記憶より記録、の話。

10年以上前ではあるが、沖縄の暑さは何とか思い出せる。
けれど、アノ時何で笑ったかは思い出せない。
その代わり、アノ時笑っている写真は持っている。

これは少しだけの自慢だが、僕は高校で誰よりも早くiPhoneにした男だ。いや、たまたま発売時期に機種変更の時期が来ただけなのだが。母が無類の新しい物好きで「買おうよ!!」と僕よりもはしゃいでいたからなのだが。いずれにせよ、僕は言わば長崎出島、裏原宿、ブロードウェイ。トレンドをいち早く取り入れたのだ。

当時ほんの1年ほどチヤホヤされたが、あっという間に世間がスマホブームに飲まれ、iPhoneは決してマイノリティな機種ではなくなった。しかし、10年以上経った今現在、想いもしないアドバンテージを手に入れたのだ。

高校時代の、何気ない日常の写真がすべて、iCLOUDに保存されているのだ。
ありがとう、ジョブス。ほんま助かる。
アンタが作った雲の中に、俺の思い出は半永久的に残る。
雲の上のアンタに今一度礼を。

写真の中に、羽田空港の写真を見つけた。
高校時代だ。
様子を見るにこれは修学旅行の写真、つまりいま正に出発をする空港での写真だ。なんとなく、並び方からして「全員集合」の最中である事が伺える。それにしても不思議なのは、全員がやたら笑っているのだ。引率の先生が出発を前に爆笑トークをしたとは思えない。
では、この笑顔は一体?

「沖縄だろ、ここは」
その日、僕の高校では修学旅行の行き先を決める重要な決議が行われていた。生徒が行き先を完全に決める訳ではない。沖縄、北海道、山陰という3箇所から、班分けされた生徒がそれぞれ班の総意として行き先を希望するシステムであった。一見、好きな場所を選ぶだけに見えるだろう。ところが、リスクもあるのだ。人気な場所を選んでしまい、希望者が定員を超えてしまった場合、抽選になってしまうのだ。
北海道も捨てがたい場所だ。
しかし沖縄の気分だったのに北海道、では意味が違う。
ラフテーが食べたい口の所に、生キャラメルが来ても困る。

それにこの修学旅行は高校生活の一大イベントである。
ここで勝負に出ないで何が漢か。
僕達は沖縄に希望をだし、何とか見事当選する事が出来た。

個人的には一度も行った事の無かった沖縄。
照り光る太陽とサンダルの間に入り込みチクチクする砂浜。
会ったこともない「おばぁ」達を想像するだけでワクワクする。

皆、これ以上ない高揚感をトランクに詰め込み、羽田空港へ集合した。
待ってろ沖縄。なんくるなくない旅行にしてやる。
そんな意気込みは、実際に僕もあった。
ところが、もっちゃんはその遥か上を言っていた。

空港に来たもっちゃんは、アフロヘアになっていた。

いわゆる「ダンスマン」のアフロではなく、おしゃれパーマの最大版のような、カッコイイパーマのアフロだ。それは別に良い。正直似合っている。問題はそこではない。

うちの学校は、パーマ禁止なのだ。

とはいえこっそり、あくまで「ワックスです。フォグバーです。UNOです」みたいな顔をして、やんわりパーマをあてる生徒は珍しくなかった。しかしもっちゃん、それは無理やって。すぐバレるもん。まるでトイプードルだ。

全員集合の際、当然すぐに先生にバレた。
怒りの形相で、なんくるなくない顔で近づいてくる。
「おい!その頭、どーした!?」


「寝癖です」

この一言で、僕達はどっと湧いた。
無理がある。
寝ながら常に回転しても無理だ。
しかし、その無理さを感じさせない様な、平然とした顔でもっちゃんが言うのだ。あまりのつぶらな瞳に、先生も笑っていた。

「お前、東京帰ったら戻せよ!」
呆れ口調ながら、お咎めは保留となった。
それもその筈、まもなく飛行機の登場時刻だ。
ここでパーマごときで揉めている場合ではない。

その時、戦慄が走った。
そうか。
これがもっちゃんの狙いだったのか。

もっちゃんは今、パーマを当てた。
羽田空港で怒られた。
おそらく帰りにも怒られる。
ただそれだけ。そう、それだけなのだ。
たったそれだけの犠牲で、彼は一生分の「記録」を手にした。
つまり、後世に残る全ての「修学旅行の写真」に彼はアフロで写れるのだ。恐ろしい程の策士。そうか、今怒られる位なんでもない。僕達の一生は長いのだから。

他にも懐かしい写真が多い。
皆元気だろうか。少なくとも写真の僕らは笑っている。
この写真が無かったら忘れていた事だろう。
記憶より記録が大事な瞬間もあるようだ。


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