反真理主義

眠い。夜も更けた。けど皿洗いしている時に思うことがあったので一気に書き溜めていく。

なんか最近みんな生き急いでいる気がする
いや筆者はもう大学3年生で、就活するやつとかも周りに出てくるからそれはそうなんだけど。

それとは別に名前のないなにかに追われている気がするんだよね。みんな。

ごめん、俺はこの「名前のないなにか」って言い方嫌いなんだよね。なんかさスゴいチープな言い回しじゃない?

あとさ、こういうのの正体は大体はくだらないものなんだよね『夜の冷たさ』だったり、『酔いが冷めてく不快感』だったり、蓋を開けてみればなんだそんなことか、って感じると思う。

話逸れたね。本題に戻るけど
冒頭で言ってた何かに追われてる感覚って『真理(こたえ)を探さなくちゃ』って感覚だと思うのよ、SNSであたかも全てを知ったような口振りで偉そうに語るアカウントとかいるやん?『恋愛なんて期待した方が負け』とか『結婚は人生の墓場』みたいな。

なんかそういうのを自分なりに見つけるのに必死な気がするのよ。

筆者は大学では工学部みたいなところにいるんだけどさ、今そこで計測工学について勉強してて、
多分みんな計測って聞くと「誤差が〜」ってイメージあると思うんだけど計測工学では誤差って言葉使わないんだって。

誤差の定義って『真値からどれだけ離れているか』なんだけどそもそも真値ってのは人間が生み出した概念だから自然界には存在しないし作れないんだってよ。その代わりに不確かさって概念を使うんだけど、これは『幾度に行われる計測のばらつきの程度』っていう感じなんだけどイメージでいえば商品100個作ったら90個は規定の範囲に入るよーみたいな。そんな感じ。

まぁ要はこの真値なんてものは存在しないってのになんか感動しちゃったわけだけど、真理ってのもそんなもんだと思うんだ。これもただ人間が作ったモノで、どれだけ考えてもその答えに近づいても真理には辿り着かない、ってこと99.99999999%一致してもそれは『真理に限りなく近いナニカ』ってだけで、これを求めてもまた別の誰かがさらに近いモノを持ってくるかもしれない。終わりのないレースを続けているようなもんだなって思ったの、俺は。

ならこのレースから抜けて傍観してようと思ったんだよ。そんな意味の無いものに費やすくらいならゲームで発散した方がいい。意味の無いものも好きだけどそれは『楽しさ』が伴う場合に限る。

徒に真理を探るのも楽しいと思う時もあるが、なんかそういう行為ってすごいつまらないことに感じるんだよね。

分からないものは分からないままにしておくのが素敵だと思う。崇高なものほど言語化出来ないものだと思っている。それを人間が作り出したしょーもない言語の枠に当てはめて、無理やり形を変えてしまうのは一種の冒涜だと俺は思う。

俺はそんなものを言語化出来ないまま大事にしていきたい。

名前のないなにか、は名前のないなにかのままでいい。てかそんな安い表現使うのすら嫌だ

オチなんかねぇよ。ごめんね
おやすみ。暖かくしてね

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