見出し画像

学校一斉休校は正しかったのか?(ちょい読み)

連休明けの5/6に刊行いたしました。
https://honto.jp/netstore/pd-book_30964683.html
水谷哲也・朝岡幸彦編著『学校一斉休校は正しかったのか?ー 検証・新型コロナと教育』(筑波書房)

第1章 学校一斉休校は正しかったのか
朝岡幸彦・岩松真紀(草稿)*引用は書籍からお願いいたします。

1 学校一斉休校はどのように評価されたのか
 私たちが生きる「この世界」(2020年〜2021年の世界)における喫緊の課題が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19 /以下、組織及び文書名以外は「新型コロナ」と略)への対応であることは間違いない。学校に限らず、国や地方自治体の教育機関は否応なく新型コロナ感染拡大への対応を迫られ、ウィズ・コロナを意識した取り組みを進めざるを得なかった。その焦点となるのが、「学校一斉休校は正しかったのか」という問いであり、これから再び一斉休校をする可能性があるのかという疑問である。ここでは、新型コロナ第一波への対応の検証を中心に学校や社会教育に何が求められてきたのか、これから何を求められるのかを考えたい。
 日本における新型インフルエンザ(インフルエンザ(H1N1)2009)による「学校閉鎖」の有効性を示した論文がある。学校閉鎖措置は感染経路対策として有効である可能性が高いことを示しつつも、学校閉鎖の効果を検証する方法は一定せず、影響する因子も多様であって、多くの課題を残していることを明らかにした(内田他、2013)。電子ジャーナルプラットフォームである「科学技術情報発信・流通総合システム」(J-STAGE)で、「COVID-19または新型コロナ」と「休校」をキーワードに検索すると、95件のヒットがあった(2021年2月17日現在)。2020年8月以降発行のものが82件をしめ、多い順に3つの分野(重複有)をあげると、心理学・教育学系45件、情報科学系36件、一般医学・社会医学・看護学系33件である。95件のなかには、文章や年表のなかに単語が含まれる巻頭言・年表・講演なども含まれ、そのものを主題として扱っているものはあまり多くはない。休校中の授業を自分の実践や当時の状況を時系列に振り返ったり、休校中の子どもや教員のメンタルヘルスを扱ったものがみられる。学習する権利についてふれたものは2つあった。「文部科学省による各種通知と地理教育の関係について-情報提供-」(三橋、2020)では、第二波前の時点で「学び」の方向性として「生徒が納得して家庭学習することの重要性」をあげ、「特に家庭学習は『やらせる』のではなく『自ら学ぶ』ことを志向することで、『学びの保障』につなげることが求められている」と結ぶ。もう1つは、(学校ではないが)公民館を閉鎖する指示が出された結果、「学ぶ機会を与えられる基本的人権と公衆衛生上の懸念によるこの基本的権利の制限との間に矛盾が生じました」と指摘するもの(日本公民館学会年報)である(山本、2020)。
 また、月刊『教育』(旬報社)は早い時期(2020年8月号)に「コロナ一斉休校と子ども・教育」という特集を組み、「子どもの生存権と学習権をどう守るか、全力の試行錯誤が続けられている」様子を伝えている。『人間と教育』108号(2020年12月)特集「不確かさを生きる コロナ時代の社会と教育」で、コロナ禍での全日本教職員組合(全教)の調査が報告されている。5~6月の調査から休校中の保護者がいだいた「放っておかれ感」やオンライン授業で教師がいだく「理解度のつかめなさ」等が明らかにされた(宮下、2020)。さらに109号(2021年3月)特集「コロナパンデミックが問いかけるもの」でも、子どものからだと心・連絡会議等によるコロナ緊急調査の結果から「おとなの認識とは異なる子どもからみた学校の存在意義を垣間見ることもできた」と指摘され(野井、2021)、シカゴ教員組合の学校再開に向けた当局との粘り強い運動と交渉が紹介されている(山本、2021)。『学校が「とまった」日 ウィズ・コロナの学びを支える人々の挑戦』(東洋館出版、2021)は、2020年3月下旬にたちあがったプロジェクトの共同研究のまとめである。データやインタビューをもとに事態を総括して、「学びをとめない」が意味するものは「授業提供のみならず、学校が暗に果たしてきた機能、①子どもの健康保障。②子ども同士の関係保障、③学力保障」などを、機能不全に陥らせないことだという。さらに、学校がなくても「学びを継続できた子」の特徴は、「①生活リズムを大きく崩さなかったこと ②やることが把握できていたこと ③ストレスを解消する方法があったこと」とされる。
 欧州疾病予防管理センター(ECDC)は、『Q & A on COVID-19』(ECDC、2020)のなかで、学校は社会と子どもたちの生活に不可欠な部分であるため、広範囲にわたる学校の閉鎖は最後の手段と見なされるべきであり、病気の蔓延を抑えるために他の措置が講じられた後にのみ考慮されるべきである、としている。ユネスコでも、学校閉鎖と学習環境の喪失に関する調査が行われ「日本は、学校閉鎖の初めから遠隔教育にバランスの取れたアプローチを取ることを優先事項とした」と指摘されている(UNESCO、2020)。これまでの研究では、個々の事例や報告が積み重ねられてきているが、他の措置との関係性までを考えるものはない。ひとまわり大きな視野で、学校閉鎖(一斉休校)を考えるような研究が求められている。まず、新型コロナの感染拡大(第一波)に政府や教育行政がどのような対応をとってきたのかを振り返りたい。

