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「いぬじにはゆるさない」本編全15話、番外編3話

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私の処女作、「いぬじにはゆるさない」のまとめです。本編全15話、あとがき、番外編3話。
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2020年7月の記事一覧

いぬじにはゆるさない番外編 「野良犬(前編)」

「お前、こんな日に〇▲△なんて、■◎♨×〇!バカか!!」 周囲の喧噪と早口で全ては聞き取れなかったが、狂気と混沌の群れから私を救い出してくれた彼が日本人だという事は理解出来た。 ずっと、この目でガンジス川を見る事が夢だった。 なのに、これは一体どういう事だろうか。憧れの地バラナシに足を踏み入れると同時、寄ってたかって大量の色水や色粉をぶつけられ、あっという間に靴の中までビショビショになった。着ていた服も、いや、おそらくトランクスの中に至るまで、体中が原色まみれだ。 時

いぬじにはゆるさない 番外編「野良犬(中編)」

夢に出てくるさやねぇは、いつも泣いている。 だから、俺は泣かずに笑う。 実の父親の記憶は無い。俺が腹の中に居る時に死んだと聞いている。 小学校に進学する年に母親が再婚をし、俺も引っ越しをする事になった。 母親は、コブ付きとは言えども若さと美貌を持っていた。そして、継父にはそのどちらも無かったが、金を持っていた。よくある話だ。 引っ越し先の大きな家は古めかしいが手入れのよくなされた日本家屋で、更にその数倍の広さがある庭があった。 通いの家政婦もやってくるこの家は、近

いぬじにはゆるさない 番外編「野良犬(後編)」

「生きる事は苦しむこと。」 と、坊主が言っていた。 蛇喰(じゃばみ)というのは、母方の叔父の姓だ。叔父の婿入り先の姓なので、母親の旧姓とも違う。 叔父は禅宗の僧侶で、寺の跡取りとして婿に入ったがその妻を癌で亡くしていた。叔父の両親、つまりは俺の母親の両親であり俺の祖父母だが、その二人も俺が産まれる前に事故死している。 俺の実の父親の件も含め、つくづく家庭や血縁というものに恵まれない家系らしい。 母親が泣きわめきながらどこかに電話をした翌日、叔父が俺を連れ去りに来た。