フォークナー『響きと怒り』解説 《サブキャラ含めた登場人物まとめと、大まかな物語構成》
はじめに
この小説は20世紀のアメリカ文学における最も優れた、あるいは最も重要な作品の一つと目されている。
私の主観でいえば、20世紀のアメリカなどといった時代と地域にとどまらず、古今東西あらゆる世界文学の中でも指折りの傑作だと思っている。物語、テーマ、手法、すべてにおいてスケールが大きく、クオリティが高い。
だから、これから『響きと怒り』を読もうとする日本語読者は、複数種類刊行されている日本語訳のどれかを読み始めれば、それで楽しめる。
私がこのコラムで目指すのは、文庫の解説やウィキペディアで紹介されていない事項の解説である。
一度でも『響きと怒り』の魅力に取り憑かれた人間なら、知っていることばかりだろうと思う。読めば分かる内容だ。
これから読もうとする人、今まさに読んでいる人にとって、物語世界の理解を少しでもサポートできればよいと思っている。
※本作は、ストーリーをあらかじめ知っていても、充分読書の愉しみを享受できると思うが、ネタバレがあるので、未読の方はご注意いただきたい。
物語構成
1章 1928.4.7(通称ベンジー・セクション)
一人称 語り手→ベンジャミン(3男)
ベンジャミン33歳の誕生日。
ベンジャミンが耳にする人々の言葉を通して、過去回想が時系列によらず複雑に行われる。(この手法は一般に「意識の流れ」と呼ばれる)
2章 1910.6.2
一人称 語り手→クエンティン(長男)
クエンティン20-21歳。ハーバード大学1年。
1章と同じく意識の流れの手法を用いて語られる。
繰り返しや句点なしなど、文法の破綻がみられる。クエンティンの精神状態の不安定さを表していると思われる。
3章 1928.4.6
一人称 語り手→ジェイソン(次男)
ジェイソン35歳くらい。
ジェファソンの町の中心、南部兵士の銅像と郡庁舎のある近くの荒物屋で働いている。
綿花の株式を行いつつ、姪クエンティンの奔放さに世話を焼いている。
4章 1928.4.8
三人称 視点人物→ディルシー、ジェイソン
日曜日。復活祭の日。
朝、姪クエンティンが家出している(1章4/7でベンジャミンとラスターは目撃している)
ディルシーはフロニー、ラスターにベンジャミンを連れて教会にいく。
ジェイソンは金を盗まれたクエンティンと男をおい、サーカス団のところへ行く。
しかし、二人は見つからず、仕方なくジェファソンに引き返す。
登場人物
呼び名は1章の語り手ベンジャミン(5歳まで名はモウリー)の視点を踏襲。
ベンジャミンが用いる読み方で表記、カッコ内は本名となる。
※この文章の底本は岩波文庫版(平石貴樹・新納卓也訳)です。
コンプソン家 (「白人」)
・お父さん(ジェイソン・リッチモンド・コンプソン3世)
(?-1912)
元弁護士。晩年は世を拗ね、アルコール依存症となっている。
近親相姦などを含め、この世界に処罰に値する罪など存在しないと考えている≒ニヒリスト。
・お母さん(キャロライン・バスコム・コンプソン)
(?-1933)
バスコム家の生まれとして、南部淑女の精神を受け継いでいる。病気がち。クエンティンの自殺とキャディの性的奔放さ、ベンジャミンの知的障害を罰当たりに感じている。
・モウリー伯父さん(モウリー・L・バスコム)
キャロラインの弟。コンプソン家に居候している。一時期隣家のパターソン夫人と関係があり、キャディとベンジャミンに恋文を配達に行かせていた。
・クエンティン(クエンティン・コンプソン)
(1889?-1912)
2章の語り手。長男。知的で真面目で繊細。ハーヴァード大学在学中に自殺する。キャディの処女性に没落阻止の願いを託す。
赤毛。
・キャディ(キャンダス・コンプソン)
(1891?-?)
長女。ベンジャミンの面倒を最もよく見る(ベンジーと呼ぶ)。子供のころはおてんばで勝ち気。
思春期になるとともに複数の男と関係を持ち始める。一家の没落を防ぐことを視野にハーバートと婚約するも、その時点で別の男との子を妊娠しており、婚約破棄される。
娘のクエンティン出産後は彼女のために養育費を送る。
・ジェイソン(ジェイソン・コンプソン4世)
(1893?-?)
次男。子供の頃、なんでも両親に言いつける。子供の頃からキャディを嫌っている。
ベンジャミンをジャクソン(州都)の精神病院に入れればよいと、物心ついた段階から考えているが、キャロラインが死ぬまでは実行しない。
キャディの結婚相手ハーバートの斡旋により銀行への就職が決まっていたが、キャディがハーバードと別の子(クエンティン)を身籠ったため離婚、就職がなくなり、キャディを恨んでいる。
1928年現在は一家の大黒柱としてジェファスンで働いている。
しかし、25セントをねだるラスターに与えないなど、極度の倹約家。台所の卵の数まで数えている。
・ボク(ベンジャミン・コンプソン)
(1895-?)
