劇場の話。

珍しいお仕事の依頼が来た。

兼ねてよりお世話になっている作家の方からのご依頼だ。何でも作家として『神保町よしもと漫才劇場』で行われる若手芸人ライブの審査員をして欲しいとの事だ。嬉しかったので、すぐにお返事させてもらった。ただ、僕なんかが審査員で良いのだろうかという疑問はある。確かに作家だけど、僕ですよ?と。

作家には様々なタイプがいる。
芸人さんとチームを組み、ネタや賞レースへの戦略を組んだり、YouTubeを共に作るタイプの作家が昨今では1番知られているのではないだろうか。

他にも、ナレーションを得意とする情報番組や報道の作家さん。バラエティのコーナー企画を得意とする作家さん。クイズや謎解きを作る作家さん。
ここに更に、舞台を描く劇作家、映画の脚本家、アニメのシリーズ構成とが混ざり合っているのが我々「作家」という仕事である。
一口に「作家」と言ってもこんなに居るのだ。

では、僕はその内のどれなのか。

僕は『ものまねグランプリ』という番組で沢山のものまね芸人さんとはお仕事させて頂いているが、案外漫才師やコント師の方とは関わりがない。
情報番組を担当しているが、報道とは無関係のコーナーを作っている。
クイズは殆ど作った事がない。
舞台は書く。映画も書く。アニメも書いた。

さぁ。一体どれなのか。

マルチに活躍。我々作家は失礼ながら、何か一点に突破したわけではないゲストさんに対しこのワードを良く使う。良く言えばマルチに活躍。悪く言えば、何屋さん?なのだ。さて。ガク屋は何屋か。舞台裏と同じ語感になるのもムズ痒い。ガク屋よ、果たして。



神保町の歴史を一手に担った様な顔の古本屋が立ち並ぶ。
チェーンの喫茶店でさえ店内は読書家でいっぱいだ。
活字離れがどこへやら。この街にある活字の総数は、人生で読む事の出来る文字数の何倍なのか。全てを読めない事が既に悔しい。

大通りを一本、裏手に回ると劇場がある。
昔ながらの芝居小屋を彷彿とさせる「のぼり」がなんだか嬉しい。

通常の劇場(この場合舞台公演をやる劇場の意)には色が無い。物理的なカラーリングの意味ではなく、なんと無く『雰囲気』に色が無いとでも言うべきか。それは当然、その劇場を使って時には人を笑わせる、時には人を泣かせ、時には人を恐怖で震わせるからだ。何かの色があると、時に邪魔をしてしまう。

ところがここはお笑いの劇場だ。笑いを作る為の場所だ。遠慮は要らない。内装は全体的に暖かさを感じる。
寄ってって!良かったら、笑かすよ!
そんな気前の良さが何となく見える。

お笑いの審査員と聞くとどうしてもM-1のそれを想像してしまうが、そんな大それた物ではない。審査も舞台上ではなく、劇場の上部にひっそりある「オペブース」とよばれるロフトのような空間で行う。お客さんは審査員の存在は知っていても、それが僕だとは知る由もないという具合だ。

オペブースの内容は芝居小屋のそれと変わらなかった。
あの、職人達と機材が並ぶ、裏で装置をコントロールしているコックピットのような空間は昔から好きだ。飛行機の管制塔や、ホワイトベースのデッキなんかを彷彿とさせる。演者よ、弾幕薄いぞ。何やってんの。こんな具合だ。

程なくしてライブはスタートした。

今回は若手芸人さんによる3分の新ネタを8組が披露し、お客さんの投票と我々審査員の票を合算し、選ばれた2組が決勝で先輩芸人と戦うという仕組みになっている。正直僕の勉強不足で、知っている芸人さんは居なかった。けれど、それが余計にワクワクさせてくれたのも事実。さぁ、見せてもらうか。こんな具合だ。

客席はご時世柄、お世辞にも賑わっていると言える人数では無かった。
ところが、だ。

破竹だ。

破竹の勢いで笑い声が上がる。
もちろん演者の方々はすごく面白かった。けれど、それ以上に笑い声が爆ぜるのだ。

そう、ここはお笑いの劇場。
お客さんは笑い声を出したくて来ている。
普段僕らが見ている景色とは、基準が違うのだ。
例えるなら「何が起きるの?」と見てるのが芝居の劇場。
「さぁ、笑わせてくれ!」と観てるのがお笑いの劇場といった具合だ。
需要と供給がマッチする事で物事は爆発する。
食べたい時に食べたい物を食べられる事程美味しい物は無い。
テトリスの水色はいつだって待ち望む。
そんな化学反応が今目の前で起きている。


出場者は9組とも面白かった。
途中でつい仕事である事も忘れかけていた。
 
これだよな、と思った。
狭く暗い空間に大の大人が集まって、静かにして、じっとして観る。
他にこんな空間があるだろうか。言わば『合法的ごっこ遊び会場』
それが劇場だ。

何もオンラインを否定する気はない。
技術によってこんなご時世でも届けられるなら、それはそれで素晴らしい。
ただやっぱり、劇場って良いなと純粋に思ったのだ。

思えば劇場に来たのも久々だったな。
丁度1ヶ月後には、今度は僕が劇場で皆様をお迎えする立場になる。
我々の劇場は無色・無味・無臭な空間だ。自由だけど、難しい。
ぐにゃぐにゃのテトリスはどこにハマるのか。
探りながら、作りながら、爆ぜたいと心から想う。

今日も稽古だ。昨夜観たあの化学反応に負けてたまるか、そんな気持ちを持ちながら準備を始める。『笑いに来てくれたお客さんを爆笑させる』のは当然凄いが、こちとら『観に来てくれたお客さんを爆笑させる』のだ。
ラーメン屋に足を運んできたお客さんにラーメンを食べてもらうのと、街中で歩いている人にラーメンを食べてもらうのでは難しさが違う。
ん、この例え合ってるのだろうか?
どちらにせよ、負ける気はしない。
いい意味で帯がきゅっと締められた。
さぁ、こっちの番です。
ご贔屓に、ご贔屓に。

軒先に、ガク屋の暖簾がかけられた。

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