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附属小学校5年生 不倒館見学

令和5年(2023年)6月29日、本学附属小学校5年生のみなさんが、不倒館を見学されました。
附属小学校では毎年、5年生の行事として東大阪キャンパスを訪問し、クラブセンターの50メートル屋内公認プールでの水泳授業や大学施設の見学を実施しています。
クラスごとに、職員から不倒館や展示品、初代総長世耕弘一についての説明を受けた後、館内を思い思いに見学しました。みなさん説明を一生懸命聞き、職員の出したクイズにも積極的に答えてくれました。
クイズは、世耕弘一が生きていたら今年130歳であることにちなみ、「本学は98歳で令和7年(2025年)に創立100周年を迎えますが、小学校は何歳でしょう」というものでした。みなさん、自分達が何期生だからとか、小学校が今の菖蒲池あやめいけに移転したのがいつかなどと言いながら答えを考えていて、自分たちの学校の歴史をしっかり勉強していることが伺えました。
池袋にあった自宅の模型や生家のある熊野地方のジオラマに釘付けになったり、愛用していた柳行李のお弁当箱の小ささにびっくりしたりと、楽しく見学していました。
特に世耕弘一の苦学の象徴である人力車は、見学の記念に乗って撮影ができる撮影スポットでもあるのですが、館内の説明が終わると、待ちかねたように先生に写真を撮ってもらっていました。

帰校後に感想文が寄せられましたので紹介いたします。



私は、不倒館に行って世耕弘一先生についてさまざまな事を知りました。特に私が印象に残ったことは世耕弘一先生の家の模型があったことです。世耕弘一先生の家は分かりやすい住所であったため覚えやすい家だったそうです。私の家の何倍もあってとても広くて素敵な家だなと思いました。私もそんな家に住んでいたら嬉しいだろうなとずっと考えていました。
不倒館には世耕弘一先生が仕事としていた人力車もありました。私も乗ってみましたが居心地が良かったです。世耕弘一先生はずっと人力車をひいていたことを知って大変だっただろうなと思いました。
世耕弘一先生は近畿大学を作った人なので私は尊敬します。そのような人に私はなりたいと思いました。

津田 紗英さん


私たちは6月29日の大学プールのときに近畿大学の不倒館に行きました。私が初めて入った時の第一印象は人力車でした。人力車は世耕弘一先生が人力車を引く仕事をしていたので飾られているらしいです。
さらに不倒館で昔の近大のマークを見せてもらいました。昔の近大のマークは色がえんじ色でした。今の近大マークは梅をモチーフにしたマークということを聞き、初めて知りました。
さらに世耕弘一先生の作品や世耕弘一先生のゆかりがあるところの映像が流れるものがありました。なかには、世耕弘一先生の人生を描いた『山は動かず』という作品や世耕弘一先生が入学式や卒業式の時に着ていた服を着た模型がありました。

夏井 珠生さん



大学にある不倒館では、世耕弘一先生の一生や、二代目・三代目の総長・理事長の肖像画などをみました。世耕弘一先生は政治家でもありました。世耕弘一先生の家の模型を見て大きいなと思いましたが、不倒館の人が「当時の政治家にしては小さい」と教えてくれました。それを聞いておどろきました。模型は細かいところまでしっかり作られていました。
入ってすぐのところに世耕弘一先生が引いていたと言う人力車がありました。人力車が思ったよりも大きかったです。世耕弘一先生は人力車を引いてお金を稼いでいたそうです。そんな人力車に乗った写真が撮れてうれしかったです。
不倒館には、世耕弘一先生が書いた文字のかけじくや、世耕弘一先生がもらった勲章がありました。世耕弘一先生は勲章をもらうほどすごい人なんだなと思いました。

三木 莉乃愛さん


大学の不倒館に行きました。不倒館では、人力車がありました。世耕弘一先生が昔引いていたということです。その隣に、世耕弘一先生の油絵がありました。油絵はとても似ていて、生きていた世耕弘一先生はこんな感じなんだなと想像できるぐらい似ていました。他の総長・理事長の油絵もありました。その近くには、世耕弘一先生が住んでいた家の模型がありました。それは、とても広かったですが、その時は、10人と住んでいたので狭かったそうです。
展示しているところには、世耕弘一先生が、生きて賞を受賞していたらこういう姿だったのかなという服が展示してありました。それは、とても綺麗なお洋服でした。他には、本がありました。見ただけで、昔の本とわかるような本がありました。
不倒館は、とても色々なものが飾ってあってすごく綺麗でした。

好川 嘉乙さん



金曜に大学プールに行った時に、わたしとクラスみんなで不倒館に行きました。
わたしが一番印象に残ったのは、世耕弘一先生が使用していたと言われる人力車です。なぜなら「大学に行くために人力車を引いてお金をかせいでいた」そうです。すごいですね。
人間というものは考えることができても行動にうつすということはすぐにはできません。わたしとは大違いです。わたしも将来こんな人になりたいと思いました。町中こんな人がたくさんいたらいいなと思いました。他に模型もありました。

中山 由貴さん


私は近畿大学の見学に行った時に不倒館に行きました。
不倒館は世耕弘一先生に関係するものがたくさん置いていました。
1つ目は人力車です。世耕弘一先生は勉強が大好きだったので、人力車を引いて学校に行くためのお金を貯めていました。
2つ目は世耕弘一先生の家の模型です。広いお家だなと思ったけれど、何人も住んでいたから、せまかったそうです。
3つめは街の模型です。街の模型は隅から隅まで再現されていました。時々船が川を通っていて感心しました。
4つ目は色々な資料です。資料はとても昔のもので、少し茶色くなっていました。それだけ昔のものなんだと思いました。
近畿大学の不倒館はすごく興味深くて面白かったので、また行きたいと思いました。

木寅 帆乃香さん



私が不倒館で印象に残ったのは世耕弘一先生の愛用していたものを見たことです。梅が好きなので梅の絵が描かれてある湯呑みや小さな竹でできたお弁当箱などがありました。人力車をひく仕事をしていたことがわかりました。昔なので、小学校を卒業したら働かないといけなかったので、頑張って大きくなってから夜間学校に入ったという話を聞きました。
世耕弘一先生が偉くなってから住んでいた家はとても広かったけど十人くらいで住んでいたので少し狭かったそうです。世耕弘一先生が住んでいたところのジオラマがありました。ボタンを押すとランプが点滅するので世耕先生が通っていた小学校が世耕先生の家から近かったことがわかって面白かったです。

大岩根 日華さん

文:広報室建学史料室


                       (2024年2月29日公開)



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