2 新型コロナへの政府の対応と教育行政
(1)「日本モデル」とは何か
 新型コロナ(COVID-19)に関わる緊急事態宣言を全国で解除するにあたって、安倍首相は記者会見で次のように述べた。
「我が国では、緊急事態を宣言しても、罰則を伴う強制的な外出規制などを実施することはできません。それでも、そうした日本ならではのやり方で、わずか1カ月半で、今回の流行をほぼ収束させることができました。正に、日本モデルの力を示したと思います」。
 ここでいう新型コロナ第一波に対応した「日本モデル」とは何かを、調査・検証しようとしたのが『新型コロナ対応民間臨時調査会 調査・検証報告書』(アジア・パシフィック・イニシアティブ、2020年10月)である。この「日本モデル」という表現は新型コロナウイルス感染症対策専門家会議(以下、「専門家会議」と略)の「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020年4月1日)で最初に使われ、5月29日の「状況分析・提言」でそれが一定の成果を上げたと評価して、その成功要因を以下のように整理している。
 ①中国及び欧州等由来の感染拡大を早期に検出したこと。
 ②ダイアモンド・プリンセス号への対応の経験が活かされたこと。
 ③国民皆保険による医療へのアクセスが良いこと、公私を問わず医療機関が充実し、地方においても医療レベルが高いこと等により、流行初期の頃から感染者を早く探知できたこと。
 ④全国に整備された保健所を中心とした地域の公衆衛生水準が高いこと。
 ⑤市民の衛生意識の高さや(欧米等と比較した際の)もともとの生活習慣の違い。
 ⑥政府や専門家会議からの行動変容の要請に対する国民の協力の度合いの高さ。
 特筆すべきこととして、⑦効果的なクラスター対策がなされたこと。
 報告書は、日本政府の第一波への対応(日本モデル)とその結果を「泥縄だったけど、結果オーライだった」(官邸スタッフヒヤリング)という言葉で表現している。たしかに、新型コロナによる人口比死亡率は100万人あたり8人、2020年4-6月期のGDPの落ち込みは前期比マイナス7.9%、失業率2.9%とまずまずの「結果を出した」と評価されている。とはいえ、「関係者の証言を通じて明らかになった『日本モデル』の形成過程は、戦略的に設計された緻密な政策パッケージのそれではなく、様々な制約条件と限られたリソースの中で、持ち場持ち場の政策担当者が必死に知恵を絞った場当たり的な判断の積み重ねであった」との指摘は重要である。

(2) 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)への政府の対応
 このように場当たり的な判断の積み重ねでなんとか乗り切ったと評価される新型コロナの第一波と「日本モデル」について、その経過と特徴を確認する必要がある。新型コロナへの政府の対応を、次の四つの時期に区分して評価することができる(表1-1)。

