赤穂緞通「桐唐草」が織られた時代
私が赤穂緞通の織り手になるきっかけとなった「桐唐草」
大阪から赤穂に移住した父が要介護になって、足しげく実家に通っていたある日。訪れた赤穂緞通工房で先輩が織ってられた「桐唐草」にとても心惹かれたのです。残念ながらその時の糸は藍染めではなくて、現代では本藍染めの糸が入手できないと知って、私が本藍染めの桐唐草を作る!と衝動的に思ったのでした。それから20年近くの年月が流れました。講習生を経て独立したのが14年前、それから探し続けて天野紺屋さんに辿り着いたのが4年前、今ではほとんど