史上最強の自己啓発は、引き寄せの法則でも、7つの習慣でもなく、財務諸表である
尊敬する先輩の異動が決まった。
人事異動が日常茶飯事な我が会社で、数えきれないほどのさよならを経験した。
でも、こんなに悲しい気持ちになったのは初めてだった。
涙をこらえて部内会議をやり過ごしても、業後まではこらえきれず、セブンイレブンでマスクを購入し、帰りの電車内でワンワンと泣いた。
入社以来、一番親身に指導して、応援して、励ましてくれた先輩だった。
そういえば、半年前位に、「こうみくの一番の長所は、その図太さだな」と言われたことがある。
泣き明かした赤い目を擦り、顔を上げると、真っ裸な枝の先々にうずめく桜の芽を見つけた。働き始めてから6回目の春の訪れに気付く。どんなスキルよりも、知識よりも、その図太さこそが、5年間掛けてわたしが手に入れた一番の財産だということを思い出した。そして、それまでは毎日こんな風に泣きじゃくっていた、という昔の記憶も。
社会人になる前のわたしは、絹豆腐状に心がもろく、毎日些細なことで傷つき、落ち込み、心を乱していた。
親からの叱責、友人への嫉妬、自分の不出来による苦悩、漠然とした将来への不安。心をかき乱す材料をひとつひとつ丁寧に拾っては、会社のデスクで、女子トイレで、帰路で、家の布団でと、場所を選ばずに毎日泣きじゃなくっていた。
つい近年まで、わたしは、本当にどうしようもない程にこじれたメンヘラ of メンヘラだったのである。
そんなわたしが徐々に心を強くしてくれたのは、ズバリ…、
財務諸表である。
特に、財務三表は人生のホロスコープであり、羅針盤である。
20数年間、メンヘラ街道まっしぐらなわたしを救い出したのは、神でも仏でも幸福の科学でもなく、P/L、B/S、Cash Flowであった。
財務諸表を読み解ければ、日常の悩みの8割は紐解ける。
幼少時代、家族で中国から日本に移住したばかりということもあり、家族3人世帯収入200万円で10年間ほど暮らしていた。その名残のせいか、大人になって経済状況が改善されたはずなのに、どんなに働いても、貯金をしても、「これで本当に大丈夫なのか…」と漠然的な不安は消えることはなかった。
そんなある日、フリーキャッシュフローと運転資金の概念が、わたしを開眼させた。
企業にとって、売り上げの大きさや余剰金の有無に関わらず、フリーキャッシュフローが黒字である限り、取りあえずの存続は確保できるように、稼ぐ金額の多さや貯金額の有無に関わらず、毎月の支払いが滞っていなければ個人の生存が脅かされることはないのだと知った。そこで、わたしは早速自分個人の運転資金に当たる毎月かかる費用を計算した。光熱費、家賃、食費…と、自分が快適とする生活を維持するために必要な絶対額を確りとした数字で認識すると、今まで何年もわたしを悩ませていた漠然とした不安も、貯金への強迫観念も自然と消えていった。
今では、上司に「君のバリューはなんだね」と嫌味を言われても、「若さというのれんが大半ですが何か…!」と心で毒づき、どんなお偉いさんを前にしても、「減価償却分を差し引いた残存価値で比べると、わたしも負けていないはず!」と図々しく構える術を覚えた。
また、意中の異性に振られても、「こんなこともあろうと、積み立てた引当を取り崩すだけだもん、経営の根本は揺るがない…!(震)」と、心のB/Sをまさぐるようになり、わたしの図太さはどんどん助長され、涙は枯れた。
そして何よりも、今までわたしはどんな自己啓発本を読んでも、アナ雪ブームに乗ってLet it goを熱唱しても、「自分は自分のままでいいんだよ」とは心の底からは思えず、他人と比べては卑屈になって落ち込むといった、不毛なループを繰り返していた。
しかし、投資家が企業価値を判断する際に、営業利益やEBITDAの絶対額ではなく、ROAといった効率指標やIRRといった収益性指標の方が重視されると知った時、またまた開眼させられた。
例え、自分のB/Sが小さくても、保有資産の中身が思い描いていたポートフォリオとは異なっていても、そこから戦略を立てて、自分らしい最高の価値を生み出していけばよいのだと他人と比べなくてもいいのだと、心の底から納得することが出来たのだ。
自然万物に神は宿るというように、ひょんなところに幸せのヒントが落ちているものだから、神様も侮れない。
さて、涙をふいて、今夜も聖典(簿記2級の教科書)を開くとしよう。
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