【第Ⅰ期(潜伏期)】2020年2月24日まで
 中国・武漢市における原因不明のウイルス性肺炎の発生が発表されたのは、2019年の大晦日(12月31日)であった。日本政府は2020年1月6日に厚労省検疫所ホームページ「FORTH」で「擬似症」という概念を使って注意喚起を図った。1月15日に武漢市に一時帰国していた日本国内最初の症例(患者)が発見され、1月21日に第1回関係閣僚会議を開催し、中国全土に「感染症危険情報レベル1」(渡航注意)を出した。
 1月24日には中国湖北省への渡航中止が勧告され、新型コロナを感染法上の指定感染症に指定する政令を公布(1月28日)した。1月30日にはWHOがPHEIC(緊急事態)を宣言する(2月11日にCOVID-19と命名)とともに、新型コロナウイルス感染症対策本部(以下、「政府対策本部」と略)第1回会合が開かれた。2月3日に横浜港にダイヤモンド・プリンセス号が入港して臨時検疫を開始したことが、新たな展開をもたらした。2月13日には国内初の死者が出るとともに、政府対策本部が「新型コロナウイルス感染症に関する緊急対応策」を決定(2月14日に専門家会議を設置)し、新型コロナを検疫法第34条の指定感染症としたことを受けて、2月17日に厚労省は「相談・受診の目安」(風邪症状や37.5度以上の熱が4日以上続く場合)を公表した。  

【第Ⅱ期(拡大期)】2020年3月12日まで
 2月25日に政府対策本部は「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」を決定した。「学校等における感染対策の方針の提示及び学校等の臨時休業等の適切な実施に関して都道府県等から設置者等に要請する」とされた。また、今後の進め方について「地方自治体が厚生労働省と相談しつつ判断するものとし、地域の実情に応じた最適な対策を講ずる。なお、対策の推進に当たっては、地方自治体等の関係者の意見をよく伺いながら進めることとする」と述べていた。
 しかしながら、安倍首相は全国的なスポーツ・文化イベント等の2週間の中止、延期または規模縮小等の要請をした(2月26日)ことに加えて、全国すべての小中高校と特別支援学校に対して3月2日から春休みに入るまでの臨時休校を要請した(2月27日)。この要請を受けて、3月4日時点で全国の公立小学校の98.8%、中学校の99.0%、高等学校の99.0%、特別支援学校の94.8%が「臨時休業」を実施した。
 また、3月9日には専門家会議が「新型コロナウイルス感染症対策の見解」を発表して、いわゆる「三密」(①換気の悪い密閉空間、②多くの人の密集場所、③近距離での会話や発声をする密接場面)の回避を呼びかけた。

【第Ⅲ期(規制強化期①)】2020年5月13日まで
 政府は、社会的な緊張の高まりを受けて「新型インフルエンザ等対策特別措置法」の一部を改正した(3月13日公布)。3月26日には特措法第一五条に基づく政府対策本部が設置され、28日に「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」が決定された。
 3月中旬頃に「自粛疲れ」と呼ばれる緩みが生じる中で、吉村大阪府知事の兵庫−大阪間の往来自粛要請(3月19日)や小池東京都知事の「ロックダウン」発言(3月23日)、日本医師会の「医療危機的状況宣言」(4月1日)などの社会的な危機感の高まりを受けて、4月7日に7都府県(埼玉、千葉、東京、神奈川、大阪、兵庫、福岡)を対象に緊急事態宣言が発出され、4月16日には全国に対象区域が拡大された。宣言と同時に改定された基本的対処方針では「最低7割、極力8割程度」の接触機会の削減を目指すことが明記され、各都道府県知事と国との役割が曖昧さを残しながらも書き分けられた。その後、緊急経済対策や補正予算の成立を経て、専門家会議から「新しい生活様式」が公表された(5月4日)。

【第四期(規制緩和期)】2021年1月6日まで
 政府が39県の緊急事態宣言を解除(5月14日)して以降、全国での解除(5月25日)を経て、次第に感染者数が増加する中でイベント開催制限の緩和(7月10日)、GoToキャンペーンの開始(7月22日)など規制の緩和へと向かう状況がつくりだされる。
 新型コロナの感染者数から6月下旬には第二波に入ったと考えられるが、政府の政策対応に大きな変化がないことから7月末までを【第Ⅳ期A(規制緩和期①)】、8月以降を【第Ⅳ期B(規制緩和期②)】と区分できる。さらに秋から冬にかけての感染者の急増(第三波)の到来を受けて、2度目の緊急事態宣言を1都3県(東京、神奈川、埼玉、千葉)に発令(1月13日に7府県を追加)した1月7日以降を【第Ⅴ期(規制強化期②)】と区分することができる(巻末資料 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をめぐる文科省の主な動き(通知等)参照)。

