ありふれた恋

 好きになった相手は男でも女でもない者だった
 一言で述べると化け物と呼ぶべき風体をした彼か彼女かわからないそれに、私は恋をしてしまったのだ
 けむくじゃらの見た目に似つかわしく、衣服の類を一切身に着けておらず、唇から涎が止めどなく溢れ、突き出た鼻に頬まで切り裂かれた口から納まりきらない立派な犬歯が異様な存在感を示している

 それを始めて目撃したのは路地裏だった
 野犬が共喰いでもしているのかと思った
 よく見ればそれは、二足で立っており肉塊になっている何かにむしゃぶりついていた
 狂犬かと思った
 野犬すら碌に見たことのない私には、涎を垂らして肉にがっつくそれを正しく認識する事が出来なかったのだ
 それと目が合った
 底が抜けた様な黒い瞳に目を奪われた
 動けない
 身がすくんで棒立ちになっていた
 それは私が逃げられないのを気がついているのか、ゆっくりと私に近づいてくる
 血と涎で汚れた舌が私の肌に触れる
 鋭い爪が服を切り裂き肌を突き破る
 尋常ならざる力で抑えつけられた私は、抵抗する間もなく喰いつかれて意識を失った
 病院で目が覚めると、左腕の肩から先が失われていた
 あの日の出来事を思い出し、あまりの恐怖に布団の中で震えて過ごした
 
 次にそれと出会ったのはあれから数年が過ぎた頃だった
 あれから何もかもが失われた
 それまで築いた私の地位も生活もあの化け物に食い散らかせられたのだ
 ただ呆然とした日々を過ごしていた
 身内からは同情され正気を疑われ距離を置かれた
 私に残されたのはあの化け物だけだった
 
 月が明るい晩だった
 あの化け物が私を軟禁している家に現れた
 それを見て発狂した身内の人間を眺めるのは愉快な気分だった
 切り裂かれ潰され噛みちぎられる彼らを見ていて思わず笑った
 アハハハ!!
 と、漫画みたいな笑い声が家中に響いた
 それと目が合う
 あの時と変わらぬ深く沈んだ目をしたそれを今度は愛しく思ったのだ。

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