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会いたかった人

その人の名は、稲葉耶季(いなばやすえ)さん。沖縄に住んでいらした。残念なことに昨年の1月に他界していた。つい最近知ったのだ。ブログの更新が止まっていたので、少し心配しながらも、チベットにでも行ってるんじゃないかと達観してたのだ。

この稲葉さんは、キリスト教の牧師さんの家に生まれたけれど、晩年、尼僧になり、チベットに学校(子どもたちの学びの場)を作るという功績をのこしている。元々は、裁判所の判事という仕事をしておられた。

稲葉さんを知ったきっかけは、「不食」に興味をもって、秋山 佳胤氏の「食べない人たち」という本の中で、紹介されていて、その後、アマゾンで彼女の書いた本を見つけて購入。読んで、一時期、虜になってしまった。

稲葉さんも不食を気持ちよいものと捉えることができる人のひとりだ。けれど、実践すると痩せてしまう現実を知り、まだ時がこないと、1日1食の玄米菜食に切り替えたそうだ。

彼女の健康法として、西洋医学をさけ、ホメオパシー医療を実践していた。私も読むまで知らなかったが、インドの3大医療(西洋医学、ホメオパシー医学、アーユルベーダ医学)があって、ホメオパシー医療は人のもっている自然治癒力を高めるよう働きかけるやり方だそうで、インドでは貧困層の人がうける医療だそうだ。けして劣っている訳ではなく、薬代がほとんどかからないという理由。とても理にかなっている医療だと稲葉さんは書いている。

終末医療についても書かれている。彼女の理想の逝き方は、インド式逝き方。自分の死期を覚って家族にもう食べものも水も口にしないと宣言し、自分の部屋で横たわって、お迎えを待つ。家族は「食べなきゃだめよ」なんてことは言わず、ただその日まで寄り添うだけ。これと同じことを日本でやろうとすると、「保護責任者放棄致死罪」っていうのにひっかかる可能性が高いそうだ。「病院で管だらけにしないで、住み慣れた家で安らかに見送りたい」というケースでも、罪に問われることもあるそうだ。

最後にもうひとつだけ。宇宙の法則にかなった仕切り直しができる人生について、書かれている。どんな人生でも、無駄にはならない。たとえ犯罪を犯してしまったとしても、そこから本質を学ぶ事ができる。惨憺たる人生は、良い教訓になり、辛い人生は、心底同情し親切な人になれる。転生によって次の人生でリベンジできると。すべての人は旅の途中。人それぞれ、違った段階にいる。下の方にいる人がいても非難などしない、「かつで自分が通って来た道にいるな」と見る。かなり上にいる人に賞賛することもなく、「そこは私もいつか行く道だ」と思えばいい。

転生をありえないと思っているなら、これは意味のないところだけれど。他にも様々な仏教の教えが書かれていて、私の中に響いていった。

私が稲葉さんのどこが好きって、その人生の功績が素晴らしいということではなくて、物事に対して、常に偏見をもたず型にはめず、自分の感覚や思考で判断して生きているところ。とてもステキな生き方。だから会って話をしてみたかったし、私の五感で彼女の光を感じてみたかった。一緒に瞑想したかった。

彼女は、人の死は、肉体という服をぬいで、魂だけになって永遠に生きること、そしてまたいつかこの世のどこかに生まれ変わって現れると確かどこかに書いていたような。つまり、彼女は今、魂となって別次元で生きているのだろう。

ご興味もった方は、本読んで みてくださいね。私とは違った感想や気づきがあると思います。

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