1章の語り手。三男。話せない。キャディ(の思い出)と火と鏡を愛している。涎を垂らして叫ぶ。
・クエンティン
(1911-)
キャディの娘。父親は不明。生後間もなく母親の元を離れてコンプソン家で暮らすことになる。
母親と同じく性的に奔放で、家系の町での評判を気にするジェイソンと関係が悪化。
4/7はサーカスの元団員である赤いネクタイの男と庭のブランコで情事。
4章にて彼と、ジェイソンの金を奪い家出する。
ギブソン家(「黒人」)
コンプソンに一家で仕えている。料理等の家事を担当している。
登場人物はみんな訛っている。
・ディルシー
4章の中心的人物。料理ほか担当。ラスターの祖母。自らの子供と孫だけでなく、クエンティン、キャディ、ジェイソン、ベンジャミンをも育てあげたと自負している。敬虔なキリスト教徒。ジェイソンと姪クエンティンの関係では、クエンティンの肩を持つ。
あまり一般的ではないが、私は『響きと怒り』の主人公といってよいと思う。
・ロスカス
ディルシーの夫。1920年ごろに死去。
・フロニー
ディルシーとロスカスの長女。ラスターの母親。
7/6にラスターに25セント玉をあげる。
・ヴァーシュ
ディルシーとロスカスの長男。成人後はメンフィス(テネシー州。ジェファソンから80マイルほどの距離にある大都会)で働く。
初代、ベンジャミンのお守り役。
・ティー・ピー
ディルシーとロスカスの次男。
二代目、ベンジャミンのお守り役。
・ラスター
(1914-)
フロニーの息子。(父親はヴァーシュ(長男とは別人))
14歳。現在のベンジャミンのお守り役。
サーカスでみたノコギリをギターにする芸に心酔し、4/8に試している(かわいい)。
その他のキャラ
(1章)
・パターソン夫人
モウリー伯父さんの不倫相手。
・パターソン
その旦那
・赤いネクタイの男
サーカス団員(退団しクエンティンと駆け落ち)
マッチを火をつけたまま飲み込み吐き出す芸ができる。
・チャーリー
キャディの恋人。
(2章)
現在
・シュリーヴ・マッケンジー
クエンティンの友人でルームメイト。ハーヴァード大生。眼鏡をかけ、太っている。カナダ人。
・スポード
クエンティンの先輩。ハーヴァード大生。サウス・キャロライナ出身の四回生。
・ジェラルド・ブランド
ハーヴァード大生。女たらし。ケンタッキー州出身。クエンティンはしばしばドールトン・エイムズと重ねあわせている。
・ブランド夫人
その母。息子ジェラルドのハーヴァード入学を機に一緒にボストンに引っ越す。話が長い。
・ホームズ
パーティに参加する婦人。
・デンジャーフィールド
パーティに参加する婦人。
・3人の男の子
川でマス釣りをしている。
・パン屋で出会う女の子
イタリア系だが、身元不明。クマの縫いぐるみのような目。おさげ髪。小きたない。パン屋に一人でいたが、クエンティンについていき、ともに行動する。
ジュリオ
イタリア人。片言で話す。女の子を「妹」と呼び、女の子と一緒にいたクエンティンを誘拐犯として訴える。
アンス
保安官。
回想
・ハーバート・ヘッド
キャディの婚約者。裕福な家柄の銀行員。フレンチ・リックという温泉保養地でキャディと出会う。1910年のジェファソンでの結婚式の際、町では誰一人持っていない自動車でやってくる。
・ドールトン・エイムズ
キャディのボーイフレンドの一人。キャディの処女を奪った相手としてクエンティンに怨まれる。
元軍人で、人を殺した経験がある。
・ナタリー
クエンティンの恋人。納屋で抱き合っているところをキャディに見られる。キャディと仲が悪い。
(3章)
・アール
ジェイソンの働く店の店主。
・ジョーブ爺さん
ジェイソンの同僚。
・ロレーン
ジェイソンの愛人。メンフィスで水商売をしている。
・マック
ドラッグストアの店主。ジェイソンとヤンキーズのホームラン王ベイブ・ルースの話をする。
・ミンク
御者(回想)
(4章)
・ジーゴグ牧師
セントルイスからジェファソンの教会に来た牧師。皺だらけの黒い顔で、小さなサルのよう外見をしている。
家畜
・クイニー コンプソン家が飼っている老馬。馬車をひく。
・プリンス コンプソン家が飼っている馬。2章に登場。
プロット
1章のプロット
物語上の現在に起こる出来事は以下のとおりである。
舞台 ミシシッピ州ジェファソン
柵のすきまからゴルフ場でゴルフしている人々をみる
↓
川で洗濯している人たちをみる
↓
ラスターがなくした25セント玉をさがす
(今日の夜サーカスを見るために必要)
↓
ゴルフボールを拾う
↓
ラスターが拾ったゴルフボールをゴルフしている人々に25セントで売ろうとする
↓
ラスターが25セント玉と間違えてコンドームの缶を拾う
↓
ブランコでクエンティンと赤いネクタイの男(情事と思われる)を目撃する
