2020映画ベスト
2020年に劇場で観た映画から特に好きだったものを10本。
毎年劇場で観た作品限定というレギュレーションでやっているのでそのようにしましたが、昨今の情勢や、配信限定リリースの作品が増えてることを考えるとそろそろレギュレーション改訂も検討しないとですね。
ちなみに去年はこんな感じでした。
で、今年は以下の通り。
以下感想。
1. パラサイト 半地下の家族
▼年始一発目に観た作品が文句なしの1位。やっぱりポン・ジュノはすげーよ、って感じの映画だった。画面の決まり方も話運びも演技も何もかもハイレベル…半地下一家が豪邸に潜入するクライムコメディ的な前半も相当に面白いのに、後半(あの人が登場するあたり)から社会問題にガンガン切り込みつつ更に何段階もエンターテイメント力を上げてくるの、本当に映画としての総合力が極まってる。
▼「貧乏人は計画を立てられない、立てても上手くいかない」みたいな要素が繰り返し出てきて、半地下の「におい」の話と合わせてどうやっても覆せない格差、断絶を突きつけてくる。あの一家、金持ちの家に潜り込むみたいな短期的な作戦を成功させる能力はあるのだけど、所詮はそこ止まりなんだよな。父親の「計画を立てると上手くいかない、はじめから計画がなければ何が起こっても関係ない」という言葉が重く響く。
▼作中の金持ち一家も決して悪人として描かれているわけではないのだけど、二つの家族は完全に住む世界が違うのだということが繰り返し描かれる。大雨で水没してトイレから汚水が逆流してくるような半地下の家を描いた後に金持ちの奥さんから「大雨のおかげで空気が綺麗になって助かる」なんて台詞を吐かせるの、本当に残酷。
▼最後の長男の「計画を立てました」という独白から続くシーン、あそこで締めても綺麗にまとまったような気はするけれど、やはりラストのワンカットで半地下の画に戻るのがお見事という感じだった。半地下のあの部屋で全く現実味のない「計画」を夢想する長男の姿が遣る瀬ない。
▼元日からNetflixで配信されるし、その翌週には金ローでノーカット放映するらしいですね。誰が年始早々から観たがるんだ…と思ったけど、そもそも劇場公開されたのが1月でしたね。
2. カラー・アウト・オブ・スペース 遭遇
▼『宇宙からの色』あるいは『異次元の色彩』の現代版映画。発表以来ずっと楽しみにしていた一本。開幕から「アーカムの西は荒々しい丘がそびえる地…」と原作の冒頭文を引用したナレーションが入り、小説の世界をそのまま映像に起こしたような陰鬱な風景を描く完璧な導入。本気度に震える。
▼諸々のアレンジも気が利いていて良かった。宇宙からの色の影響で電子機器に異常が起こるのなんて「いかにも」だし、"色"の表現と破壊の描写も圧巻。ガードナー一家の娘が「ラヴィニア」の名前を貰っているのは、同じく宇宙からの色が原作の『襲い狂う呪い』でなぜかウィットリー(ウェイトリー)家が登場することに対する目配せなのか何なのか…
▼"アルパカ・アボミネーション(メイキング曰くそういう呼び名らしい)"や、妻と息子が融合してしまったアレの物体X的な悍ましいデザインは最高だった。そもそも『物体X』の原作自体がクトゥルフ(狂気山脈)のオマージュらしいので物体Xの本歌取りに対するアンサーといった趣がある。
▼ニコラス・ケイジ、その風貌のせいか出てくると何だか笑っちゃうのだけど、本作においてはそのキャラクターが完璧に作用していたと思う。コミカルなおじさんが異常な事態に直面し理性のタガが外れていく痛ましさと恐ろしさ。
▼BDが発売されたので購入して観返したところ、特典のメイキング映像で「ラヴクラフトの作品はこれまでもよく翻案されてきたけどちゃんとしたものがない」みたいなことを言っていてやっぱり気合が違うなとなった。『襲い狂う呪い』とか『DAGON』とか面白かったし「そこまで言わんでも良くない…?」と思わなくもないけど…ともかく、ラヴクラフト作品の映像化としては出色の出来であることは間違いないので、これに触発されてクトゥルフ映画がたくさん作られるのに期待してしまうな。まずはデルトロに狂気山脈を撮らせるところから…
▼今年はクトゥルフ神話TRPGで遊んだり、古めのホラー映画(特に、意外とたくさんあるラヴクラフト原案の作品)のディスクを買い集めるようになったり何かとクトゥルフに縁がある年になったけれど、わりとこの作品の存在が大きかったように思う。
3. 透明人間
▼モダンホラーの傑作だと思う。支配的な男性、フラッシュバックするトラウマ、親しい人の信頼を失うこと…透明人間という異形の恐怖だけでなく、現代的でリアルな恐怖が何重にも折り重なっているのが凄まじい。
▼そして見せ方がとにかく上手い。何も起こらない場面、広く取られた余白がかえって透明人間の存在を強調する。画面上は何も起こっていないのに、そのせいで観客の視線は画面の細部に向けられる。「何もないのだから、そこにいる筈だ」と思わせる手口が悪辣だった。見たくないけど画面から目が離せない…というのは良いホラーだ。
