読んでいたつもりが……

なぜだったか、丸谷才一の古いエッセイ集を取り出してパラパラとめくっていたら、ピーター・メイルの『贅沢の探求』*が紹介されている文があった。メイルは、リドリー・スコットの映画『プロヴァンスの贈り物**』の原作者ですね。

Note に「デザイン」と「映画(に見るデザイン)」に関連することについて書くようにするつもりと書いたばかりでしたが、「本」や「絵」も入れていいような気がしたのです。僕は、彼、つまりメイルの本は何冊か読んだことがあるはずなのに、これは?と思ったのだけれど、全然覚えていないのだ。それからしばらく時間が経った後で、不意に、僕が読んだことがあると思い込んでいたのは、ピート・ハミルだったことに気づいた。やれやれ。今後は、きっとこうしたことが増えるに違いないので、ちょっと怖くなった。

ピーター・メイルはイギリス出身のエッセイスト。広告業から文筆業に転じて、成功。我が国では『南仏プロヴァンス』シリーズで知られる。一方、ピート・ハミルは、日本人の妻を持つアメリカのジャーナリスト、コラムニスト。『ニューヨーク』ものが有名です。

で、実家に帰った折に図書館で借りてきて、読んだ。

丸谷は、『紳士のこだわり』から『泡立つ魔法のワイン、シャンペン』まで25項目もの贅沢について言及した『贅沢の探求』を楽しみながらも、その中の『愛人を持つ』はちょっと筆致が鈍っているようで、奥さんに読まれたときのことを恐がっているのではないかというようなことを書いていたのだが、とくにそんな風にも感じられなかったのはどうしたことか。たぶん、彼が話を面白くしたかったことと、彼自身にそういう思いがあったのかもしれません。でも、やっぱりやや鋭さに欠けていたか。

それから、『使用人について』という項もある。ここでは、「使用人を雇うとどんないいことがあるかといえば、まず気の進まない仕事、不愉快な仕事、危険な仕事を自分でやる必要がいっさいなくなる。例えば、「毎日の生活に欠かせない、たとえばゴミ出しとか、朝の着替えの用意だとか、酒の補充とか」。しかし、問題もある。使用人たちが気楽にやりはじめ、”身のほどをわきまえぬ”ようになる。さらには、「個人のプライヴァシーを保つことはまずできない」というのだ。でも、これを避ける方法もちゃんと書いてある。「彼らに支払う報酬は全て会社まかせとすること。そして、一人も住みこみにはしないこと」とある。さらに、こんなことができるなら会社勤めの堅気に戻るのも悪くないという気がしてきた」、と。それができれば、いいに決まっている。

あんまり我が身には関係なさそうです。

でも一つだけ、そうでもないかという気がしたものがあった。『黒い真珠をほおばる』の項のキャビア。三大高級珍味の一つ。直接取り上げられてはいないけれど、あとのふたつうちの一つはトリュフ。ここまでは、やっぱりあんまり縁がなさそうです(ま、ぼくに関してということなのことですが)。しかし、最後の一つはかろうじてそうでもない。それは何か。スーパーで、何百円かで買えるものです。そう、「サフラン」。これは家でもたまに使うことがある。あとは『モルト・ウィスキー』か。いつまでも健康で長生きするにはどうしたらいいかとスコットランドの医者に訊けば「モルトを少しずつ飲りなさい」という答えが返ってくる確率はかなり高い、というのも嬉しい。

その中でも最も気になったのは、『完璧な別荘とは』という項。なんと言ったって、住まいを夢想している最中なのだから。だが、その答えとはちょっと違う想いを持ったのだ。彼は、色々と見たり聞いたりしたことをもとに考えた挙句、結局豪華なホテルで「一度きりの旅行客ではなく投資家候補になったつもりで、〈中略〉スイートルームを選んで、今後三年ないし五年にわたって毎年予約を入れる」。すなわち、気に入ったホテルの常連客になるというものであった。確かに、経済的に許されるならばかなり魅力的なのだけれど、一つ問題があるのだね。

それは、室礼を自分の思い通りにできないこと。これが「我が家」の一番の楽しみなのだから。

そうそう、骨董品屋の主人を評して、「プロの楽観主義者」なんていう言葉もあった。こちらにも、ちょっと憧れる。

やっぱり、「デザイン」と「映画(に見るデザイン)」くらいにしておくのがいい?(F)

丸谷の本の中では『贅沢の習慣』とあったから、きっと翻訳ではなく原作を読んだんでしょうね。
** この映画については、別のところでも何度か書いたことがある。

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