見出し画像

はじめての在宅医療を振り返る。【育児】

我が家の双子は1000g未満で生まれた超低出生体重児で、医療的ケア児です。
生まれてから約10ヶ月を過ごしたNICUでの日々はこちら↓の記事で書いているので、是非併せて読んでみてください。

この記事では、退院後の生活について書きたいと思います。
どなたかの参考に・・・はならないかもしれないけど、こんな人もいるんだな~くらいに見ていただけると嬉しいです。


我が家の双子はNICUで約10ヶ月過ごし、次男が先に退院しました。
同じタイミングで長男は一般病棟へ移りました。


まず退院した次男との生活について。

正直、退院直前まで次男を迎える準備はできていませんでした。
赤ちゃんグッズを揃えても「帰ってこれるか分からない…」という気持ちが先行してしまって、なかなか準備が進みませんでした。
なので、退院の話が出てからバタバタと準備。チャイルドシートやベビーベッドなどの大物から、洋服や哺乳瓶などの小物まで。

そして在宅酸素の予定だったので、医療的ケア児を迎え入れる準備も同時に進めました。酸素濃縮器のレンタル業者や役所とのやり取り、訪問看護の検討などなど。
病院のMSWさんや地域の保健師さんがサポートしてくれました。

そして退院当日。たくさんの方に見送られ、小さな小さな次男(当時5kgくらいだったと思う)を車に乗せたのは今でも覚えています。
「NICUは暖かいから・・・」と暖房+ブランケット巻き巻きにしてたら、とってもいい天気で全員汗だくになりましたね。笑


そこからは訪問看護さんの力を借りながら、試行錯誤の日々。
訪問看護さんには週3回来てもらい、バイタルチェックとお風呂のお手伝いをしてもらっていました。
そして、毎日ノートに箇条書きで何時にミルク、排せつ、睡眠などなどメモしていました。離乳食も少しずつ始めていたので、こちらも文字通り試行錯誤。


当時の私はかなり神経質だったと思います。
コロナ禍だったのはもちろん、サイトメガロウイルスで壊死性腸炎になったり、ライノウイルスで気管切開になったり、ウイルスには散々苦しめられてきたので。哺乳瓶の消毒やおもちゃなどあらゆるもののアルコール消毒など、かなり気を遣っていました。
ミルクをちょっと残した、ちょっと切り傷ができた、排便してない!!!など、いろんなことを気にしていました。よく頑張ってたよ当時の私。。。

でも次男とふたり(夫は日中いないのでカウントしていないw)で過ごす毎日は、穏やかで温かくて、とっても幸せでした。


そして、長男の面会は週末に行っていました。
次男は病棟に入れないので、土日で夫婦で交代で行っていました。
というのも、退院には両親ともに医療的ケアをマスターしなければならなかったのです。

気管切開なので痰の吸引や、カニューレバンドの交換、カニューレの交換。
人工呼吸器の使い方や回路の交換方法。
胃瘻の扱い方。
医療機器を付けた状態でのお風呂やベビーカーへの移乗などなど。
これを両親ともにクリアしなければ退院できないので、週末だけでは正直かなり大変でした。

看護師さんのOKが出たら次は一晩の同室。
私と長男の2人で一泊。日中は次男と3人で過ごすことが多くなるので、3人で一泊。最後に夫も加えて4人で一泊。
なかなかのカオスでしたが何とか終了しました。
お風呂やケアはもちろん、胃瘻だったのでミキサー食の準備などが一番大変だった印象(大人、長男、次男と3パターンの食事が必要だった)。


そして緊急時の蘇生訓練などをしていよいよ退院!
退院後、医療的ケア児x2との生活についてはまた次回書きたいと思います。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?