(3) 文科省の対応
 文科省は政府方針に対応して通知等を出してきた。ここでは、学校等の教育現場での対応が急速に整備される、【第Ⅰ期(潜伏期)】 【第Ⅱ期(拡大期)】の対応を確認する。
 1月24日に新型コロナ関連では教育行政として初めて、文科省5課連名で「新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する対応について(依頼)」が出された。また、感染法上の指定感染症に指定する政令が公布(1月28日)されたことを受けて、文科省2課が「新型コロナウイルス感染症の『指定感染症』への指定を受けた学校保健安全法上の対応について」を出して「校長は、当該感染症にかかった児童生徒等があるときは、治癒するまで出席を停止させることができる」とした。
 2月17日の「相談・受診の目安」を受けて、文科省健康教育・食育課は「学校における新型コロナウイルスに関連した感染症対策について」(2月18日)を通知した。ここで注目されることは、「教育委員会や学校等の判断で、独自の基準等を設けている場合は、当該運用に従っていただいて構いません」としていることである。後に問題となる全国学校一斉休業のような一律の「要請」ではなく、少なくともこの時点では教育委員会や学校ごとの判断が尊重されていたのである。こうした地域や学校の判断を尊重する姿勢は、政府対策本部の「基本方針」(2月25日)を受けた文科省3課の「学校の卒業式・入学式等の開催に関する考え方について」でも、学校の卒業式や入学式等について「一律の自粛要請」ではなく「感染が発生している地域」で「学校の設置者」が実施方法の変更や延期等を検討する形で踏襲された。
 しかしながら、安倍首相によるイベントの中止・延期等に関する要請(2月26日)と全国一斉学校臨時休校の要請(2月27日)は、文科省の対応を一変させた。
 2月26日に文科省地域学習推進課は「社会教育施設において行われるイベント・講座等の開催に関する考え方について」を、文化庁政策課長も「各種文化イベントの開催に関する考え方について」を出して、「今後2週間に予定されているもの」について「中止、延期又は規模縮小等の対応」を要請した。2月28日には、文科省事務次官が「新型コロナウイルス感染症対策のための小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校等における一斉臨時休業について(通知)」で、小・中・高校と特別支援学校等に「本年3月2日(月)から春季休業の開始日までの間」、学校保健安全法第20条に基づく「臨時休業」を行うよう通知した。
 一斉臨時休校にともなう学習支援について、3月2日に文科省2課が「新型コロナウイルス感染症対策のための臨時休業期間における学習支援コンテンツポータルサイトの開設について」で「臨時休業期間における学習支援コンテンツポータルサイト」の開設を通知した。他方で、文科省2局長1部長 、厚労省1局長・1部長の連名で「新型コロナウイルス感染症防止のための小学校等の臨時休業に関連した放課後児童クラブ等の活用による子どもの居場所の確保について(依頼)」(3月2日)を出して、放課後児童健全育成事業や放課後等デイサービス事業を「原則として開所」することを求め、教職員が放課後児童クラブ等における業務に携わることや学校に子どもの居場所を確保すること、教室・図書館・体育館・校庭等の活用を積極的に推進することを認めた。
 3月5日には文科省健康教育・食育課からより包括的な「新型コロナウイルス感染症対策のための小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校等における一斉臨時休業に関するQ&A」が出され、状況の変化に合わせて更新が繰り返されるようになった。
 その後、3月24日に「新型コロナウイルス感染症に対応した学校再開ガイドライン」が出され、緊急事態宣言の解除に合わせて各教育委員会の判断で時差登校、時間短縮等の経過措置をとりながら、次第に通常授業に戻ってきた。

