • 規制緩和当初の先行者利益を得ることはできるはず

    • 経験ベースでの知見積み上げや、当該分野でのフロントランナーとしての認知形成、アーリーアダプター顧客の獲得優位

  • 立法や改正の議論過程において意見陳述の場が得られる可能性がある

    • これに関して事例調査ができていないので予測ですが

水野祐『法のデザイン』(フィルムアート社、2017)

法のデザイン
法を単なる規制・規範として理解するのではなく、むしろ創造性・イノベーションの加速装置として理解するところから出発し、インターネット時代の社会設計論へと切り込んでいった書物です。

  • 前提となる概念の整理を行う第一部

  • 様々な分野における問題を渉猟し各論としてまとめあげた第二部

で構成されています。ちなみに著者の関連noteは以下。
野村総合研究所「規制改革による新規事業創造に係る調査」|水野祐(Tasuku Mizuno)

余談ですが、同社の書籍だとこれが推しです。
コミュニケーションのデザイン史 人類の根源から未来を学ぶ
「コミュニケーション・デザインと呼ぶべき行為は古代から行われていたのではないか」という発想のもと、地図・図書館・学校・手紙などを通時代的に論じています。
そこから得られた知見を、現代の「コミュニケーション・デザイン」概念・実践と結びつけて語るというわけです。
(品切れてるし、kindle化しないかな……)

運用実態と法とのかみ合わせが微妙な領域の例としての「著作権」

著作物の引用要件としてよく引き合いに出される引用の主従関係

自分の著作物と引用する著作物との主従関係が明確であること

などは、現代の文化的実情に即していると言えるかどうかが怪しいですよね。例えば、よくあるSNSなどでの「本の記述を抜粋して一言コメント」はこれを厳密に適用したらNG行動ですが、著作権者の利益を損ねる意図とその実害が薄く、宣伝にさえなり得る点で著作権者の権利保護とは衝突しません。

そうした著作者にとっても無害ないし有益な著作物利用は、著作権者側の部分的な権利放棄やガイドライン作成によって運用されている現状があります
(逆に言うと、著作権者側からこのようなアクションがないコンテンツについては、どのような二次創作をするにしても常に「グレーゾーン」になってしまいます)

このような状況に対して「積極的な法整備によってグレーゾーンを減らし、著作権者と著作物利用者との間でなめらかに行えるようになっていくと文化促進が期待できる」といった主張ができるはずです。
(OSS等のライセンス表示とその実体的な運用においても著作者利益保護の観点でこれとは別種の問題が生じていたりしますが、それについては機会があれば)

【事例】
ゲーム実況配信文化に対しての、著作権者側の歩み寄り運用例:

ガイドライン発信により、利害調整を図る例(株式会社アトラス)
【2023/6/14 更新】『ペルソナ5 ザ・ロイヤル』リマスター版 動画・生放送等配信ガイドライン更新(3学期解禁)のお知らせ | ペルソナチャンネル | ペルソナシリーズ最新情報

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