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超年下男子に恋をする㊾(二人だけのお別れ会)

 その夜は冷え込んで風も強かった。

 私は悩みに悩んだ末に彼を車で迎えに行った。
 当然私は飲めないけれど、これは戒め。過去二回酔って絡んだことを考えれば当然彼も警戒しているはず。
 二度あることは三度ある。ましてや今回は二人きりだ。
 彼の嫌がることはしないと私はずっと決めていて、この時も、なるべく彼の負担にならないようにとそれだけを考えて、繁華街まで出てくる負担や寒さを考えるとやはり送り迎えしてあげたほうが喜ぶんじゃないかと思った。

 案の定彼は喜んで「いいんですか?」と返してきた。

 そして彼を迎えに行った。

 彼は会ってすぐ

「僕、免許とったんです!」

と免許証を見せてきた。

「よかったね!じゃあ今日はそのお祝いもしようね!」

と私が言うと彼はとても嬉しそうだった。

 そして運転してる途中、いつもみたいに「今のは自学でこう教わりました」とか「そこに標識ありますよ」とか習って覚えたことを得意げに説明する。

 一方通行の標識がある場所を示すアプリまで出して、「その先曲がれます」とか言ってくる。

 たいてい一通は交互なんで言われなくてもわかるんだけど、

「最近はそんなアプリもあるんだねー」

と、またいつものように褒めてしまった。

 私は彼には道案内をさせながら目的の店に向かった。
 二人でこんなふうにしているとバイトの頃と変わらない。

 最後に彼が挨拶に来た時、私は最初そっけなくしていたけれど、すぐいつもの感じになって打ち解けて、

「あー、この感じだ。なつかしいなー」

と彼が嬉しそうに笑うのを見て、同じ気持ちを感じていた。

 お互いに安心できて気楽で居心地がいい。友だちともちがう気安さ。彼は私に対しては、色々細かく口を出す。

 店の隣のパーキングに停める時も、彼は後ろを確認しながら右だとか寄ってるとか教官さながらの指導。

「だいじょうぶだって」

と私が言うと

「でもそっち降りる時狭いでしょう?」

と私が降りるのを気にしている。ドアがぶつかるんじゃないかという心配。

 決して気の利くタイプじゃないのに、時々こういうことを言う時は、決まってお母さんの影響。自分が言われてるんだろう。お母さんの口真似をすると小さい子と少し重なる。

 そしてパーキングに停めて、車を降りるとすぐ店で、彼が寒くないのはよかったと、この時は思っていた。

 それまではいつも通りの軽口でリラックスしていた彼だったけど、いざ二人で飲みに行くとなると、少しだけ微妙な緊張感があり、店に入る時お互いどっちが先に入るか迷いながらぶつかったりもした。

 今さら変な感じだ。

 いつもは私は彼を奥に座らせてたけどなぜかこの日は逆だし。
 店は空いてて隣も誰もいないのに、なぜか彼はいつも以上に緊張していて、お互い気まずい感じだった。

 しかも

「帰り送るから好きなだけ飲んでいいよ」

と私が飲み放題を勧めると

「90分かぁ。そんなにいるかなぁ」

と彼は失言王子の本領発揮。

(そんなに早く帰りたいんだ)

 言わなかったけど顔に出てたのか、この後飲み始めると、なぜか彼は怒り口調。

「僕は親の世話になってる学生なんです。実家にいるうちは、好きなようになんてできない。学費も出してもらってるし、一人で生活してるわけじゃない。家にいるうちは従うしかないんですよ!」

……これ、お母さんにそのまま言われたんだろうな。

 今日家を出てくる時も、お母さんに何か言われたのは明らかだ。

 明日もお別れ会で夜出かけるのに今日もまた出掛けるのかと。

 しかも私のために急に決めたことだ。

 誰と会うのかも聞かれたはず。言わないとしても、たぶんお母さんにはわかるだろう。

「だから、仕方ないでしょ!」

 珍しく彼が怒っている。そしてなぜかその怒りを私にぶつけてくる。

「おうち大好きじゃなかったっけ?」

あえてのんきな口調で聞いてみると、

「好きじゃないですよ!早く家出たいです!」

と彼は苛立ちをまたぶつけてくる。そうかと思うと急にトーンダウン。

「でも、仕方ないじゃないですか……。僕はまだ……学生なんですよ……」

 なんだかわからないけど、お母さんに対して相当不満が溜まってるのはよくわかった。

 私は彼の楽しい話題に変えようと、彼が大好きなジョジョの話をした。

 彼は高かったというジョジョTを着てジョジョ立ちで写真を撮らせるぐらいジョジョが好き。

 案の定彼は顔をパッと明るくして、好きなシーンの話をしはじめた。そしてYouTubeで二人で「リサリサ先生タバコ逆さだぜ」の名シーンに見入っていた。

 向かい同士に座る私たちは、額を突き合わせる距離でジョジョの名シーンを観ていた。

 そして観終わると彼は急にその距離の近さに気づいたのか、不自然に体を遠ざけた。

 私たちはいつもこうだった。
 何も考えてないとお互いの距離がとても近くなる。
 バイトでも隣にいることが多かったけど、他の人よりも立ち位置が近かった。それもあったから周りに付き合ってるんでしょと言われたんだろう。

 そしてこの時私だけデザートを頼んだけど、一緒に食べると思われてなぜかフォークが二つ。

 母親や姉に見られてたとして、それでもやはりフォークは二つなんだろうか?

