見出し画像

一條成美の絵葉書《お嬢さまのかくし芸》:前編 

 文献資料のさがしものはなかなか見つからない場合が多いのだが、すんなり入手できる時もある。
 見たいと思っていた一條成美の絵葉書を入手できたので紹介しよう。

ヤフオクで一條成美の絵葉書を見つける

 西向宏介氏の「アーカイブズとしての絵葉書」(2013年『広島県立文書館紀要』第12号)は、「中国新聞」の記事を丹念に追跡して、広島における絵葉書ブームの実態を明らかにしたおもしろい論文である。
 明治39年 4 月 3 日から 3 日間、広島市で広島絵葉書展覧会が開催され、4月5日の「絵葉書展覧会瞥見」という記事では、展示された絵葉書の詳細が紹介されているという。展示された絵葉書の中に、一條成美 《令嬢の隠し芸》があった。展示された絵葉書は販売され、《令嬢の隠し芸》は最高価格35円で販売されたという。破格の値段で、当時の庶民なら家族が1ヶ月生活できるほどの額である。 
 
 そんな高値がつくなんてどんな絵葉書だろう、見てみたいものだと思っていた。図録類で一條成美の絵葉書を調べたが、該当するものはない。

 ふだんなら諦めてしまうところだが、ふと思いついてヤフオクの検索をしてみた。

 するとどうだろう、一條成美の5枚組の絵葉書《お嬢さまのかくし芸》袋付きというのがひっかかったのである。題目が《令嬢の隠し芸》とは少し異なるが、同じものである可能性は高い。どちらが先かはわからないが、少し題を変えて再発売された可能性があるからだ。
 サイトには写真も掲載されていたが、セピア色のモノクロ版なのに少しがっかりする。しかし、印刷についてはあとで驚くことになる。絵柄は「えっ」と思うようなものである。価格は十分手が届く範囲だ。入札して締切日を待っていると、競合者もなく、難なく落札できた。
 
 数日後、郵便が届き、心を躍らせて開封し、封筒と5枚の絵葉書を取り出した。
 一條成美の絵は、これは何に由来しているか、どこから影響を受けているのかが明確にわからない場合が多く、謎に満ちた不思議な感覚をもたらしてくれる。
 
 以下順次、紹介していこう。

絵葉書《お嬢さまのかくし芸》 封筒、1枚目、2枚目

 まず、袋として使われた封筒から見ていこう。

 封筒の表に、「一条成美画 CART POSTALE.  お嬢さまのかくし芸 日本はかき倶楽部」の文字が記されたハガキサイズのカードが貼り付けられている。
 絵柄は、扇で口元を隠す、ひさし髪にリボンの「お嬢さま」。和服に袴である。袖の柄は、絵葉書の方では分かりにくいが、蝶を抽象化した図案だろうか。
 印刷は単色石版のようだ。拡大鏡で見てもドットや網点は見えない。
 オリジナルの封筒なのか、購買者が自作したものなのかはわからない。ただ、表紙のカードは、日本はかき倶楽部作成のものだろう。

 さて、5枚の絵葉書は、男性に馬乗りになっている「お嬢さま」が角度を変えて描かれている。
 「かくし芸」とは、ふだんは見せることなく、宴会などの際に披露する芸のことである。
 
 5枚の絵葉書の順序は番号が振られていないのでわからない。隠し芸として見た時の展開を推理しながら、紹介していくことにする。

 まず1枚目。

 これはオリジナルから作成した写真複製なのだが、今、図版をアップしてみると、手元で見ているよりも、いろいろなことが明確に感じられてくる。
 制作時期については、裏面に仕切りの罫線がないので、1900年から1907年の間に作成されたものである。
 最初、開封して見た時は、封筒と同じ単色石版かなと思ったのだが、陰影の連続階調による表現が見事で、石版ではないという判断に傾いた。もしかしてコロタイプではないかと思ったのである。制作時期と印刷手法については、後編で詳しく触れることにしたい。
 
 素朴な疑問は、女性が男性に馬乗りになる隠し芸が一般的に存在するのかということである。男尊女卑の明治社会において、このような絵柄は挑戦的なものである。
 わたしの根拠のない想像であるが、花街の座敷芸の裏メニューにでもあるものを一般世間に流出させたという見立てなのだろうか。
 またこれも、根拠のない想像であるが、19世紀末の西欧上流社会の倒錯的嗜好についての画像(エドゥアルト・フックスが収集したようなもの)を一條は見て知っていて、それを日本に置き換えてみせたのだろうか。

では2枚目を。

 斜め前からの画像。「お嬢さま」の表情がはっきり描かれている。
 表情は静かで、これは5枚すべてに共通している。
 手綱に見立てられているのはシゴキであろうか。
 男性は腰を高く上げており、「お嬢さま」は荒れる馬を乗りこなしているように見える。バランスを保つために、「お嬢さま」は足を前に出しており、袴が膨らんで表現されている。袴の先から足袋の左足が垂れている。男性の手や、服の袖の
皺の表現はとてもリアルである。

 画面右中央に「お嬢さま」の右手に持たれている細い竹のようなものの一部が見える。鞭に見立てられているのだろうか。

 これを見てわたしは1870年に刊行されたレオポルト・フォン・ザッハー=マゾッホの小説『毛皮を着たヴィーナス』を連想した。
 絵葉書作成時より時系列は後になるが、谷崎潤一郎の『痴人の愛』(大正14年7月、改造社)に、譲治がナオミに馬にされる記述があったのも、絵葉書を見た最初の瞬間に想起していた。

 さて、このような素材を考察するためには好奇の視線のほかに、それを相対化するもう1つの視線が必要である。

 後編では、絵葉書の続きと、印刷手法、素材の背景などについて検討することにしよう。(後編に続く)

〔付記〕
◇大塚英志氏の『ミュシャから少女まんがへ 幻の画家・一条成美と明治のアール・ヌーヴォー』(2019年7月、角川新書)が刊行されて、一條成美の生涯と仕事の大要が明らかにされた。モノクロではあるが、挿絵もたくさん収録されていて小画集の趣もある。

◇大塚氏の本の感想。

◇京都市図書館のお座敷遊びについてのレファレンス事例があったのでリンクを貼っておく。

「石の地蔵さん」という遊びでは「芸舞妓がしゃがみ,客が上に腰かける」とあるが、役割が交換される場合があるのかどうかはわからない。

【編集履歴】
2022年9月13日 後編、埋め込み。
2022年12月7日 大塚氏著書書名誤記修正。

 








 
 



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?