見出し画像

天国列車

 僕は列車に乗っている。電車ではなく列車だ。何故かは分からないけど、そう思った。
 座席は進行方向で、左手に見える窓の景色は闇。2席シートに一人で座っている。横のシートにはオレンジのトート・バッグ。通路を挟んだ向こう側は3席シート。座席は全て進行方向へ固定されているみたいだ。
 通路の向こう側の3席シートには男性と女性が間を一つ空けて座っていた。
 他のシートもそれぞれ埋まっている。一人だったり二人だったり。二人の場合はどこかよそよそしい気配があるのだけれど、それでも知り合い同士なんだとなんとなく思える。
 僕の後ろには女性が一人で座っている。地味で無口そうなその女性は窓側に身を寄せ、自分の膝の辺りをじっと見つめながら固まっていた。


 何処へ向かっている列車なのだろう?僕はいつから、この列車に乗っているのだろう?それ以前に自分が誰なのかも分からない。記憶喪失?とにかく何故ここにいるのかも自分が誰なのかも分からない。
 しかし、この列車の乗客全員が自分と同じ状況なのだろうという事は間違いないと確信している。

 車両後方の扉が開き、車掌らしき人物が入ってきた。50代後半と思われる女性車掌は、どこか不機嫌な面持ちで乗車券確認の旨を伝え、後ろのシートから順にまわり始めた。

 列車の行く先を聞いたら答えてくれるのだろうか?多分、答えないだろう。
 後方では、僕と同じ疑問を持った人物が質問をした様子だが、はぐらかされてしまったようだ。聞くだけ無駄のようだ。僕の番が近づいてきた。
 どうしてなのか、車掌は私の後ろの女性には乗車券の確認をしなかった。
 次は僕の番かと思ったのだが、車掌は隣の3席シートへ顔を向けた。

 3席シートにいたのは、40代半ば位に見える男性と20代後半と思われる女性。最初に見た時は何処か余所余所しい感じだったが、今はお互いが何者か悟ったのか、よそよそしさとは違う距離感があるように見える。
 車掌が男に乗車券を求めると、彼は何か質問したようだ。勿論、車掌はまともには答えず不機嫌そうな笑いと、何か一言を返した。すると連れらしき女性が車掌に、訴えるように何かを言った。男性がそれを遮るように女性に何か怒鳴りつけた。女性もそれに対して怒ったように返した。

 ふと見ると、前の座席の30代前半位の男性がニヤニヤとそのやりとりを眺めている横顔が見えた。男は、僕が見ているのに気づくと話しかけてきた。
 「何処まで行くんですか?」
 「わかりません。あなたは?」
 お手上げ、といったゼスチャーと一緒に男は首を横に振った。僕もそうするのが当然の様に、同じゼスチャーで返した。
 見ると、不機嫌そうなだった女性車掌は気のせいか少し柔らかい表情になり、それから私に乗車券の提示を求めた。

 勿論、乗車券の心当たりなどないのだが、ポケットを探った。切符らしきものが指先に触れたので、それを車掌の前に出した。それで間違いないはずだ。そう思った。思った通り切符だった。
 懐かしい厚手の紙の切符。そして改札鋏の印。ただ、それには何も書かれていない。白紙だ。それでも車掌は、その切符に鋏のチェックを入れ次の乗客へ向かった。
 隣の男女はまだ言い争いを続けている。

 後ろからガチャガチャと音がした。振り返ると、例の地味で無口そうなその女性が、何故か顔を真赤にして、小さなペンケースを逆さにし、乱暴に目の前の小さなテーブルの上に中身を広げていた。小さなペンケースの、どこにそれだけ入るのだという数の道具がバラバラと出てきた。
 散らばったペン先、サイズ違いのロットリング。ミリペン、コンパス、雲型定規、カッター、デザインカッターその他諸々。中身をすべて取り出したのを確認すると、今度は道具を一つ一つ丁寧に並べ始めた。
 僕の前の座席の男性は、他の乗客を面白そうに観察していた。

(夢日記2009年03月28日のブログより)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?