(クエンティン怒る。ジェイソンがベンジャミンを見張りに使ってると考える)
↓
台所でディルシーがベンジャミンのケーキを用意している
↓
ケーキを食べる
↓
キャロラインが降りてくる
↓
2階にあがる
クエンティンが家出(窓からナシの木をつたって降りる)するのを目撃
この現在のうち、さまざまなきっかけで過去回想がはじまる。
例)ゴルフする人々が「キャディ」を呼ぶと、姉の「キャディ」が早期される。
過去回想のメインとなるのは、一貫したキャディのベンジャミンに対する庇護である。
キャディは結婚して家を出るまで(あるいはその前年の処女喪失まで)のあいだ、最もベンジャミンの面倒を見る人物である。
ベンジャミンは匂いに敏感で、「木の匂いのする」キャディを好み、それ以外の匂いがすると泣き喚く。キャディはそのことに気づき、(またキリスト教徒である南部淑女としては当然のことでもあるので)、貞操を守ろうと努力しているようだが、それも叶わない
→南北戦争敗北以後の南部社会の没落と重ねあうように書かれている。
2章のプロット
物語上の現在に起こる出来事は以下のとおりである。
舞台 マサチューセッツ州ボストン
朝、クエンティン、コンプソン家に代々受け継がれた懐中時計を壊す。
時間を告げる鐘の音を聞かないように過ごそうとする。
↓
パーカーホテルで朝食。
↓
葉巻を買い、黒人たちにあげる
↓
時計屋に寄る
↓
金物屋で自殺用の錘を買う
↓
川を渡る時、ボートに乗るジェラルドを見つける
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電車に乗りぶらつく
↓
パン屋でイタリア人移民の女の子に出会う
女の子が懐き、彼女の家に送り届けようとする
↓
女の子の兄と名乗るジュリオに訴えられる
↓
保安官に6ドル払い解放される
↓
パーティに向かうため、シュリーヴ、スポード、ジェラルド、ジェラルド母、婦人二人と車に乗る
↓
ジェラルドが婦人に語りかけてるとき、ジェラルドに殴りかかり、やり返され、怪我をする。
↓
一行と別れ、電車に乗り、大学寮へ向かう
↓
準備をし、寮を出る
この間に主にキャディについての回想が複雑に繰り返される。
ドールトン・エイムズをめぐるキャディの処女喪失についてと、ハーバード・ヘッドをめぐるキャディの結婚および結婚式について。またキャディの処女喪失後の父ジェイソンとの会話も繰り返され、南部の伝統を引き継ぐ繊細なクエンティンと虚無主義的なジェイソンの意見は対立する。
この章を通してクエンティンは鐘の音に注意を払いつづけるが、それはジェイソンが語った「時間」に対する言葉が影響していると思われる。
3章のプロット
舞台 ミシシッピ州ジェファソン
ミス・クエンティンが学校をさぼることを悲観するキャロラインに対し、ジェイソンは躾をしようとする。
↓
ロレーンの手紙をみる。
↓
職場に行くが、綿花の相場のことで頭がいっぱい。
↓
昼にミスクエンティンがキャディからの小切手を取りにやってくる。
↓
家に帰り昼食を取る。
↓
サーカス団の楽隊の演奏が聞こえ、店の客は減る。
↓
午後、ミスクエンティンを見かけ、仕事そっちのけで車で尾行する。
頭痛がするのでドラッグストアでコーラを買う。
↓
家に帰る。ラスターがサーカスを見るための25セント玉をねだるが、あげない。
↓
キャロラインと話す
回想では、クエンティンが生まれた当時、娘の顔を見にジェファソンにくるキャディとの場面等が描かれる。
4章のプロット
舞台 ミシシッピ州ジェファソン
日曜日。
ディルシーはいつものように起きて働くが、前日のサーカスで興奮して夜更かししたラスターは寝坊している。
キャロライン、ジェイソンが起きてくるがミスクエンティンがいない。
↓
ジェイソンは車でクエンティンを追いかける。
ディルシーはフロニー、ラスター、ベンジャミンとともに教会へ出かける。
ジーゴグ牧師の説教に感銘を受ける。
↓
ジェイソンは隣町のサーカス団に追いつくも、そこの団長にクエンティンの男はもう所属していないといわれる。
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黒人に小遣いをやり運転を頼み、ジェファソンへと戻る。
↓
ディルシーたちは家に帰る。昼食後、
ベンジャミンが泣き止まないため、キャロラインに迷惑がかかると感じたディルシーは、ティーピーがくる16時を待たずラスターの乗馬で馬車をひき、墓に向かうことにする。
↓
郡庁舎前でラスターが運転を誤り、ベンジャミンが泣き叫ぶ。
ちょうどジェイソンが合流し、馬車の方向を直す。
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