 一応「食べる?」と聞いてみたけど

「いえ、僕いいですから!」と彼は早口に断る。

 そしてまた空気が微妙になった。

 彼がそれほどいるかと心配した飲み放題の時間なんてとっくに終わろうとしていた。私は彼に「飲みなよ」と飲ませたし、彼もいつもより飲んだけど、あいかわらず私といると全然酔わない。

 今までは、私が先に酔いつぶれるから酔えないのかと思っていたけど、私が飲まなくても酔わない。警戒心? よくわからない。

 そして彼は駐車料金を気にして

「とりあえず出ましょ」

と言った。

 全然食べないし全然飲まないのでお会計なんて安いものだった。

 まだ時間も早いしドライブしよーと私は言ったけど、彼は帰りの道案内で自分の家の方に誘導していく。

 しかも

「あ、家の前まで来なくていいですから。その辺で降ろしたほうが山田さんも楽でしょ?」

と言ってきたので、さすがに頭にきて

「君が私のためにと言ってやることなんて、いつも何一つ嬉しくない!何にもわかってないくせに!」

と怒った。

「とりあえず出ましょ!って全然とりあえずじゃないじゃん!」

 それを聞いて彼は深くため息をつく。

 こんなことなら車で送り迎えなんてしなきゃよかったとまで思った。
 車でさえ来なきゃ地下鉄駅で待ち合わせして、駅から少し遠い店まで身を寄せ合って歩けた。私も飲めば、こんなに早く帰らなくてもすんだかもしれないのに。

 そう思うと、自分が彼のためにと思ってしたことは、自分にとっては本当に損なことばかりで、彼が私のためと言うこともトンチンカンすぎて腹が立った。

 もうこうなるとメンヘラ炸裂で。

「もっと一緒にいたい!帰りたくない!」

とまで言った。

 すると、いつもなら私が怒るととにかく機嫌をとろうとしてくる彼が、珍しく激しい感情をぶつけてきた。

「今の僕が与えられるものは全部あなたに与えてる! でもあなたは決して満足しない!」

 その時はもう彼のマンションの前で私は車を停めていた。

 僕が今日どんな思いで家を出てきたか……そんなこと言われなくても想像がつく。この後すぐ家に帰らなければどうなるかも。
 もしかしたら今日出ることによって、明日のお別れ会は行かせてもらえなくなるのかもしれない。連日出かけられないという彼の事情もよく知ってる。
 それでもこの日彼は私のために時間をくれた。それが彼にとってどれだけたいへんなことかもよくわかってる。
 めんどくさいことが嫌いでおうちでいつまでもぬくぬくしていたいと言っていた彼が、「家を出たい」とまで深刻な声で言うようになった。自立心が芽生えたことで、環境が苦しくなってきたのもわかる。
 わかるけれど、私のエゴの暴走は止まらない。

「だから!そんな目で見ないでくださいよ」

 いつも私は満たされない目で彼をじっとみつめていた。

 この時、私の目を見た彼の目は、不安定に揺れていた。

「じゃ、僕行きますね」

 そう言って車を降りようとする彼に、「元気でね」とか「今日はありがとう」とか「おつかれさま」とか「明日楽しんでね」とか、あっさり笑顔で別れれば、まだいい印象で終われたのに、私にはどうしてもそれができなくて、ただただ黙り込んでいた。

 すると車を降りかけた彼がまた大袈裟にため息をついて、助手席に座った。

 無言の車内。

 彼は携帯をいじりながら、帰る時間を気にしている。

「もういいよ、じゃあね」

 やっとそれだけ言うと彼はホッとした顔をする。

「じゃ、また」

「またっていつ?」

「また、いつか」

「……」

 彼が降りた後も私はなかなか発進しなかった。

 いつもなら角を曲がるまで見送るくせに、この時はマンションに吸い込まれるようにしてすぐ消えた。

 離れがたいと思っているのは私だけで、彼は解放されたがっていた。

 そしてやっぱり私はねばりたりなくて、彼の嫌がることはできなくて、彼が望むことを何より尊重する。

 それが私から去ることでも。

 どうせなら、彼が「あれ?」って思うぐらいあっさり引き下がればよかった。そうすれば少しは追われたかもしれない。

 最後まで見苦しくて、みじめで、情けない。

 これが二人きりのお別れ会の結末。

 そしてこの日を境に私は彼にまったく会えなくなった。


 


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