3 学校一斉休校問題の背景
 それまで教育委員会や学校の判断を尊重するかたちで進められてきた学校等の教育現場における新型コロナ対応に、一律の対応を迫ったものが安倍首相による全国一斉学校臨時休校の要請(2月27日)であった。この全国一斉休校要請に至る経緯を新型コロナ民間臨調報告書は、「専門家の発信に影響された政策決定」の事例として分析している。
 専門家会議は、2月24日に「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針の具体化に向けた専門家の見解」を出し、その記者会見において尾身副座長が「コロナウイルスに対する戦いが今、まさに正念場というか今まさに瀬戸際に来ている」と発言した。専門家会議による「瀬戸際」発言は全国一斉休校の要請を想定していなかった(「学校閉鎖はあまり意味がない」との発言が勉強会でもあった)が、この発言を深刻に受け取った安倍首相が首相補佐官のアイデアをそのまま要請として発言したようである。政府対策本部(第13回)で策定した「基本方針」(2月25日)での全国一律の自粛要請を行わないという方針が、翌日の政府対策本部(第14回)席上で「突然の変更」をされたことに出席者は戸惑い、現場は混乱を極めたと証言されている。
 文科省事務次官通知(2月28日)にあるように、公立学校の臨時休校は学校保健安全法第20条の規定に基づいて「学校の設置者」が行うものとされており、全国一律の一斉休校を要請する権限は首相にも自治体の首長にも存在しない。法的な根拠のない安倍首相からの休校要請であったにもかかわらず、公立学校のほぼ99%が「臨時休業」したのである(文科省、2020年3月4日(水)8時時点・暫定集計)。
 荻生田文科相は慎重な姿勢をみせ、文科省として一斉休校の必要はないと考えていると申し入れたものの、官邸は一斉休校実施に向けて調整を進めた。2月27日の政府対策本部(第15回)において、安倍首相は「全国すべての小学校、中学校、高等学校、特別支援学校について、来週3月2日から春休みまで、臨時休業を行うよう」要請した。この時点でも、荻生田文科相は春休みの前倒し(春休み時に授業が可能)と理解していたのに対して、安倍首相が「ずっと閉じます」と発言したことで一斉休校の意味が政権内で十分に整理されないまま行われた。
 このように専門家会議でも疫学的な観点から効果に疑問が出され、学校を所管する文科省の意図とも異なる形で唐突に提起された全国一斉休校の要請は、学校教育現場に多くの混乱をもたらした。直後のNHKの世論調査では、臨時休校の要請は「やむを得ない」との回答が69%を占めるなど、国民から一定の評価を受けたと指摘されている。しかしながら、日本小児科学会による病院アンケート調査(全国の約150病院、1月から10月上旬に感染した472の子ども)の結果から、感染場所の8割が家庭で、学校や保育園・幼稚園は約1割にすぎなかったことが明らかとなっている(東京新聞、2020年11月1日付)。その意味では、2020年6月から2021年1月までに新型コロナに感染した児童・生徒の約半数(6,394人)が、全国的な感染者の増加に比例して1月上中旬に感染していると文科省が公表する(2月26日)など、学校の再開・休業と別の要因で感染しているとも考えられる(朝日新聞、2021年2月27日付)。

4 一斉休校を繰り返さないために
 新型コロナ第一波への政府及び文科省の対応をみる限り、「日本モデル」と呼びうる緻密な政策パッケージではなく「場当たり的な判断の積み重ね」と考えざるを得ない。とりわけ、安倍首相による唐突な学校への全国一斉休校の要請は、その効果も含めて疑問が持たれているだけでなく、教育委員会や学校での判断を尊重する対応から画一的でトップダウンによる対応へと転換されたという意味で大きな転機となった。はたして、こうしたやり方が子どもたちの学習権を保障するものなのか、厳しく検証される必要がある。
 2回目の緊急事態宣言の発出を目前とした2021年1月5日に荻生田文科大臣は、「自治体の判断となるが、地域一斉の休校は社会経済活動全体を停止する場合にとるべき措置で、学校のみを休業することは避けるべきだ」と述べた(朝日新聞夕刊、2021年1月5日付)。1回目の緊急事態宣言解除後に小中高校の授業が対面型で「再開」される中で、遠隔授業を主とする大学等に対して慎重な言い回しながらも「感染防止のための対策を十分に講じた上で、対面による授業が適切と判断されるものについては、対面授業の実施・再開を検討いただきたい」(大学等における授業の実施状況、2020年12月9日)と繰り返し求めてきた文科省の一貫した姿勢がわかる。確かに現時点(2021年3月)で、第一波における全国一斉休校の要請が正しい政策判断とは言えないものの、これから遭遇する可能性のある「未知の感染症」に対して一斉休校を「禁じ手」とすることにはリスクがある。
 とはいえ、緊急事態宣言やウィズ・コロナのもとで、「命か自由かの選択」として教育や学習を制限することを、「やむをえないもの」と断定できるのかという問題がある。「移動の自由や職業の自由はもとより、教育機関・図書館・書店等の閉鎖によって学問の自由や知る権利も、公共的施設の使用制限や公共放送の動員等によって集会や言論・表現の自由も一定の制約を受けることが懸念される」(日本ペンクラブ声明)のである。
 まさに、新型コロナと「共存」する社会の中で、どのように「学び」を継続・発展させることができるのか。私たちは歴史に試されているのである。
(本章の原稿は、民研設立30周年記念論文集『民主主義教育のフロンティア』旬報社、2021年に掲載された原稿の一部を加筆修正したものである)

