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一條成美の絵葉書 大振り袖


1 着物について


 一條成美の絵葉書には、うならされるうまさがあるものと、ただ単に仕事をこなしているという凡庸なものがある。
 今回取りあげるものは、前者である。

 博文館の雑誌『女学世界』の付録絵葉書で、時期はわからない。宛名の面に仕切り線がないので、明治40年3月までの制作だと思われる。
 印刷は多色石版である。

 大振り袖というのは、仮に付けた題で、ほんとうの題は不明である。大振り袖とは、振り袖の中で最も袖丈が長いものをいい、未婚女性の礼装に用いられる。観察すると袖は裾の上約20センチくらいまで達している。
 赤の色振り袖で、模様が裾と袖の先端にのみ描かれている裾模様のものである。裾模様は江戸中期に現れたという。

 裾模様の柄は白ツバキに見えるがそれでは季節が合わない。モミジが舞っているし、おそらく時雨に備えて傘を持っているので、11月頃の初冬の季節感であろう。
 花を調べるには写真付きの歳時記が最適で、何冊か調べると、茶の花ではないかと思われる。花芯の黄色と花弁の白が特徴的で、秋から初冬にかけて、5弁の白い花をつける。
 同じ初冬の花としては山茶花さざんかがあるが、花弁がばらばらに散り、花芯に細毛があるとされている。茶の花も山茶花もツバキ科の植物である。
 歳時記の写真で確認すると、花弁の状態が茶の花と山茶花では異なる。また、山茶花の花の色は白とは限らない。茶の花の方が裾模様の柄によく似ている。

 帯は、ふくらすずめという結び方だろうか。
 垂れているピンクの布は、飾りとしてのしごきであろうか。

 「あら、どちらまで」
 「和歌の師のお祝い事がありまして」
 「そうですか。ふらないといいですね」
 というような感じであろうか。
 裾模様が茶の花であるなら、イベントは茶会であったかもしれない。

 日本画家の描く和装と違って、一條の描く着物はモダンである。シルエットだけを見ると着物が洋装のドレスのように感じられる。

2 運動会の入場券

 通信文を読んでおこう。

謹啓 来る十八日
御校に於て運動会
有之由に候が其入場
券頂戴出来間敷候
哉併し強て御無心
致す訳には無之ニ付
御都合次第にて宜し
く□□□先は右御伺
まで    上田拝
   十四日に

 宛名面の消印は、年号が判読できず、11月15日という日付が読みとれる。
 宛名は男性、発信者も文体から男性と考えられる。

 調べると明治期では、小学校から大学まで運動会の入場券が発行されていたようだ。

 学校関係者である知人に運動会の入場券を請うという内容である。

「其入場券頂戴出来間敷候哉」は、運動会の入場券をいただくわけにはいかないでしょうか、という意味である。

 絵葉書は女学生向けの雑誌『女学世界』の付録だが、発信者は娘か、姉、妹の雑誌からとって使用したのだろうか。

3 余談ー絵葉書の原画

 余談を一つ。
 この絵葉書の原画が、2023年7月の明治古典会主催の第58回七夕古書大入札会に出品されていた。
 「美術・工芸・写真」の部に「一条成美 絵葉書原画 女学世界絵端書」として今回取りあげた絵葉書の原画をふくむ3枚が出品されていた。

 それを見て、やはり絵葉書の原画が保存されていることがあるのだと思った。編集部に関わりのある人が保存していたものが残ったのだろう。

 1枚10万円として手数料を含めて35万円で入札すれば落とせただろうか。たぶんそれでは、とどかなかっただろう。本気で落札するなら、みなが思い浮かべる価格のかなり上を提示しなくてはならない。
 まあ、それ以前に、日々の研究の資にも事欠く身なので、そうした冒険はできないのだが、原画と印刷の比較ができたらおもしろいだろうとは思う。

 高価なものとは無縁かもしれないが、これからも明治大正期のおもしろい画像をこのnoteで紹介していきたい。

【付記】
2023/08/12 通信文の判読できない3文字について、ある方が「御座候」ではないかと教えてくださった。「御座候ござそうろう」というと姫路の銘菓を思い浮かべる人もあるだろうが、調べてみると「ござある」を丁寧に表現した言い方で、手紙文によく使われたという。
 国立国会図書館デジタルコレクションで「宜しく御座候」で検索すると、商用文範や書簡文範に用例が多く見られる。この通信文では、入場券をなんとしてもほしいというわけではないので、そちらのよいように取り計らってくださいね、というほどの意味であろう。


*ご一読くださりありがとうございました。

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