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【GAKUDAI PARK STREET & STORIES】vol.2:洋食ムチュ

学大小路はエリアを拡張し、装い新たに「GAKUDAI PARK STREET」として生まれ変わります。2024年2月〜秋頃にかけて、学大のカルチャーやローカルを感じられる、個性豊かなショップが続々とオープン予定。この「GAKUDAI PARK STREET & STORIES」では、それぞれのお店と、そこで働く人の思いをお届けしていきます。 

多様な食が集う学大エリア。個性豊かな個人店が立ち並んでいるが、意外とザ・洋食屋さんというのはあまり見かけない。そんななか、学大高架下にクラシックな洋食屋さんが誕生した。

その名も、「洋食ムチュ」。学大十字街の人気店「酒場 浮雲」のオーナー・有川毅さんが、このまちで新たに仕掛けるお店だ。

「洋食ムチュ」について語る前に、オーナーである有川さんの経歴を簡単に紹介したい。

宮崎県出身の有川さん。調理師免許を取得後、20歳でスイスのチューリッヒに渡り、1年半ほど日本料理店で修行を積んでいる。その後帰国し、東京で初めて住んだのがこの学大だったのだそう。

イタリアン料理店や、碑文谷のもつ鍋店などで経験を積んだのち、独立して2019年に「酒場 浮雲」をオープン。居酒屋でありながら、今までの経験を詰め込んだ独創的な料理と、センスが光る空間で、常にたくさんの人で賑わう人気店になった。

2店舗目へのチャレンジも、割と早い段階から考えていたという。

「僕自身、多店舗展開したいわけではなくて、自分のやりたいことを表現したいんですよね。そのなかで、いつか自分の好きな洋食屋と町中華をやりたいという思いがありました。そうしたら、ちょうど一年前くらいに、この高架下の物件が空くという話をいただいて。

高架下の施設の一角となると、外観はどうしても画一的になるので、そのぶん店の中にちゃんと重みを持たせないと全体的に軽い印象になってしまうと思ったんです。だからこそ、ここでやるならクラシックな洋食かなと。ある意味高架下っぽくない感じを目指しながら、店のコンセプトや内装を決めていきました」

有川さんが「洋食ムチュ」で表現したいのは、町洋食よりワンランク上の洋食屋。銀座の洋食屋さんのようなクオリティは保ちつつも、まちに溶け込むようなお店だ。

ロゴデザインは、アートディレクターの秋山具義さんが担当

「ムチュ」というポップなネーミングは、みんなが“夢中”になれるようなお店にと、常連さんが付けてくれたのだそう。候補は複数あったが、オノマトペっぽい響きで、まちの人たちにも可愛がってもらえそうだということで、この名前に決まった。「ムチュ」と口にするたび、その可愛らしい響きについ頬が緩む。

一方で、内装はアンティークでまとめ、クラシカルな印象に。

以前有川さんが働いていた「もつ鍋うみの」のオーナーが、アンティーク家具屋をやっており、鏡も椅子もライトも揃えてくれたのだそう。真鍮の質感も、重厚感を持たせるのに一役買っている。

「店名が可愛らしいので、内装はクラシックさを意識しました。洋食はご年配の方も好きですし、美味しいものを食べたいと思う幅広い年代の方に使ってほしいので、足し算・引き算をめちゃくちゃ考えましたね」

ただクラシカルなだけでなく、ところどころに散りばめられた明るい差し色にセンスを感じる。ちなみにお手洗いはかなりポップなので、ぜひチェックしてみてほしい。

メニューは、ハンバーグにオムライス、エビフライ、カレー、チキン南蛮など、種類が豊富。有川さん自身が、「あったらいいな」と思うものが詰め込まれている。さらに、すべてのメニューにトッピングとして、ハンバーグやエビフライ、コロッケなどを一個から付けることができるので、「ちょっとだけ食べたい」という願望も叶えてくれる。

「洋食屋の良さって、みんなが好きなものが集まっていて、それを自分でカスタムして楽しめることだと思うんですよね。一つのプレートの中にエビフライやハンバーグが乗っていて、タルタルソースとデミグラスソースが混ざったところのキャベツが美味しかったりして。

今考えると、そこで僕自身の料理人としての基礎ができたと思っているんです。これとこれを組み合わせたら、こんな味がするんだって、洋食の一つのプレートの中で勉強させてもらったなって。そういう自分でカスタムする楽しさを用意してあげたいと思ったら、こんなにメニューが増えちゃって大変ですけど(笑)」

食材はなるべく国産にこだわり、牛肉、鶏肉、豚肉も最高級のものを仕入れて使っている。どれも美味しそうで迷ってしまうが、この記事では3つ紹介しようと思う。

エビフライ

こちらは、存在感のあるエビフライが、大胆にどーんと3本も乗った人気メニュー。

「エビにもいっぱい種類があって、食感がプリプリのものとブリンブリンのものがあるんですよ。僕はプリプリがあんまり好きじゃなくて、ブリンブリンのエビを使っています」

パン粉は、パンから焼き上げてつくっている武蔵小山のパン粉専門店「中屋パン粉工場」さんのものを使用。歯ざわりの良さを意識して、その粗さにもこだわっている。コーン油と米油をブレンドし、さらにラードを加えた油で揚げることで、ほんのりとした甘さと香ばしさを感じるエビフライに仕上がるのだそう。

添えられたこだわりの自家製タルタルソースは、卵の味が濃厚で、ブリンブリンのエビによく合う。(有川さんの地元・宮崎はチキン南蛮の発祥地で、タルタルソース文化がさかん)

