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遥かなる床屋

行きつけの床屋が閉店した。
今年に入り、まもなくのことだ。

まだ鋏を持てなくなるほどの高齢ではなかったが、「コロナに負けました」と寂しげに主人が言った。
この生業を、長年お一人で続けて来たベテランであった。
こちらに通いだして10年ほどか。
なんとも残念な結末である。
が、それだけ大変な数年だったのだと改めて思う。

そんな訳で、おれは床屋難民となってしまった。
そうなのだ。次の床屋を見つけるというのは、意外に難易度が高い行為なのだ。
先ず、初めて入る床屋は緊張を強いられる。
何とも居心地が悪い。
最初っから、わが家のごとく落ち着ける空間に巡り会うなど、奇跡に近い。
意を決して初のお店に行ったとして、気に入らなければ、また暫く物理的に間を空けねばならない。
気持ちが萎えないうちにと、連続してチャレンジする訳にもいかない。
そう、自分の一部とはいえ、髪の長さは意のままとは行かないのである。

今日、人生で初めて、所謂1000円カットに行ってみたい。
このご時世、なかなか1000円というわけには行かないらしく、1300円台になっていた。
それでも、やはり安いと思う。

入った瞬間から早くも少し緊張し、気後れする。
キョロキョロと、自分でも挙動不審である。

こんな時は、早々に宣言してみる。

「すみません。初めてなのですが…」

「あ、はい、ではこちらの券売機でチケットをお求めください」

なるほどチケットを買う仕組みなのだな、と初めて知る。

チョキンチョッキンと、10分程度でカットを終える。
あれ、意外と良いかもしれない。
う〜ん、迷う、迷うがこれもありである。
決して色々と丁寧ではない。
でも、とにかく手軽である。
チャチャっと済ませられる。
最低限の事は足りる。
この歳になり、また一つ勉強である。

途方に暮れ、必要に迫られ、新しい世界へ一歩を踏み出す。
あぁ〜、床屋一つでこんなに大袈裟に振り回される自分に、ほとほと疲れてしまうのだった。

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