見出し画像

今日は3.11

「震災から今日で8年」、ラジオを聴いていて何度も耳にしている。あの日午後2時26分、私と息子は、東京の地下鉄銀座線の中にいた。神宮前あたりだった。途中で地下鉄が止まって、車内アナウンスで、地震のため、停車したことが告げられた。何があったのか全く分からない、そんな大きな揺れは感じなかったし、少ししたら、車両は、一番近い駅まで動いて留った。降りて行く人、留まる人、色々で、私たちは留まった。かなり時間がたってから、新幹線が全線運行中止しているとアナウンスがあり、今日は帰れないと分かった。とりあえずホテルを確保しようと電話しまくったが、どこも満室、今夜は地下鉄の中で止まるのか…、そう思いながら、隣の息子の顔をみると、いつものように顔色一つ変わってなくて寡黙。夜9時くらいに、地下鉄が動き出した。渋谷駅まででて途方にくれたが、さっき契約して来たばかりの息子のアパートが、となりの駅近くにあることを思い出し、そこまで歩いていって、泊めてもらえるように頼んだところ、何とかなった。その間コンビニをのぞいたが、棚の上は空っぽ、大家さんが近くの小さな呑み屋を紹介してくれて、そこに言って事情を話、定食を出してもらって食べた、その時にテレビで津波の映像を見て、イメージ映像かとおもったら、現実だと知って、思考が止まったのを覚えている。

この日は、息子の大学受験の合格発表を見に来ていた。なんとか合格できて、まわりの胴上げなんかを見ながら、喜びにひたっていたのは午前中だけだった。

このアパートに息子は4年間住んだのだが、引っ越して部屋にひとり残してくる時、彼は顔色一つ変わらず寡黙。でもほんとは、すごく不安を感じていたこと、最近知った。

早く言ってほしかった。気づかなかったことが、次々と発覚していき、あれから8年たった今でも、彼の時間は止まってしまったかのように暮らしている。彼の不安は子どものころからずっとあったらしい。私はそれに気づけなかった…、ほんとはうすうす気づいていたのかもしれない、でもそこより自分の見たい息子ばかりに目を奪われて、置き去りにしたのだろう。ひどい親だ。

そんな彼は、今月やっと、大学院の退学届けを出す事になった。昨夜とうとう爆発した。といっても、小さな爆発…。私が初めて聞いた彼の怒りの叫び、「ボクは辞めるって何度も言っている、何回言わせるんだ!」と父親に向かって叫んだ。

「震災から8年」→「息子の時間が止まって8年」、「未だ復興したとは言えない」→「未だ傷は癒えたとは言えない」、「いつになったら安心できるのか」→「いつになったら歩きだせるのか」、とリフレインしてしまう。

今朝はそんなことを思って、テキストにしてみました。震災から9年目は、きっと動きがあるだろうという思いも湧いている今、私も「辞めてやる!」と叫んで、母親中退…(笑)

見出し画像は、大人しかった息子が中学の時に描いたイラスト、パソに残っていたのを発見したので、面白がって掲載(^ ^)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?