▼透明人間をどうやって「見せる」か、というのは結構難しい問題なのだと思う。バーホーベンの『インビジブル』では、あの人体模型のような強烈なヴィジュアルをはじめ、水中に登場させたりサーモグラフィを活用したりと透明人間の姿を映像で表現するのに苦心していた印象がある(徹底的に「怪物」として描かれた透明人間はそれはそれで素敵だった)。一方で本作は全く「見せない」という選択を取って大成功している。
▼本作は元々『ザ・マミー 呪われた砂漠の王女』に続くダーク・ユニバースの一作として企画されていたものが頓挫し、単独作として生まれ変わったとのこと。個人的にダークユニバースのことは本当に楽しみにしていた。マミーは正直イマイチだったけど、あの作中で開示されたユニバースの設定は魅力的だったし……しかしまあ、こんな傑作が生まれたのだから解散して良かったのでは…?という気持ちもある。困ったことに。
4. ホモ・サピエンスの涙
▼何が何だか分からないがやたらと感じ入ってしまった一本。何年かに一本くらいのペースでこういう作品に出会いたいですね。
▼言いたいことは以前のnote記事で大体全部書いてた。
5.ブックスマート 卒業前夜のパーティーデビュー
▼青春映画って普段まったく観ないジャンルなんだけど、何かやたら評判良かったので観に行ってみたら真正面から喰らってしまった。勉強と社会活動に打ち込みすぎた青春を一晩で取り戻すべく卒業パーティに突撃する…って筋立てはシンプルなのに、それをここまで面白くできる!?ってくらいに面白かった。
▼主人公二人がとにかく良い性格してて、常に「私たち最高!」なテンションで突き進むので観客も終始ゴキゲンで観てられるのが良い。ジェンダーや容姿、人種なんかへの気の配り方が現代的で余計なストレス抱えずに済んだのも有り難かった。
▼終盤、紆余曲折の大騒ぎを経てパーティ会場に辿り着いた二人が邪険に扱われるでも居心地の悪い思いをするでもなく、普通に歓迎を受けるあたり本当に優しい映画だな…と思った。あの流れで「会うと中々喋れなかったけど会えなくなると寂しいしな」「話してみると面白いし、在学中にもっとつるんでれば良かった」みたいな言葉をかけられると泣いちゃうでしょ。
▼初めは軽薄で嫌なヤツにしか見えなかったクラスメイト達も話が進むにつれて段々人となりが見えてきて、卒業式を迎える頃には一人残らず好きになっていた。2時間ちょっとでネームドキャラ全員の好感度爆上げして話をまとめるの、映画作りが巧すぎる。
▼ 早くもNetflixに来ているので、何か底抜けに明るい映画が観たいなあ…というときに繰り返し観ることになりそう。
6.スケアリー・ストーリーズ 怖い本
▼アンドレ・ウーヴレダル×ギレルモ・デル・トロのジュブナイルホラー。ジュブナイルホラーはだいたい無条件に好きになってしまうし、ウーヴレダルもデルトロも以前から好きな監督たちだ。欲しかったものがみっちり詰まっていた一本。
▼児童書が原作とのことでホラー映画としては控えめというか、抜群に恐ろしいわけではないのだけど、子供の頃に観ていたらトラウマを植え付けられること必至だと思う。この作品を入り口にホラー映画に傾倒していく子供がいたら嬉しいし、羨ましいな…と思う。
▼怖さは控えめと言ったものの、クリーチャーの邪悪な質感や演出は厭な方向に振り切っていて良かった。『怖い本』に描かれた怪物たちがオムニバス的に現れては去っていくので、もっとたくさん見せてほしかったな…という気持ちはあるけれど。一番好きなのはやっぱり「青白い女」かな…
▼デルトロ、子供時代の物語を扱う際に戦争などの社会不安と個々人を取り巻く哀しい境遇とをリンクさせるのを好むような印象がある。今作もベトナム戦争期の1968年を舞台にしていることで全編のトーンに薄らとした物悲しさが添加されていて、かなり好みの雰囲気に仕上がっていた。
7.ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密
▼コテコテのミステリーがなんか突然出てきたな…と思って観に行ったら滅茶苦茶面白かった。ギラギラした館のセットに各々秘密を抱えた一族、風変わりな探偵がやってきて、鮮やかな推理ショーが幕を開ける…なんて超王道のミステリー映画、楽しいけど何で今頃?という鑑賞前の気持ちが一撃で吹っ飛ぶ出来栄え。現代的な社会風刺を含めてるのもお上手。
▼全編通して小技が効いてるというか。冒頭の事情聴取のシーンからもう、曲者感溢れる豪華キャストが次々に登場してこれまたクセのある回想が差し込まれるので非常に愉快。地道な捜査なんて映画で真面目にやると退屈になりそうなものだけど、とにかく進行がスマートで、クライマックスまでダレることなく楽しめた。ミステリー映画のお手本みたいな作り。
