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かつての仕事を振り返ってみた

保育の世界に関わって、今年で18年目を迎える。
さらに、福祉の世界に広げてみると、プラス1年。60歳が定年だった時代であれば、半分が過ぎようとしている。ということもできる。

なんと恐ろしや。

若手だと思って甘えてきたことも、今では常識の範囲とされて当然であるし、勢いや発想、長期計画などといっても「20代と比べるとな〜」とか「本当にこれに時間を使って大丈夫か?」と、我に問うことも増えてきた。

つい先日、社長に「経験としてやってみたい」と、とある業務委託の仕事の情報を送ったのだが
「それ、どのくらいやるの?」と訊かれ「う〜ん、1年ですかね?」と私としては短めの期間を伝えたつもりが
「自分たち、もう40歳だよ?そんな時間なくないか?」と言われ、確かに。以外の言葉が出なかった。

そうだ。

経験や調査など、悠長なことは言っておられず、これまでしてきた経験をしっかりと踏まえた上で、本当に必要なことに時間と労力を充て、確かな一歩を歩んでいく時期に来ているのだ。

妙に納得したタイミングで
「だって、もうやってきたでしょ。同じところで、いつまで勉強とか、学ぶとか言ってるの?」
とさらに言葉が飛んでくる。もはや返す言葉はなし。

先週の「がじゅまる学習塾限定講座」のなかで、新年度の期待と不安についてみんなで話をした。

  • 主幹保育教諭になって1週間、事務仕事の単語の意味からわからない!肩書きがつくと、周りの見る目が変わってくる中で自分の意識も変化してきている(気がする)

  • 思うような気持ちが出せなくて、転職。申し送りが先入観にならないように気を配りながら、保育をしている。求めていた場所にたどり着いている感覚!保育の仕事を続けてきてよかったと、喜びを噛み締めている。

  • できることをやるのみ!これまでは「仕掛けよう」と意気込んできたが、周りの先生たちが成長していく中で「活かしたい」という気持ちになってきた。活かせることがたくさんあるし、少しずつ芽生えてきていることが嬉しい。

毎週日曜日の午前中。5〜15名の参加者で、講座を続けてきた。
子どもの部活送迎の合間、旅行先のホテル、家族を見送る車内など、自由なスタイルで参加する塾生。
50代が中心で、園長経験者や異業種からの転職者、北陸から結婚で沖縄に来た人など、様々。

それぞれの声を聞いていると、不安はそこそこに「何ができるか」「これまでの経験をどう活かしていくか」という視点を持って、仕事にあたっていることが頼もしい。

自分を振り返り、先に向かって"ぽん"と、物事を前に投げ出しながら、日々の行動が変わっていっていることがわかる。


さてさて、本題に入ろう。

その講座の中で、主幹保育教諭(主任保育士)の役割って、なんだろう?という話題が出た。

「園によってさまざま」と言って仕舞えばそれまでだが、ここで整理しておきたいことは「業務」と「役割」の違いと、いきなりベテラン主任のような振る舞いをしないこと、目指さないことの2つだ。
参考までにキャリアアップ研修の動画を載せておこう。

役割を踏まえた上で、さらに私が現場で働いていた頃に心がけていたこと・実践していたことの話をした。

先に押さえておきたいのだが。
保育士の仕事は性質上、目の前のことに対応することが中心で、思いを持つほどに消耗する傾向があり、仕事(ここでは業務の意味)を覚えたら、特に学びや成長がなくとも職を追われることはない。

是非があることを承知で言うと、頭を使ってスキルを鍛えずとも、成立する仕事なのである。

医療的ケアが必要な子どもへの対応は学んでできたとしても「そもそも、本来の業務・スキルを考えた上で受け入れること自体が可能なのか」ということを議論することは、ないに等しい。

むしろ「できない」「こわい」「がんばります」「断ることはかわいそう」といった、反射的な反応や、感情で処理されていることが事実である。


保育の仕事の性質は、これまでも幾度となく伝えては来たが、わたしが実践してきたことを話した記憶はないので、一つ事例を紹介した。

保育の仕事が場面的になりやすいことを承知して、せめて効果的に研修を受けて欲しいとの思いから、このようなものを渡していた。

著書より抜粋。
改めて読んでみると、具体性に欠けるが、一人一人の保育者が、自分の存在価値や成長の見通しをもてる職場にしたいという思いは強くあった。

年間、30〜40枚は出していたのだろうか。
今の私にとっては、記憶の片隅にある程度のことだが現在の仕事に通じることがたくさんあることは、無視できない。

研修に出すことは、園長には年に何回もあることであっても、出される側の保育者にとっては年に1回しかない場合もある。予算を使うから、時間を使うから、といった業務的なことではなく「人」に対して学びに込めた期待を伝えることを大切にしたかったのだ。

また、次のような文章もあった。

研修が義務・権利で語られることが多いが、あくまでも「機会」であり「期待」があることを園の中でも共有できると、現場での実現性にも変化が出るのではなかろうか?

自分の仕事を振り返ってみると、根底にあることは変わらず、表現方法やできることが変化しているだけだということに気がつく。
役職や年齢、経験や育ちにかかわらず、人にはそれぞれ活かす事のできる能力があり、それを発揮していくためには「見つけ出す」「自分で認める」「磨く」「トライアンドエラーを繰り返しながら試していく」「伝授する」「しがみつかず、次のステップに行く」の段階が必要だ。
そして、そこを併走するサポーターがいると、なおいい。

そんなこんなで、過去の自分の仕事から、改めて自分を発見し、明日の仕事の準備をする。

一人ひとりのお話を聴く機会。
基本は、本人の主体的な気付きを促すことです。
知識と経験をフル稼働させます!

いつでも・どこでも・いつからでも。

2023.04.12

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