引用・参考文献
European Centre for Disease Prevention and Control. COVID-19 in children and the role of school settings in transmission - first update. Stockholm; 2020.
UNESCO COVID-19 response–remote learning strategy Remote learning strategy as a key element in ensuring continued learning Version 2 as of July 2020.
アジア・パシフィック・イニシアティブ『新型コロナ対応民間臨時調査会 調査・検証報告書』、2020年。
内田満夫他「わが国におけるインフルエンザ(H1N1)2009 に対する学校閉鎖の効果」『日本衛生学雑誌』68巻、2013年
田中智輝・村松灯・高崎美佐編著『学校が「とまった」日 ウィズ・コロナの学びを支える人々の挑戦』、東洋館出版、2021年
日本ペンクラブ声明「緊急事態だからこそ、自由を」、2020年4月7日。
三橋浩志「文部科学省による各種通知と地理教育の関係について-情報提供-」『新地理』68巻、2020年
宮下直樹「ウイルスより、先生のピリピリが嫌だ : コロナのもとでの子どもとせんせい」『人間と教育』108巻、旬報社、2020年
山本秀樹「コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的流行)による社会的影響」『日本公民館学会年報』17巻、2020年


2021年5月6日
編者 水谷哲也(東京農工大学感染症未来疫学研究センター長)
編者・監修者 朝岡幸彦((一社)日本環境教育学会会長/東京農工大学教授)
監修者 阿部 治(ESD-J代表理事/JEEF専務理事/元立教大学教授)

 本書『学校一斉休校は正しかったのか?』は、2020年2月末に安倍首相(当時)が全国の学校一斉休校要請をしたことで学校教育現場にとどまらず、社会教育施設やその他の教育文化施設の閉鎖・事業中止があい次いだという事実を検証しようとしています。「ロックダウン」のような法的拘束力を伴わないものの全国の学校の99%が休校したことで、第一波における典型的な「日本モデル」と見られており、子どもの教育や市民の「学び」を止めたという政策を事実に基づいて評価しようとするものです。
 問題は、「未知のウイルス」のパンデミックに遭遇した際に、“ふたたび”子どもや市民の「学び」を「止めてよいのか」ということです。本書は、東京農工大学感染症未来疫学研究センターの研究知見をもとに、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の再発や新型インフルエンザ感染症の流行を含む、「未知の感染症」に遭遇した学校や社会教育施設、文化・スポーツ施設等が状況を正確に把握して「学びを止めない」ための対応指針と指標を提起することも目的としています。

【編者経歴】
水谷哲也(東京農工大学感染症未来疫学研究センター長、教授)
https://kenkyu-web.tuat.ac.jp/Profiles/39/0003840/profile.html
2003/08- 国立感染症研究所ウイルス第1部 主任研究官
『新型コロナ超入門:次波を乗り切る正しい知識』東京化学同人、2020年10月
『新型コロナウイルス:脅威を制する正しい知識』東京化学同人、2020年5月

朝岡幸彦(東京農工大学農学研究院 教授)
https://sites.google.com/site/fuchudo/home
2019年8月-(一般社団法人)日本環境教育学会代表理事・会長(現在に至る)
阿部治・朝岡幸彦監修『持続可能な社会のための環境教育』シリーズ、筑波書房、2008年8月〜現在まで9巻刊行