▼ダニエル・クレイグがまた絶妙で外連味溢れる名探偵の役が抜群に似合っていた。優秀なのかボンクラなのかイマイチ分からない演技のおかげで話がどう転ぶのか分からなかったのも良い。下手したらこの探偵序盤で殺されちゃったりしない?とか。クレイグは007の印象が強いので派手なアクションのひとつも見せてくれるのかとちょっと期待したが、特にそんなことはなく。それが逆に本格ミステリー映画としての格式に貢献してるのかな…とも。
▼今ならNetflixで観られるし、続編の企画も進行しているらしく楽しみですね。
8.悪人伝
▼『新感染』以来マ・ドンソクは個人的ヒーローの一人である。そして今回は待望(?)の極悪人マ・ドンソク。ドンソク演じるヤクザの親分がアウトロー刑事と手を組んで、自身を襲った無差別殺人鬼を追う…というストーリーからちょっと期待値を上げすぎた感はあったが、それでも面白かった。
▼とにかくファンへの目配せが行き届いていた。雨の中バス停に居合わせた女子学生に傘を差し出すラブリーなドンソク、人間をサンドバッグに詰めて殴打したり、平手打ちで人間の意識を刈り取る暴力に長けたドンソク。その両面が心ゆくまで楽しめる。そして『犯罪都市』のラストに並ぶ最高の笑顔(今回のは滅茶苦茶に凶悪)。
▼ドンソクだけでなく、敵対する殺人鬼のキャラクターもかなり良かった。いくら何でもマ・ドンソクは襲わないだろ…という観客のツッコミを一蹴する無差別っぷりが惚れ惚れする。ヤクザと警官から逃げながらも方々で老若男女問わず殺して回る無差別殺人鬼。このぐらいの凶暴性がないと相手にならないんだな…と思わされる。
▼マ・ドンソク、サービス精神旺盛で「マ・ドンソクが主演してたら嬉しい物語」に出まくってるのにイマイチ作品がハネない印象がある。個人的には『犯罪都市』がベスト・オブ・ベストで、『守護教師』とか『無双の鉄拳』とかはちょっと一息足りない印象。本作ももっと思いっきり暴れてくれても良かったんじゃないか…と思わなくもないものの、結末のひねりも利いていて、何だかんだ結構好き。
9.バクラウ 地図から消された村
▼面白かったが、変な映画だったな…という印象。展開自体はわりと真っ当な西部劇フォーマット(邪悪な余所者が攻めてくるので村人が一丸となって立ち向かう…みたいな)なのに、ブラジルの山村というロケーションの異界感、意味があるのかよく分からない近未来設定、抑制の利いた画面と突然のゴア描写…それぞれの要素がハマってるようなないような。常にどこか座りの悪さ、どう転ぶか分からない不穏さに満ちていた。
▼シリアスな場面で性器にボカしを入れられると気が散ってしょうがないけれど、今作は(R15指定なのに)無修正でブラブラさせてて、それはそれで気になってしょうがないな…と思った。映画における男性器問題、難しい。
▼「見事なまでに狂ってる」なんて惹句は薄っぺらくなるので使うべきではなかったと思う。ちょっと宣伝の方向性がズレている気がする(事前情報を殆ど入れずに観に行ったのでほぼノーダメージだったが)。あと『ミッドサマー』を引き合いに出してこの映画を語っている人が散見されるのが謎。
10.ミッドサマー
▼アリ・アスター長編第二作。正直なところ前作の『ヘレディタリー/継承』の方がだいぶ好きなんだけど、まあ何だかんだ強烈な作品ではあったので…
▼アリ・アスター監はホラー映画を撮る人だと思っていたけれど、どうやらそうではないらしい。単純に人間を不安にさせる才能があってそれを表現するのに丁度良かったのが悪魔崇拝をテーマにしたホラー映画だった…というだけなのかもしれない。前作の家族の破綻具合にしろ、今作のダニーとクリスチャン(と、その友人グループ)の距離感にしろ、誰しもが多少は身に覚えのあるような不安や不快感を切り取って映画に落とし込むのが抜群に上手い…
▼前作はオカルトというある種の逃げ道があったが今回は徹頭徹尾人間の恐ろしさが根底にあるので、そういう意味では前作より怖かった気がする。私は共感を求めてくる人間も共感したがる人間も気持ち悪いと思ってしまうタイプなので尚更。
▼この作品に限った話じゃないんだけど、変なハネ方してtwitterなんかで流れてくる感想がバズワード塗れになると興醒めするので気になってる作品は公開日にさっさと観に行くに限りますね。
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今年はとにかく劇場で観た本数が少なく、10本選出するにあたって「本当にこれを入れて良いのか…?」とあまり良くない方向で悩んでしまったのが心残り。月並みだが来年はもっと数を観るようにしたいと思った。未体験ゾーン全部観るとか、多少無理してでもやっておくべきか……
だいたいそんな感じです。