ナポリタン

ナポリタンは、「酒場 浮雲」の人気メニューをそのまま展開。懐かしさを感じさせる、素朴な見た目にほっこりするが、じつは一般的なナポリタンにはない隠し味が入っている。

「ケチャップは塩味と酸味が強いので、そこを中和する役割として、マスカルポーネを混ぜているんです。さらに旨味とコクを出すために牡蠣醤油もプラスすることで、香ばしさも感じられるようにしています」

たしかに、食べてみるとその違いがわかる。旨味がしっかりとありながら、マイルドでやさしく、とにかく飽きが来ない。まさに、老若男女に愛されるナポリタンだ。

「長年続いている洋食店って、味がめっちゃやさしいんですよ。一口食べたときは『お、結構控え目だな』と思うけれど、食べ終わる頃にはまた来たいなという気持ちにさせられる。それが、いろんなお店を食べ歩いてきて共通していたことだったんです。だから、お客さんにとって何度でも来たくなるくらいのやさしさを意識してつくっていますね」

国産黒毛和牛タンシチューオムライス(数量限定) 

もしどれにしようか迷ってしまったら、ぜひ食べてほしいのがこちら。A5ランクの黒毛和牛の牛タンをトロトロになるまで煮込み、デミグラスソースと合わせたものを、ふわふわ卵のオムライスにかけた数量限定メニューだ。

「こんなにいいんですか?」と言いたくなるくらいごろっと入った牛タンは、口に入れた瞬間、ほろほろと解けていく。旨味たっぷりのシチューと絡まって絶品だ。

また、包まれているチキンライスにも秘密が。デミグラスソースを作るときに出る香味野菜の屑を、ミキサーにかけてペーストにし、それをチキンライスに混ぜることで旨味が出るのだそう。

デミグラスソースと言えば、洋食屋の命。有川さんが休みのたびに都内の洋食屋に通い、美味しさの理由を分析しながら一年かけて仕上げたものだ。

「やっぱり“歴史”なんですよね。古くからある洋食屋さんはどこも、継ぎ足しながらデミグラスソースを作っていて、その積み重ねられた味には勝てないじゃないですか。僕みたいな始めたばかりの洋食屋がそういうお店と渡り合っていくためにできるのは、洋食の基本的なことを大事にしつつも、新しい調理技術や知識を上手く足して、自分の味に落とし込んでいくことだと思うんです」

ちなみに、デミグラスソースにはこんな素敵なエピソードも。

「デミグラスソースのベースを、うちの両親に作ってもらってるんですよ。もう70代半ばで仕事もしていなかったんですが、年を取っても何かやりがいを感じられることをしてもらいたいなと思って。そこで単純に毎月仕送りするのではなく、非常勤という形で両親にベースを作って送ってもらって、月々お給料を支払っているんです」

デミグラスソースをつくるには、約一週間かかるらしい。そこで、時間のかかる煮込みの工程をご両親にお願いし、送ってもらったものを有川さんがお店で仕上げるという体制をとっているのだという。しかも、実家の近くに畑を借りて、使用する香味野菜を育てるところからご両親がやっているというから驚きだ。

「親は料理人でもなんでもないんですが、うちのおかんは料理が上手いんですよ。帰省してご飯を食べさせてもらうたびに、自分はこの人の味で出来上がっているんだなって感じますね。僕の料理人としての原点だと思います」

2024年3月9日にオープンして以来、「洋食ムチュ」の評判は上々。客層は、年配の方から子ども連れのファミリーまで幅広い。すでに2回、3回と通ってくれているお客さんもいるという。

「美味しいものを食べたいと思っている、大人の方々に使ってもらえている感覚です。やっぱり『学大にはあんまり洋食屋さんがないから嬉しいね』って言ってもらうことが多いですね。自分の中で感じてこうして形にしたものを、実際にお客さんが汲み取って言葉で伝えてくださるので、やってよかったなと思っています。軌道に乗るまでは、まだまだ大変ですけどね(笑)」

「酒場 浮雲」に続き、この「洋食ムチュ」で新たな挑戦を始めた有川さん。最後に、これから学大高架下でどんなお店に育てていきたいか聞いてみた。

「僕としても、せっかくならこの店を長く続けたいですし、学大のケーキ屋さんでお馴染みの『マッターホーン』さんみたいに、洋食と言えば『洋食ムチュ』と思ってもらえるようなお店にしていきたいですね。もうすぐテラス席も作るので、外で昼飲みもできますし、入口と反対側の窓からテイクアウトできるようにして、碑文谷公園で食べてもらうのもいいなって」

今後、ランチ以外の時間帯は雰囲気を変え、午後はカフェ、夜はビストロにしていく予定だそう。アルコール類も豊富。夜にかけてどんどんカジュアルになっていくお店というのも、斬新で楽しみだ。

特別な日に大切な人と行くもよし、毎日頑張る自分へのご褒美で一人で行くもよし。
これからきっと、学大の洋食のニュースタンダードになるお店の味を、ぜひ体験してほしい。

洋食ムチュ
東京都目黒区鷹番3-4-25
TEL: 03-4400-0241
営業時間(ランチ):11:30〜14:30 (LO: 14:00)
    (ディナー):18:00〜22:00(LO: 21:00)
定休日:水曜日
Instagram:@yoshoku_muchu

取材・文 むらやまあき
写真   長島萌桃


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