【本書(抜粋)】
はじめに
 新型コロナウイルスを巡る社会の動きは目まぐるしく変化している。本稿を入稿する2021年3月末の段階では、2度目の緊急事態宣言が解除され、例年よりも早く満開になった桜を楽しむ人々の姿が報道され、日本中が少し賑わしくなってきている。そして、1月の感染者数をピークに減少してきた第3波は下げ止まりになり、再び感染者数は増加する傾向にある。これを報道ではリバウンドと呼んで警戒を強めている。また、2020年末から日本に侵入した英国などの変異株は徐々に感染を拡大している。日本の場合には第1から第3波に対する対策は基本的に同じである。経済を回しながら感染者数を爆発的に増やさないという方針だ。国民は3密を避けてマスクや手洗いなどを実施しながら社会生活を送っている。このような中、新型コロナウイルスの感染拡大は私たちが利用する公共機関の在り方を見直す機会を与えてくれた。公共機関がこれまで通りに営業していると、新型コロナウイルスの感染拡大に一役買うことになりかねないからだ。
 このような観点から、本書ではまず学校の一斉休校が正しかったのかについて検証していく。そのとき教育委員会はどのような判断をしたのかについても言及する。さらに、公民館、図書館、博物館、美術館、動物園、水族館、屋外教育施設や自然学校についても章を設けて詳しく解説していく。これらの公共機関はだれもが一つ以上利用しているものであり、私たちの社会生活に欠かせない施設である。これまでのウイルス感染症は医療だけを考えていれば解決できたといっても過言ではない。しかし、新型コロナウイルス感染症では医療はもちろんのこと、社会、経済、教育、倫理などで解決しなければならない問題を生み出している。本書では、そのとき、だれが、どのように判断していたかを明らかにして、正しい判断とは何かを問うていきたいと考え、その分野の専門家に執筆をお願いした。これからも続くコロナ禍における様々な問題の解決の一助になれば幸いである。
(水谷哲也)

【目次】
序章 新型コロナウイルスの特徴と学校・教育機関における防疫(水谷・古谷・佐藤)
1 新型コロナウイルスの発生と拡大
2 新型コロナウイルスとは何か
3 新型コロナウイルスのワクチン
4 学校や教育機関における防疫と対応
第1章 学校一斉休校は正しかったのか(朝岡・岩松)
1 学校一斉休校はどのように評価されたのか
2 新型コロナへの政府の対応と教育行政
3 学校一斉休校問題の背景
4 一斉休校を繰り返さないために
第2章 学校・教育委員会(秦)
1 問題はパンデミック前から始まっていた
2 全国一斉休校〜授業再開までの対応
3 授業再開後の対応
4 コロナ禍のGIGAスクール構想
5 「社会に開かれた教育課程」の実現に向けて
第3章 公民館(岩松・伊東・菊池)
1 そもそも公民館とは何か
2 コロナ禍の公民館の対応
3 緊急事態宣言と東京都の公民館
4 公民館における新型コロナ対応の模索
5 「公民館の底力」が試されている
第4章 図書館(石山)
1 「教育と文化の発展に寄与する」機能の維持
2 コロナ禍以前の図書館をめぐる状況
3 コロナ禍における図書館の対応
4 ポスト・コロナ型図書館に向けて
第5章 博物館・美術館(田開・河村)
1 緊急事態宣言下における博物館の停止と再開
2 コロナ禍における博物館の創意工夫
3 コロナ時代のこれからの博物館のあり方
4 なぜ私たちは博物館を必要とするのか
第6章 動物園・水族館(田開・河村・小山)
1 「生きもの」を扱う動物園・水族館
2 動物園・水族館の新型コロナ対策ガイドライン
3 新型コロナ感染拡大のもとでの水族館の対応
4 ポスト・コロナへ向かう動物園・水族館の行方
第7章 屋外教育施設・自然学校(稲木・加藤・秦・増田)
1 教育行政の対応と子どもたちの屋外活動への影響
2 一般社団法人日本環境教育学会の取組み
3 自然学校における影響と対応
4 アフター・コロナにおける新たな自然体験活動
終章 ふたたび「学び」をとめないために(朝岡・三浦・阿部)
1 ワクチン接種反対運動の教訓
2 文科省が示す「学校の新しい生活様式」における防疫の考え方
3 学校一斉休校と子どもたちのメンタルヘルス
4 ポスト・コロナとしてのSDGsのために
資料
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)をめぐる文科省の主な動き(通知等)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対応した 環境教育活動に関するガイドライン(ver.2)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?