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竹久夢二『山へよする』研究の連載開始にあたって

 大正8(1919)年2月に新潮社から刊行された、竹久夢二の『山へよする』という小さくて美しい本がある。
 まだ本の中身についての知識のない頃、竹久夢二や、近代日本の版画、書物の展覧会でこの本が展示されることがあって、包紙(カバー)の斬新なデザインが強く記憶に残った。

 無知をさらすようだが、この本を知った当初は、『山へよする』という書名から、自然讃美の短歌と多くの挿絵が掲載されている歌集だと誤解していた。

竹久夢二『山へよする』書影
*新潮社刊、初版は大正8年2月、図版は大正10年9月20日の第9版による。

 『山へよする』は、大正4(1915)年から大正7(1919)年まで、夢二が深い関わりを持った12歳年下の女性、笠井彦乃との恋愛の推移を、短歌と挿絵によってたどる、きわめてプライベートな内容の書物である。

 『山へよする』の「山」は笠井彦乃を意味している。厳格な彦乃の父の監視から逃れるために、夢二と彦乃は、大正6年1月頃から、それぞれ川(河)と山という名で手紙のやりとりをした。

 この本は、国立国会図書館デジタルコレクションで見られるが、残念ながらモノクロで欠落もある。
 折りよく、以前、9版ではあるが、包紙(カバー)付きのオリジナルを手に入れることができ、多色木版や亜鉛凸版の挿絵と短歌を実際読んでみて、画文が響き合い、あるときは違背して、複雑な光彩を放つ書物であることを認識した。

 告白文学としての短歌の秘められたつぶやきと、装飾化された大胆な表現の多色木版、セピア色のインクで刷られたスナップショットのような亜鉛凸版の挿絵が見せる視覚的な公共性が、共鳴しながらも微妙な齟齬を生み出していて、この本の2年前に刊行された、萩原朔太郎『月に吠える』を想起させる重要な詩画集として評価されるべきだと確信した。

 あるところで夢二について講演をする機会があって、『山へよする』の詩画集としての魅力について、少し掘り下げてみることにした。
 その結果、いろいろなことがわかり、その一部は講演で話したが、すべてを文章化しておくことにしたい。画像をふんだんに用いながら、『山へよする』の表現世界に分け入りたい。

 装幀や木版や亜鉛凸版、三色版の挿絵、短歌についてさまざまな角度から考察を試みたいと思う。
 
 連載が完了すれば、全記事を見直し、改訂して再公開するか、電子ブック化したいと考えている。(文・木股知史)


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